或る駄目人間のブロ愚…orz

ラトル/ベルリン・フィルのマラ9チケット確保!今年最も期待!!

音楽

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総括めいた話

今年は結構な数のライヴに立ち会った気がします(笑)。
まぁ、感想も色々ですが、まとめるためにこちらに少し載せておきませう。
取り合えず、良かった演奏会を簡単に部門別に分類。



[ソロ]

◎11/30@武蔵野文化会館
ミクローシュ・ペレーニ(vlc.)無伴奏リサイタル

バッハだけでなく、コダーイ、そして個人的にはリゲティに感動。

○1/15@サントリーホール
イーヴォ・ポゴレリチ(pf.)

この演奏家は流石の変態ぶりだった(笑)。

▲5/4@東京国際フォーラム
フランク・ブラレイ(pf.)

ポピュラー・ソングを入れた選曲を含めてガーシュインがやはりまるで違う。



[室内楽]

◎8/11@東京オペラシティ
侍BRASS

兎に角楽しいブラス・アンサンブルだった。

○10/2@紀尾井ホール
フェルメール・カルテット

このベト16の3楽章などは見事。

▲3/29@東京文化会館
宮本文昭(ob.) 他:ラスト・コンサート

これに立ち会えて良かったが、もっと生を聴きたかった奏者だ…orz



[声楽]

◎5/3@東京国際フォーラム
コルボ/ローザンヌ声楽アンサンブル/シンフォニア・ヴィルソヴィア 他:レクイエム(フォーレ)

コルボは印象深く、フォーレの宗教曲集も素朴で面白かった。

○4/5@東京文化会館
エディタ・グルベローヴァ(S.) 他

この人の声は最早化け物(笑)。

▲9/21@東京オペラシティ
マティアス・ゲルネ(Br.),アレクサンダー・シュマルツ(pf.):冬の旅

ゲルネは水車小屋も聴いておきたかった…orz



[来日オーケストラ]

◎9/6@サントリーホール
ロリン・マゼール/トスカニーニ響/ナンシー・グスタフソン(S.):楽劇「サロメ」より,シェエラザード 他

もう、別格やね(笑)。

○5/8@東京オペラシティ:ダフクロ2,ハルサイ
チョン・ミョンフン/フランス国立放送フィル

これは言葉が無いほど凄いハルサイとダフクロだった!

▲11/4@サントリーホール
クリスティアン・ティーレマン/ミュンヘン・フィル:ブル5

あそこまでやられるとブル5とはいえ、認めざるを得ない(笑)。

△10/12@サントリーホール
ダニエル・バレンボイム/ベルリン・シュターツカペレ:マラ9

いやぁ、実力者(笑)による恣意的な解釈の『聴かせる』力が半端でなく凄い!

注7/9@東京芸術劇場
エリアフ・インバル/フィルハーモニア管:マラ5

沢山聴いたインバルの中でもマラ7と双璧の好演。



[国内オーケストラ]

◎8/10@東京オペラシティ
大野和士/東京フィル/小山実雅恵:幻想交響曲 他

何処にも全く引けを取らない凄まじい幻想!!

○4/21@第一生命ホール
井上喜惟/蔵野蘭子(S.)/ジャパン・シンフォニア:オール・モーツァルト・プログラム

私の聴いた最高のモーツァルトと言っても過言ではない。

▲11/10@第一生命ホール
井上喜惟/三戸素子(vln.)/小澤洋介(vlc.)/ジャパン・シンフォニア:ブラ1,ドッペル協

ドッペルの"音"からして圧倒的で、国内オケの中でも圧倒的な実力がよく分かる。

△12/14@東京文化会館
エリアフ・インバル/東京都交響楽団:マラ7

個人的な最良のインバル体験、都響体験だろう。

注9/7@サントリーホール
チョン・ミョンフン/東京フィル:ドヴォ7,ガランタ舞曲 他

予想外のチョンの豪腕ぶりを発揮した結果、中々素晴らしいコダーイに。



[吹奏楽]

◎11/6@東京オペラシティ
フランソワ・ブーランジェ/セルゲイ・ナカリャコフ/ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団

格が違う響きでディオニュソスを聴けたのは満足。

○9/17@東京芸術劇場
佐渡裕//シエナ・ウィンドオーケストラ

変態マゾ裕(笑)もバーンスタインだけはレベルが違って見事!

▲2/16@紀尾井ホール
下野竜也/東京佼成ウィンド・オーケストラ

フランスのマニアックな吹奏楽曲をウィンド・アンサンブル編成で好演。



[オペラ]

◎10/8@神奈川県民ホール
ダニエル・バレンボイム/ハリー・クプファー(演出)/ベルリン国立歌劇場「トリスタンとイゾルデ」/マイヤー(S.) 他

絶品!

○10/18@東京文化会館
ダニエル・バレンボイム/ペーター・ムスバッハ(演出)/ベルリン国立歌劇場「モーゼとアロン」/トーマス・モーザー(T.) 他

演出の素晴らしさにおいて、今年、これに勝る公演は見受けなかった。

▲6/20@新国立劇場オペラ劇場
ペーター・シュナイダー/ジョナサン・ミラー(演出)/東京フィル/新国立歌劇場「薔薇の騎士」/カミッラ・ニールント(S.) 他

この演奏の誠実なアプローチと充実した響きを聴くと薔薇戦争はここの勝利だという気がする。

△8/31@まつもと市民芸術館主ホール
小澤征爾/デイヴィッド・ニース(演出)/サイトウキネン・オーケストラ「スペードの女王」/ウラディミール・ガルージン(T.) 他

音楽も水準以上だったし、クライマックスで床を突き破ってくるホラー調の演出は素晴らしい(笑)。

注6/8@東京藝術大学奏楽堂
井上道義(指揮,演出)/藝大フィルハーモニア管 他「ペール・ギュント」全曲

音楽のみだとまぁまぁだが、舞台芸術として見た時の出来がかなり素晴らしかった。



結構長くなってしまいましたね(笑)。
しかし、ここに載せたのは私のようなアテにならない素人の感想とは言え、いずれも素晴らしい公演だったのは間違いありません。
私自身、来年もこうした公演に逝ける事を願い、そしてこれを御覧になる皆様とこうした公演を見る悦びを是非分かち合えれば、と思いつつ…。
それでは、皆様、良いお年を〜。

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突然ですが、私は何だか変態なクラヲタだと誤解されているような気がするので、この辺で何も分からないけどジャズも好きだよ、と無意味に抵抗してみようと思います(笑)。
数日前のこと。
私の内心までかなり踏み込まれた不愉快な面接(色々尋問されたので「リーダーとかそういう立場は私はこれまでの人生でなるべく避けてきたので…」と答えたら「自信を持って!」とか訳の分からないカウンセリングをされた…orz)を受け、昇進の内示、昇給、などがあり、これからの多忙と引き換えにするものを考えてちょっと心を暗くして帰宅。
ボケッと某SNSで文章を読んでいると、ある人の書いた記事に「オスカー・ピーターソン死亡」の衝撃的記事が…。
オスカー・ピーターソンと言えば、エラ・フィッツジェラルドやらサッチモやら枚挙に暇が無いほど数々の時代を創造したジャズメン達と共演を重ねた素晴らしいピアニストです。
嗚呼、これで、またひとりジャズ界の巨星が墜ちたのか…orz

さて、冬の寒い夜に孤独に(笑)オスカー・ピーターソンを聴くとなればこれか、と思い1枚のCDを取り出す。
それこそ、これ↓
http://www.hmv.co.jp/product/detail/222853

Porgy & Bess

クラヴィコード:Oscar Peterson
ギター:Joe Pass
[曲目]
1.Summertime
2.Bess, you is my woman now
3.My man's gone now
4.It ain't necessarily so
5.I loves you, Porgy
6.I got plenty o' nuttin'
7.Oh Bess, Oh where's my Bess?
8.They pass by singin'
9.There's a boat dat's leavin' soon for New York
10.Strawberry woman

"クラヴィコード"の表記に驚かれる方も多いだろう。
何といってもこのクラヴィコード。
14世紀辺りが発祥の古い楽器で、コンパクトで単純なシステムの鍵盤楽器としてピアノへ発展する祖先ではあるが、音量が小さかったり、音域が狭かったりで、ドイツで細々と教育用や作曲家が旅行へのに使われていた以外は殆んど必要とされなかった楽器。
チェンバロにコンサート楽器としての普及では全く敵わなかったのでクラヴィコードのために書かれた作品はバッハでさえも多くはないだろう、多分。
それをアマチュア・ピアニストであるヒース英元首相にピーターソンが楽器の存在を教えられたのを初めとして、アルバムにこの楽器を用いることを『皇帝』は思いついたそうで。
実際、このアルバムを聴くと同じく發弦楽器のギターとの相性は極めて良く、かそけき音ながら非常に美しいハーモニーをなしているアルバムである。
しかもオスカー・ピーターソンのポーギーとベスがバロックの典雅な音から生み出される即興的な愉悦はかなりのものがある。
特に、個人的に心が動くのはやはり、ゆったりとしたバラード調の曲…例えば"Bess, you is my woman now"や"My man's gone now"、"I loves you, Porgy"などオペラの流れを決定付ける美しいアリアの部分ではないかと思う。
流石に、テンポの速い楽曲では、テクニックの冴えは際立ちますが、響きの余韻は若干薄いという印象を持ってしまうので…。
しかし、普通は音量的に繊細な表現が埋もれてしまいがちなギターが、これほど活きるアルバム、というのは珍しい。
何しろ音量的には鍵盤を圧倒しているほどだから(笑)。
そういう意味で、リーダーはオスカー・ピーターソンだが、ジョー・パスの存在感も際立っているし、実際、極上のソロを幾度も聴かせてくれる。
冒頭の「サマータイム」からして凄い。
それが最後の曲の隅々まで、鍵盤の皇帝の妙技と共に全く飽きさせずに歌い上げるこの盤は、異色にして、繊細で最も内面的なポーギーとベスなのかも知れない…。
唐突にそんな事を思いながら、冥福を祈るとしよう。

今年は何だか、冒頭に書いた面倒ばかりでなく、プライベートで年末に怒りを抱くような問題があり、しかも相手の自発的なアクションが無いままなので、越年しそうで憂鬱です。
かそけきジャズを聴きながら、サマータイムの歌詞を思い起こして己の弱さ、甘さを顧みてみるかな…。

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排泄じゃなくて…(爆)

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ハイフェッツだった…なんてタチの悪い冗談から始めてみます(笑)。

因みに、何故かPCの調子が悪いらしく、よく文章が消失しまして、この有り得ないくらい酷い枕を書くのも既に3度目です…orz

端的に申しますと、私はこのヴァイオリニストの録音が嫌いです、という訳なんですわ〜(爆)。
殆んどのクラヲタさんは彼を絶賛なさってますが、私には彼の音はどうも汚く聴こえてしまうのです。
硬質でしっかりとした響きは流石、と思わされるのですが、擦弦楽器に必要な滑らかな艶、キメ細やかな質感、音の透明感、全てが不足して、冷たくキツい音になっているように思えてならないのです。
ベートーヴェンやらモーツァルトやらは言うに及ばず、ブルッフやウォルトンなんかも余り彼では聴きたくないなぁ…というのが正直な所。
それに比べて、現役の良いヴァイオリニストは硬質な音色でも、例えばギドン・クレーメルとかナイジェル・ケネディ(何か方向性違うな…orz)のようなロマンティックな美しい響き成分の人が沢山いるように思えるのです。
クレーメルは生で何度か聴きましたが、鋭角で硬派な響きは若干翳りも見られますが、それ以上に膨らみのある暖かな詩情溢れる音色で、男の陶酔的なヒロイズム漂う演奏だったなぁ、と。
まぁ、この辺の無知・無理解ぶりが、私をしてクラヲタたらしめられない所なのでせう…って私の日本語は私の脳味噌と同じくらい怪しいな(笑)。
要するに、私はクラヲタでない、という事です…って趣旨違う!(爆)

http://www.hmv.co.jp/product/detail/758183
【ガーシュウィン&フランス音楽名演集】

ヴァイオリン,編曲:ヤッシャ・ハイフェッツ
ピアノ:ブルックス・スミス
[曲目]
・ガーシュイン:3つの前奏曲
・ガーシュイン:「ポーギーとベス」より
     「サマータイム」
     「女は気まぐれ」
     「うちの人は逝っちまった」
     「そんなことはどうでもいいさ」
     「ベス、おまえはおれのもの」
     「ブルースのテンポで」
・ドビュッシー:「ビリティスの歌」より「髪」
・ドビュッシー:「子供の領分」より「ゴリウォーグのケイクォーク」
・ドビュッシー:美しい夕暮れ
・ラヴェル:「高雅で感傷的なワルツ」より第6,7番
・プーランク:常動曲
・サン=サーンス:組曲「動物の謝肉祭」より「白鳥」
・イベール:「物語」より「小さな白いロバ」

この1枚はハイフェッツの中でも好きな録音です。
まぁ、それも全曲という訳ではなく、ドビュッシーのケイクォーク、それからガーシュイン辺りでせうか、やはり。
ガーシュインは中々面白いです。
前奏曲は私の趣味に合わない部分もありますが(この曲ならピアノで聴いた方が…)、ポーギーは推薦したくなる出来ですね〜。
「女は気まぐれ」や「ベス、おまえはおれのもの」などは大胆に弾いている点が、他の曲では褒め辛い点もあるキメの粗い雰囲気の音色も含めて、非常によく合っています。
しかもハイフェッツの売りである『正確さ』は本来がそれまでの音楽への破格で出来た論理であるジャズ、ブルースをかえって活かすという面白い結果に繋がっています。
曲自体は内心から発した切実で素朴な声の音楽ですが、それがクラシック・ヴァイオリンのまま演奏されるので、破綻には至らないまま、されど俗を離れないまま、と非常に良い距離感で音楽が奏でられている点が素晴らしいです。
特に、個人的には麻薬の売人にして悪役スポーティングライフが歌う「そんなことはどうでもいいさ」の退廃的だけど力漲る唄がベストかなぁ、と。
最後の「ブルースのテンポで」を聴き終えると、日常すらも忘れさせてくれる力強いジャズやブルースの旋律を口ずさみたくなる。
私にとってこの「ポーギーとベス」はそんな印象です。

…というかこれを書いて思ったんですが、オペラ、ジャズ、ピアニスト、トランペット、ボーカル…といった具合に、我が家には結構な数の「ポーギーとベス」がある事を思い出しました(笑)。
この「ポーギーとベス」は、「サマータイム」などの哀愁漂うメロディを始めとして原曲が凄く良く、しかも黒人社会を正面から取り上げた社会派な作品でもあったため、本当に多種多彩な影響を与えた世紀を代表するオペラとなっています。
なのに、実演で見るチャンスは皆無です…。
まぁ、キャスティングが難しい、といった理由があり、致し方ない面もあるのですが。
…それだけに、せめて当ブロ愚で少しでも紹介していけたら…なんて思ったり思わなかったり…(笑)。

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いい加減に書いとかんとなぁ…(笑)。
…という訳で、ドレスデン後半戦。





11/24@東京文化会館
・R.シュトラウス:楽劇「サロメ」
指揮:ファビオ・ルイージ
管弦楽&合唱:ドレスデン国立歌劇場&合唱団
演出&舞台美術:ペーター・ムスバッハ
サロメ:カミッラ・ニールンド
ヘロデ:ヴォルフガング・シュミット
ヘロディアス:ガブリエレ・シュナウト
ヨカナーン:アラン・タイトス

11/25@NHKホール
・R.シュトラウス:楽劇「薔薇の騎士」
指揮:ファビオ・ルイージ
管弦楽&合唱:ドレスデン国立歌劇場&合唱団
演出:ウヴェ=エリック・ラウフェンベルク
元帥夫人:アンネ・シュヴァンネヴィルムス 
オックス男爵:クルト・リドル
オクタヴィアン:アンケ・ヴォンドゥング
ファーニナル:ハンス=ヨアヒム・ケテルセン 
ゾフィー:森麻季



サロメは音楽が最も指揮者と調和していた。
それだけに、良い意味でも悪い意味でも色々な面での異様さは目立つ。
冒頭から不気味な角度の付いた斜面の舞台装置が置かれ、プールサイドが井戸を表し、その淵で登場人物が際どい台詞をぶつけあう。
その場の登場人物以外は全て、裏へすぐ引っ込み、歌う際のみ表へ走り出てくる。
衣装はムスバッハお得意の、全員黒スーツの個性喪失型(ブレヒト的と言うべきか?)。
「モーゼとアロン」ではかなりハマっていたが、今回はそれほど成功したとも思えない。
が、元々の音楽の形から異質なだけに、その鋭角さだけが印象に残る強いものに。
リズム線、直線的な楽器の音色、凍えさせ、曇らせた響きが散逸的に連なり、不気味な音響空間を築く。
そこを変態チックなヴォルフガング・シュミットのヘロデ王、そして最後は疲れを見せたが、総じて健闘していたカミッラ=ニールンドが光る。
歌手、オケいずれも危険な雰囲気を拡大させていく。
演出的に際立ったのはやはり「7つのヴェールの踊り」。
サロメは自身は脱がずに、ヘロデ王を脱がしていく。
しかし、途中で彼女は躊躇し、羞恥に耐えかねたのか舞台裏へ走り去り、反対にヘロディアスがヘロデ王を誘惑し、女同士で競い合う…。
が、ヘロデ王はサロメを選んでヘロディアスを払いのけ、覚悟を決めたかのように再び誘惑を始めたサロメはとうとうヘロデと舞台上で姦通する…。
その後は、ヨカナーンの「首」は登場せず、白いシーツを掛けられた中でサロメとヨカナーンの死体が蠢く。
絶望したヘロデ王は最後に、誰かに言いつけるのではなく、自身が斧を持ち出し、「首を切れ!」と叫び舞台が暗転。
音楽は鋭角で異様な破綻が効果があっただけに、演出が直接的で意味性が感じられず重くなり過ぎである。
個性喪失、現実直視の刺激だけを狙った感が拭えない。
まぁ、音楽的には最も満足したが、ちと色々厳しい部分があったオペラであった…。

翌日、薔薇の騎士…(笑)。
連続は流石にキツい…。
取り合えず、これも演出が色々と因果が多く、ちと考えざるを得ないもの…。
音楽も注文つけたくなる部分もありつつ…であった。
歌手はクルト・リドル(彼は絶品!)以外は特段の事はなく、3幕などはオケも乱れがち。
オケがやや強引な部分があり、歌手のいくつかの有名なアリア突然ぐっと落とすので、自然な流れとはちょっと違い、ファビオ・ルイージの解釈が裏目に出た気がする。
演出面はちょっと面白い部分もあったが、やや釈然としない。
ポイントとなるのが、18世紀頃の雰囲気(初演時のものらしい)のセットに、序奏の部分で20世紀中頃の服装の2人の男女が現れ、そのままベッドで夜を明かし、元帥夫人とオクタヴィアンである、と分かるという仕組み。
ここでもう、時間の複層性が現れている。
この後も、1幕のドタバタ場面では現代アメリカ人(アロハ姿の観光客)が舞台隅から室内を眺めていたり、2幕の婚約の場面では窓の外で電飾が輝き、写真を撮るマスコミがいたり、3幕で怪物に扮した人間が出てくる場面では、ボクサーが現れたり、といずれも、18世紀のセットの時制、劇が行われている時制、更に現代に近い時制、という3つが流れているようであった。
"オペラ"という"亡霊"に集う観客に対するアンチテーゼだろうか。
読み取るのが結構大変な演出になっていた。
まぁ、詰まらなくはないが、それほど効果があるとも思えず、これをやるくらいならもう少しオーソドックスでも良いような気もした。
まぁ、元帥夫人がキャンセルされたり、指揮者が変わったり、という劇内容さながらのドタバタぶりも影響したか、そこまで感銘は受ける出来ではなかった。
勿論、悪くはなかったけど…。

まぁ、結局、サロメ、復活、それからタンホイザーの演出(これは中々素晴らしい!)は面白かったなぁ、というのが率直な感想である。
ドレスデンと言えど、まぁ、限界はあるかな。
総じて今秋の来日では、ベルリン国立歌劇場の方が素晴らしかったかなぁ、やはり。

何故か、今年は例年に無いほどマーラーの交響曲第7番「夜の歌」の実演が東京で大流行した1年でしたが、それを全て聴きに逝った私は阿呆ですね(笑)。
因みに今回のインバルの前に逝った公演について、ランキングをカウントダウン方式で発表してみませう…。

第4位:11/16@東京オペラシティ
・飯守泰次郎指揮/東京シティ・フィル
第3位:9/13@サントリーホール
・クリスティアン・アルミンク指揮/新日本フィル
第2位:3/12@すみだトリフォニーホール
・高関健指揮/群馬交響楽団
第1位:3/17@サントリーホール
・ズービン・メータ指揮/イスラエル・フィル

意外と普通なランキングですね…orz
やはり私は権威に弱く聴覚が鈍いんだなぁ…。



さて、「夜の歌」という通り名が当たり前のように使われているが、これは夜曲"Nachatmusik"と2楽章、4楽章が題されているから…であって、決して、この異様な曲の全編が"夜"を示唆している訳ではない。
この辺、勘違いしている人もいると困るので、いくら分裂野郎のマーラーといえど奇数楽章のあんな訳分からない躁状態の"夜"を過ごしていた訳ではないことだけは、軽くことわっておこう(笑)。
どうでも良いが、けふのパンフレットにテノール・ホルン=ユーフォニアムまたはバリトン、というように書いてあったが、厳密に言えば、どれも違う楽器である。
あまつさえトロンボーン奏者が兼任、というのは楽器の実態とは異なると言わざるを得ない気がするが…。
…と言いつつ、アマチュア・レベルだとどれもやったりする事はあるので、そうそう文句も言えないが、プロ・オケは大体客演でテノール・ホルン奏者をわざわざ呼ぶのに、自己矛盾が生じているではないか、と突っ込みたくなった(笑)。
それにしても、今年は千載一遇のマラ7の当たり年で、通算5回も聴いた(爆)が、最高の出来と確信。
久々に強い感興の沸く名演に出会えた!
冷たさすら漂う怜悧な解釈というよりは、暖色系の明晰な解釈であり、ある意味らしくはない印象もあったが、インバルの爺め、まだまだやりおるな(笑)。
今回の演奏はDVDが出るようなので、これは楽しみだ(多分6,8も出るだろう)。

1楽章は冒頭は少し遅めくらいか。
メータのような刻みにはならず、トレモロがきちんと細かくなっていて、安心する(笑)。
そして拍を兎に角目一杯使って、拍頭をかなりしっかり弾き、次の音との感覚を詰めて、文化会館のホール一杯に音を響かせる。
やはりこのオケは金管群、特にトランペットが見事!
はっきり言って下手な海外オケよりも魅力的な音をしている。
欲を言えば、1st.の高橋敦(しかしこの字をこう読むとは…。未だに慣れない)が非常に上品に吹いてコントロールが巧みなので、時たま2番が不用意に突出してしまう部分がある。
もう少しだけ、共同体としてのコントロールが出来る抑制タイプが2番に入ると、ある意味ミュンヘン・フィルのラッパのような見事なセクションが築ける気がする。
まぁ、そこまでの道のりは遠いが…(爆)。
…取り合えず、曲に戻る(笑)。
主部に入っても、第1主題はトランペットが見事に勢いをつけ、チェロ、ホルンを導く。
そのまま時折インバルらしい浮き上がらせるような瞬間的に閃きを放つフレージングのコントロールが物凄く光る。
スラーの頂点でのこのフレージングは凄く効果が高くていつも感動する。
ただ、第2主題にもう少し官能的なムードが欲しい。
ここのvln.は技術は程々でも勢いでカバーしてくれる特性があるので(笑)、"普通"の曲を聴く分にはそれ程退屈しないのだが、もっと高い次元の諧謔性が必要なこういう曲では、異様なエロティックな没入感が欲しい所だったのがちと惜しい。
だが、細かなアンサンブルに囚われ過ぎない大きなスケール感は見事に出ていて、質は驚くほど高い。
そして、クライマックス近くの突然挿入されるシグナル・ラッパの部分は見事!
トランペット・セクションの精妙な表現に完全にヤラれた!!(笑)
あれだけ決められてしまうと最早ぐうの音も出ない。
楽器的に言ってppからffまでを余すことなく使い切るのは、ああいう室内楽的な部分でやるのは兎に角大変なのである。
かくして、細かなアンサンブルに多少のアラはあれど、今まで聴いたのとは比較にならないスケール感、フレージングの呼吸の見事な1楽章が出来上がった。
それにしても個人的には1,4,5楽章は何処に出しても恥ずかしくない名演だったと思う。
2楽章も決して悪くは無かったが、やはりホルンが限界ギリギリをたゆたっていたこと(これは結構観客も緊張する…)、それから前述のヴァイオリンに若干ムードが欠ける点で1楽章ほどの興奮には至らなかったか(笑)。
大胆な1楽章に比べれば多少堅実だったかも。
また、3楽章は2つの夜曲に埋もれてしまった感がある。
この奇矯なスタイルのスケルツォ楽章は、素人の私の視点からでも交響曲に収める時には対処方法が非常に難しいと思うものだ。
単純に言ってしまうと、夜曲を挟む際にこの不気味なスケルツォを突出させるべきか否か、という点である。
今宵のインバルの場合、個の楽章として表現はきちんと扱うが、交響曲のバランスを崩さぬように埋もれさせる、というコンセプトなのだろう。
どぎつくならない程度のバランスではあったが、流した印象も拭えない。
4楽章からがあれだけ出来るのだから、もう少し突出させる手もあったのでは、と思わなくも無いかった。
件の4楽章。
これは期待以上に非常に素晴らしかった!
特に、リズム部分と旋律部分の対比、組合せが見事。
たまたまゲネラルプローヴェから聴けたのだが、3楽章まで止めることなく、目立った指示も飛ばす事無く順調に進行していたのを突然、リズム部分にメリハリを付けて歌ったり、メロディに抑揚を付けて歌ったり、と分かり易い指示を飛ばす。
分裂の権化(笑)とも言えるこの曲において、こうした秩序立ては不可欠なので当然の指示だが、本番できっちりと応えた成果が予想以上にはっきり現れていて、流石と思わされた。
そしておもむろに構えたティンパニからガツンと会場全体を揺るがして始まるロンド楽章はもう!
トランペットが最大の殊勲ではあるが、旋律から構成する曲全体の見通しの良さ、裏の楽器の浮き出させ方、そして劇的な表現、全てがやはり"一流"を感じさせる。
最後のカタルシスは大きく凄まじい。
ある意味カタストロフィかと誤解するほどに(笑)。

そして多くの拍手、賛辞と共に音楽は『悲劇的』へと続くのであった…なんて強引に繋げてみました、という訳で…(笑)。
取り合えず、結果としては明らかに今年最高の演奏でしたね〜。
粗さは多少ありましたが、何とも感動的。
ランキングも入れ替えておいて下さい(笑)。
いやぁ、これは19日の悲劇的は聴き逃せませんね〜!!!


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