或る駄目人間のブロ愚…orz

ラトル/ベルリン・フィルのマラ9チケット確保!今年最も期待!!

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かなし5000達成…orz

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「かなし」という表現には本来色々な漢字が当てはまりますね(笑)。
この言葉、実は結構好きな言葉です。

ダービーにおける私の勝負馬券は宣言通り、1-5-8のBOX馬券でした。
マイネルチャールズ、レインボーペガサスの皐月賞組2頭、そして別路線組のディープスカイ、サクセスブロッケン、この4頭が気になって仕方なかったので中心に据え、トライアル組からショウナンアルバを選び、上記馬券だったのですが、チャールズ、ペガサスが届かず…orz

けふは凄く良い映画を見てきました。
こういう映画を見ると、私のようなどうしようもない人生でも、何処か『愛し』と慈しむ事が出来るのでは…。
そんな気さえしてきます。
所詮は錯覚ですが…(笑)。



【アフタースクール】
http://www.after-school.jp/index.html

[粗筋]
胡散臭い探偵気取りの男と人の良い中学教師が姿を消した友人を追う青春映画とロードムービーの折衷、といった作品に見せるのが最初。
それがシーン79でサスペンス、或いはスリラーの様相を呈して、またシーン105で更にがらりと転換し真相を明かし始める(パンフレットのシナリオ採録より)。
そして行き着く先は上質なコメディ。
客席皆が空間を共有出来る、素晴らしく暖かい笑いと人生の歓びが沢山詰まった稀に見る秀作。



上では、ストーリーはろくに紹介していないが、説明すると長く沢山の複線を全て明らかにしないと伝わらないですし、それをすると詰まらないですので、割愛しときます(笑)。
しかし、複線が二重、三重の意味を持つ素晴らしい脚本、また情報量の多いシーンの連続で、思い起こせば冒頭の朝食のシーンから、多々ミスリードを誘う仕掛けが満載で、とても爽やかな映画である事は間違いありません。
特に、この映画で私は、クライマックスでの神野の言葉が心に沁みました。
どのクラスにもいる、と前置きした上で、神野はこう語ります。

「全部わかったような顔して勝手にひねくれて‥(中略)。お前がつまんないのは、お前のせいだ」

この言葉は、「運命じゃない人」から一貫して、凝った脚本と共に、『裏社会』と絡ませながら『普通』の人の生活、友情、恋、絆、を描く内田監督の哲学が最もよく現されていた部分ではないか。
私にはそう思えてなりません。
考えてみれば、神野と木村の友情や関わった全ての人々に注がれる独特の慈しみは、非常に監督の暖かな人間性、というものが窺えるのではないか、と思います。
それにしても、「運命じゃない人」がまだ複線の凝った見せ方に偏重していたのに対し、この作品では実に情感豊かな味わいに溢れる名作になっていて、この監督は大化けしたな、と思わされます。
今後も要注目です!

ところで、この映画のパンフレットは袋綴じ仕様になっています(笑)。
個人的には、使用前を載せてみましたが、中にはシナリオが採録されています。
改めて読んでみると計算がよくなされた妙が色々な場所に組み込まれていて、これは是非読んでみるとよろしいかと思います。

取り合えず、私の中では、今年見た映画の中で、間違いなく最高傑作でした。










追記、
ところで、当ブロ愚は開設してから既に9ヶ月を迎えておりますが、ようやく6/2 AM0:15頃、どうやら5000アクセスに到達したようです…。
まぁ、公開してしまうと、皆さん御存知の方が持って逝きました。

この方です…↓
http://blogs.yahoo.co.jp/jin_op64

よりにもよって廃Jinさんですか…orz
これを契機にどこぞのお嬢さんと知り合って…などという目論見は見事に外れ、色気も糞も無い5000hitの運びとなりました(笑)。

彼以外の毎度御愛顧頂いている全ての方々には、心より、感謝を表したいと思います。

廃Jinさんは、最早、何とも、ねぇ…(苦笑)。
まぁ、取り合えず、プロコフィエフヲタ検定初級は程々にしといて欲しいものです…orz

梅雨晴れに PC覗き あなかなし…

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中日開幕から負けなしの4連勝です!
今年こそ悲願の優勝から日本一へ、という究極の目標へ向けて邁進してくれそうですね〜。
取り合えず、ここは巨人を3タテしておきませう!!



【粗筋】

ジャーナリスト魂の塊、ロンドンの名新聞記者ジョー・ストロンベルは死後、"切り裂きジャック以来の恐怖"と巷を騒がすタロットカード殺人事件の容疑者がセレブな貴族ピーター・ライモン卿、という情報を入手する。波長の合う者を求めて現世を彷徨った彼は、記者志望の学生サンドラが入っている人体消失マジックの箱の中に突如現れる。ウディ・アレン扮する胡散臭いマジシャン(笑)であるシドニーと共に、スクープを追い求めてロンドン中を喋くってひた走る痛快ミステリー・コメディ。



さて、意外な事に、私はウディ・アレンの作品が好きです。
多分、少なくとも10本は見ているはず。
ウディ・アレンの過剰な台詞の奔流、キツ過ぎるユーモア、造詣の深い音楽、奔放なほどの恋と女性賛美。
この人は物凄い良質な知性、それも都会的な刹那的な感性は驚嘆に値する、と常々思います。
私のような田舎者の馬鹿が研鑽を積んでも一生かけても身に付かないセンスです(笑)。
本作は、ウディ・アレンがニューヨークに見切りをつけ、ロンドンに活動拠点を移して2作目。
背徳と罪を題材に、古典的な手法とオペラ・アリアを用いて表現していた前作とは異なり、お得意のドタバタコメディ。
しかもミューズは前作で妖艶過ぎる肢体を披露し、セックス・シンボルと言われる真価を見せ付けたスカーレット・ヨハンソン。
期待通り、笑わせて貰いました。
やはりヒッチコック型のサスペンスを基調に置いてあるから、コメディ部分も非常にマッチしているし、スカーレット・ヨハンソンも"アメリカ娘"な喋りを強調した演技はかえって知性を感じさせます。
原題が「SCOOP」であるように、ウディ・アレン自身は、スクープを追い求める記者の執念、言わば良質なジャーナリズムへのオマージュ、というのが着想だそうです。

最早、キワモノな台詞に笑う異色コメディとしか思えませんけど…(笑)。

いずれにしろ、まだまだウディ・アレンも枯れていないですね。
ロンドン・シリーズはこれからも期待しませう。

まぁ、折角なので終盤の秀逸な部分から少しだけ引用。

   ロンドンの車線が右だったら、今頃、僕はヒーローだったのに。

このリアリティとドラマ性の入り混じった見事な台詞とラストは如何にもウディ・らしくて最高です。
100分程とは思えない物凄い量の喋りにどうぞ圧倒されて下さい(笑)。


ところで、この週末暇な方。
是非、早稲田松竹に逝ってみて下さい。

ここで挙げた「タロットカード殺人事件」だけでなく、ニューヨーク時代に撮影して、私のウディ・アレンの作品の中で最も好きな「マンハッタン殺人ミステリー」が上映されるからです!

オーソン・ウェルズの異色作「上海から来た女」、ヒッチコック型サスペンスの王道「知り過ぎていた男」などに対するオマージュが感じられ、更にアカデミー賞を受賞した自作「アニーホール」に対するセルフパロディ(ヒロインのダイアン・キートンとの再コンビやワーグナー嫌い(笑)など…)まで感じる点がこの作品の笑いを非常に質の高いものにしています。
そういや、死体の出し方も刺激的だけど上品で良い(笑)。

まぁ、取り合えず早稲田松竹へのリンクをば↓
http://www.h4.dion.ne.jp/~wsdsck/contents/scoop.html

どちらもDVDもある作品なので、御暇な方は是非御覧になってみて下さい〜。

死神の制度

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見てきました。



………

……………

折角のエイプリルフールなので、余りにも卑小な嘘で塗り固めてみました(笑)。
正確には「死神の精度」です。



【粗筋】

死神は鎌を持った怪物ではない。その人が目的を満たすほど生きたかどうかを判定するだけだ。そう語る金城武が演じる、人間の感情とは一味違うコミカルな死神が、生死を判定する対象者と織り成す物語。今回死神が現れたのは電器会社でクレーム処理係を勤める女性の元だった。人生に良い事が無い、自分と関わる人はみんな不幸になる、と語る彼女に、死神は如何なる判定を下すか。他2篇も収録。



読者人気の高さは直木賞作を超えていると言っても過言ではない伊坂幸太郎の原作ということ、監督が「スキージャンプ・ペア」、「美女缶」、「ロス:タイム:ライフ」といった抜群の着想の映像作品で人気を博す筧昌也ということで注目していました。
上に挙げた3つの作品は、私はいずれも、数年前にDVDで見て感心したものです。
「スキージャンプ・ペア」は現実には有り得ないコミカルなペアの動きをアニメーションで表現した意欲作。
これが売れ始めてから夕張映画祭で受賞し、テレビでセルフリメイクもした缶詰から現れる美女とのドタバタを描いたシュールな「美女缶」、そのDVDに特典として付いていたサッカーのロスタイムに見立ててテレビ中継の大げさなナレーションや解説を巧く揶揄した秀逸なコメディの「ロス:タイム:ライフ」、というように、現実と奇抜な着想を巧みに融合させる映像を得意とする作品が多く、『ミュージック』のみを愛する死神、というユーモアセンス溢れる存在を活かすには格好のように思いました。
原作小説は感情を感じさせない、人間と距離を置いた死神の存在からかえって強いユーモアが生まれ、個々の話に登場する小さな謎と伊坂得意の連作小説の緩やかな繋がり、時間軸の操作によって「死神」の味のあるキャラクターを描いた作品。
相性は良さそうだったんですが、結果としては平凡、というのが感想。
「死神の精度」、「死神と藤田」、「死神対老女」の3編をそのまま少し簡略化して映像化したもの。
丁寧ではあるが、物足りない印象が強いです。
理由としては、"感動作"を意図して製作されていたこと、原作では凄く重要な意味を持つ「恋愛で死神」(私が最も好きな話かも)がカットされていたこと、また、3編全てに関わりを持たせたことによって、普遍的な影響力としての死神の判定ではなく、もっとドメステイックな範囲内でしか影響を持たなかったような印象になってしまうことが原因のような気がします。
それから、ヴィジュアル面では印象的だが、ストーリー的には黒犬の存在意義も不明瞭。
原作では電話の相手として登場している死神の別部署、という秀逸な設定なのだが…。
ただ、冒頭の小西真奈美のストーリーは原作ファンからしてみても及第点ではないでせうか。
それから、彼女に歌わせる、というのも中々面白い企画だったと思います。
あ、そうそう。
ミュージックを楽しむ金城武演じる死神の姿と村上淳演じる死神も必見(笑)。
取り合えず、原作を読んでない人は素直に楽しめる内容ですね。
それから、筧昌也はもっとアイデア豊富なクリエイターだろうから、今、テレビで流している「ロス:タイム:ライフ」レベルは最低ラインに置いた上で、もっと独創的な作品を撮ってみて欲しいです。

まぁ、一言で言えば私個人の過剰な期待ほどではない、適当に、ゆるく肩の力を抜いて2時間を楽しむための作品でせう。

輝ける青春

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実は、今年は演奏会はまだ1度しか逝けておりませんが、映画はもう4,5本見ました(笑)。
取り合えず、タイトルについてですが、私の過去にこう呼べる時期は無かった(泣)し、もうこれから未来に青春が来る、などといえる年齢で無くなって久しい(…orz)ので、最早これは私の実際とは全く無関係なことがすぐに浮かび上がってきますね(笑)。
新年1発目(3日)に見た映画ですが、中々感銘を受けました。
これは充分お薦めできますよ〜。



[粗筋]
1966年のイタリア、ローマの教育熱心な中流家庭カラーティ家に育った兄ニコラと弟マッテオがこの長い映画の主役である。
医学を志し、友人達とともに明るく、前向きに大学生活を送るニコラと青年特有の思慮と激情を少し持て余しながらも強い詩への興味、知識から学者を目指すマッテオ。
兄弟は友人を誘って66年のバカンスに北欧への旅行を計画する。
だが旅行の前夜、マッテオはバイト先で知り合った精神病院に入院している少女ジョルジアが虐待を受けている事に気付き、彼女を救おうと病院から連れ出してしまう。
ジョルジアにもっと良い環境で治療を受けさせてあげたい、と思い、彼女を安全な場所へ送り届けようとするが、2人が離れてしまった僅かの間に、彼女は警察官に見つかり、連れて行かれてしまう。
兄弟は途方に暮れ、ローマへと戻る電車に乗る弟マッテオと友人の待つはずの国境へ赴こうとする兄ニコラ。
イタリア現代史の過酷な波が、今2人を隔てる…。



ここまでは序盤も序盤(何せ映画の終幕は2003年!)。
時間にして1時間も経っていないと思いますが、この後が凄く濃厚な大河ドラマの様相(笑)。
68年の学生問題(日本よりちょっと前のムーヴメントですね)、「赤い旅団」による長く続くテロ問題、経済格差…。
…というように、「輝ける青春」に端を発した物語は、現代史上の様々な事件を絡めて進みながら、豊穣な叙情を持って紡がれていきます。
イタリア野郎らしく、恋愛要素もふんだんで(笑)、でも出会いと別離を繰返し、次第に成熟した魅力ある大人へと登場人物が変貌を遂げていくのは非常に面白いです。
海と空、そして光の眩しいシチリアや石畳と建物が美しいローマやトリノの北部、それから人物もニコラは二枚目だし、マッテオはかなり二枚目だし、ジョルジアは相当美少女だし、とヴィジュアル的にも見所が沢山(笑)。
音楽的にも、エンド・クレジットに名前が出ていたからピアソラのタンゴもふんだんに使われていたり、バッハやモーツァルトのクラコン、ベートーヴェンなどなど魅力的な楽曲が多数。
特にタンゴは何度も何度もメインテーマとして繰返し登場し苛烈で愛に満ちた人生を描く隠し味によく機能。
色々な人が己の人生の苦悩、歓喜の経験を投影出来る心理的余地を沢山残しながらも、後編では特に重要になるイタリア伊達男の前向きな哲学など涙が出てきそうな巧みな心理描写がなされている箇所が素晴らしい。
特に、ニコラが「僕は2人を愛していた…。だけど2人を僕の愛のうちに閉じ込めることが出来ず、ドアを閉じて送り出してしまった」と嘆く83〜84年の年末年始の場面は冷血漢の私でも泣けそうになったほど(笑)。
それから、遠回りもしたけれど、間接的に描かれるジョルジアの快復が描かれる場面も兄弟の1つの歴史を感じさせる演出でとても良かったです。
時間的には物凄く長い(6時間長!)ですが、私にとっては知識の乏しかったイタリアの世相、人々の生き様、というのがよく見えて非常に気に入りました。
こういう作品はやはりスクリーン映えがしますね〜。
いやぁ、年明けから良いものを見られました。
因みに、1枚目は終盤のシーンで2枚目はジョルジアをメインに据えたポスター。
ジョルジアはやっぱ個人的には1番のヒロインだなぁ…(笑)。

そうそう、書き忘れてましたが、私自身はニコラのように強靭さでもマッテオのような愚直さでも生きることの出来ない駄目人間ですが、1人だけ、憧れた生き方がありました。
それはニコラの友人であり、義弟であるイタリア銀行の幹部になったカルロが、真夜中にニコラに向かってこう語りかけます。

「僕は君のそばにずっといるために君の妹と結婚したんだ」

ニコラはこう返します。

「お前、駄目なオカマみたいだぞ(笑)」

こんな関係の友人を持ってみたいものですね〜(笑)。

SIT

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何処が特別面白いのか、と問われると答えに窮するけど、不思議と何度も見たくなる映画というのはあるものです。
けふはそんな映画の紹介。

かつてスーパーマンを演じたクリストファー・リーヴがナイーヴな劇作家の青年を演じた本作は、かつて田舎で、深夜にテレビ放映されていたのを見て面白いと思ったのだが、タイトルなどは全く控えておらず、一期一会で忘却の彼方に去っていってしまった作品でした。
が、上京してから、テレビの早朝ニュースでやっていた映画コーナーで紹介され、思い出します。
しかしまた、名前を控えなかったので、DVDを探している内に分からなくなってしまい、内容は忘れないでいたものの今度こそ分からないだろうなぁ…と考えていました。
が、今やもうネット時代(笑)。
web上で俳優や作品名は覚えていないのですが…と前置きして覚えている限りの内容から質問し、寄せられた回答により、この映画だと判明。
久しぶりに見た時の感慨はかなりのものでしたが、未だに見るとエンタメの王道的要素がたっぷり詰まっていて、公開から30年近く経っても尚、中々色あせない映画です。

【ある日どこかで】
監督:ジャノー・シュワーク
原作・脚本:リチャード・マシスン
出演:クリストファー・リーヴ、ジェーン・シーモア 他

[粗筋]
1972年、劇作家を目指す学生リチャードの処女作が演じられる。
そこに現れた美しい老女。
彼女はリチャードに「私のところへ戻ってきて」と謎めいた言葉を残し、金時計をリチャードに与え、去っていった。
8年後、リチャードは劇作家として成功するもスランプに陥り、原稿を追い求める編集者から逃げるように旅に出て、学生時代を過ごしたミルウォーキーのグランドホテルに投宿する。
そこで1枚の美しい女性の絵に出会い、彼女へ特別な感情を抱く。
彼女が60年前の女優、エレーズ・マッケナだと知る。
彼女の事が気になって仕方ないリチャードは過去を辿っていった結果、8年前に自分に金時計をくれた人こそエレーズであると気付く。
彼女の愛読書が、リチャードの大学時代の哲学教師の「時の流れを超えて」という本であったことから、彼は相談に行く。
そして、過去へ戻る方法を教えられる。
その方法とは、周囲の状況全てを過去と同じくし、自分自身に強い暗示をかける、という方法だった。

この映画は興行収入は散々だったらしいですが(笑)、今でも、コアなファンが多いらしく、ファンサイトが(少なくとも)日米で運営されています。
典型的なエンターテインメントの要素が詰め込まれ、尚且つバランス、映像美も失われていない点が見事な作品です。
これぞ映画、といった印象でせうか。
具体的に挙げれば、冒頭から謎、運命、SF、冒険、ロマンス、と非常に沢山の人心を掻き立てる要素が多い映画なのです。
特に、過去へ戻る方法論は秀逸。
大掛かりな仕掛けを要さずにタイムリープする、しかも時間という物理概念に哲学的アプローチから解決する、という筒井康隆やらプルーストやらも吃驚の方法論です(笑)。
それだけに、ロマンスの切なさも引き立ちます。
今でも、撮影に使われたホテルでは、毎年、この映画を上映する期間を設けているそうです。
日本でも人気は根強いらしく、大して売れるとも思えないこの映画のDVDは何度も何度も再販されていて、安く買う事が出来るようになっています(笑)。

因みに、この映画のテーマ曲はラフマニノフのパガニーニ・ラプソディの第18変奏(だったと思う…)です。
こういった部分もタイムリープの鍵になります。
まぁ、それは見てのお楽しみですが…(笑)。

ところで、この映画(に限らずですが…)は重大な矛盾点を孕んでいます。
大きなものについて、以下ですこしだけ検証したいと思います。

仮に、私がタイムリープによって過去へ移動出来るとします。

例えば2007年12月8日のサントリーホールから1988年10月18日のサントリーホールへ行けるとします。
因みに、この設定は私がテンシュテット&LPOのワーグナー・ライヴを生で聴いてみたい、という低俗な思い付きに端を発します(笑)。
そんなどうでも良い話は置いといて…(爆)。
私がタイムリープした際に、隣席にいた美女に野口英世の1000円札を渡します(笑)。
その美女は後生大事に英世さんを持ち続けて、2007年の12月7日の日フィルのワーグナー・ガラの際に私に「戻ってきて…」という言葉とともに手渡します。
私は熟女の彼女から受け取り、元の彼女に恋焦がれ、1988年10月18日へタイムリープしたとします。
また同じ英世さんを彼女に渡す事になります。

これが繰り返される訳です。
帰納的に考えるならタイムリープした回数を n とすると n に全ての自然数があてはまれば、これは"証明しうる"、"成立しうる"考え方になります。
実際に考えてみると n(私がタイムリープする回数) の場合と n+1(美女が私に渡す事で、また私がタイムリープするきっかけとなる) ので n=1 を除く自然数の場合は証明できます。
ですが、n=1 の場合は英世さんの存在はどうやって証明すれば良いでせうか?
時間の始点がそこには明確に存在する事になり、英世さんを媒介とした私と美女の繋がりの存在を証明出来ないのです。
また、どんなに綺麗に保管しても、英世さんは経年劣化が生じるはずです。
いつかは英世さんが破れて"存在"自体が消滅します。
そうしたらこの『無限』のループは無くなるのでせうか?

まぁ、SFの基本ではありますが、イマイチ私が理解出来ていない論理関係なので、この辺が分かる方は御教示願いたい所です。

取り合えず、皆さんも年の瀬に時の甘美な無常に浸ってみては如何でせうか〜?

因みに、タイトルは原題"Somewhere in Time"の頭文字を取った、この映画の略称です。
…ってなんかマニアックだな…orz

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