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VAT4956を暫し離れます。2500年以上も下った現在の空です。明け方少し前に、金星と木星が近接している空が東南の方向低く眺められます。「ステラナビゲータ10」において、緯度と経度をバビロンから栃木県宇都宮近辺に、一時的に設定変更します。尤も両地域は緯度がそれほど変わらないため、時間を動かせばほぼ同じような空です。では本日未明の関東地方北部の空を。

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北東の金星、南西の木星という位置関係です。金星のほうが圧倒的に明るいものの、木星も明るいです。これらの惑星の少し西方向、僅か下には、明け方近くの空に、夏の星座蠍座が横たわっており、α星アンタレスが見られます。明るさは金星と木星には全く敵いませんが、3者が近くにあって見事な眺めでしたよ。
黄道十二宮星座に蠍座の占める領域はごく狭く、蛇遣い座が広く北側と東側を占めます。木星は前年1121日よりほぼ1年間、蠍座+蛇遣い座にあります。蠍座内に1カ月弱、その後ずっと蛇遣い座です。そこでやはりVAT4956にちらっと戻りたくなります。「Jupiter was above α Scorpii.」(おもて13)なる言葉がすぐ頭に浮かんできます。初夏(シマヌの月)のバビロニアの空でした。前588年の2月からは、魚座→鯨座→魚座にある木星は、全く正反対方向ともいってよいほどの見当違いの位置にあるのでした。「アンタレスの上」なる表現は、どのくらい斜め上までが許容範囲かなんて考慮する必要がありません。
金星と木星が接近(会合)しています。VA4956には、水星と火星及び水星と金星が最接近している記述があったのでした。この平成時代最後の年の1月辺り、木星と金星の会合、これはどれほどの頻度で起こるのでしょう。

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2019年度は両者の会合は2度あります。暗い方の数字は一番近づく時に地平線下にあって見えないと言うことです。年に1度はあるかというと、全くない年もあります。惑星同士が接近する現象の起こった年からもかなり絞れるし、起こらなかった年だとすると、除外できたり、拾い上げられたりできます。表に、「2019/01/22」が載っています。きのうの1558分に両者は最も近かった様です。木星も金星も正午頃西に沈んでしまうので、一番接近している時刻には空にありません。
夜明け前、まだ明るくならない内に、金星と木星が綺麗ですよと、目を凝らすとアンタレスも眺められること、「588」の真っ赤な嘘について、確認しました。
 

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今回は9)〜13)まで5つまとめて調べます。
9)シャバトゥ1日(前58722223日)の月について(うら5’)―481736
日没から月没まで1時間弱で、ツバメ(魚座の一部)の中に見えたのです。222日の日没後に月はどこにあるでしょう。

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月の位置はVAT4956に叶っているとします。
10)アッダル1日(32425日)の月について(うら12’)―491737
月は牡羊座の東に見えるとのことです。324日の空を「SkyX」で。

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月は牡羊座内の東寄りにあるので、記載に合っているとします。
11)アッダル2日(32526日)の月について(うら13’)―492738
アッダル2日の夜、プレヤデス星団(牡牛座)の下に月があるかどうかです。325日です。

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月は牡牛座内のかなり西寄りにあって、矛盾はないようです。
12)アッダル7日(33031日)の月について(うら14’)―493739
7日の夜と記されているので、330日の宵です。プレセペ星団(蟹座)と獅子座α星(レグルス)のことが書いてありますが、その近くに月はあるらしいものの、位置関係は明らかでありません。この日の空を。

 
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蟹座と獅子座に挟まれた月が眺められます。一応記載を満たすことにしておきます。
13)アッダル12日(445日)の月について(うら16’)―479740
日の出から月の入りまでが6分で、この6分間、東地平線に太陽が、西空低く月が残っていたことを表わします。観察された空は44日でなく、45日の早朝になります。それを示します。

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乙女座にある月が西に沈む頃、まだ夜が明けていません。そのデータを「ステラナビゲータ10」で調べます。

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月が沈んで40分余り後、日の出を迎えます。日の出から月没までの時間(6分)が測れません。翌日は月の出がだいぶ遅れるので、45日朝では、記述に合うかというと、10分余り月の入りのほうが日の出よりも早いです。「588587」は失格です。
以上で、VAT4956上、13通りの月の記述のみを、JW教会の暦に従って、まとめてみました。その上で何が言えるか、考えます。勿論13全てが「588587」年に相応しいなどとは疾うに言えない訳です。嘘つき連中の実像をしっかりとあぶり出すべく、時間を惜しまず努力します。

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VAT49565番目の月より始めます。
以前にも述べましたが、今回再び断わっておきます。「-588」なる表示は、一般では前589年を意味します。しかし「SkyX」において、例えば下の写真の右下にある記載「-588/0704 13:4500」は、左上「Date and Time」の欄には、「014500 pm 7月/04-0588」と表わされます。アメリカから取り寄せた天文ソフトなのに、何故かここだけ「7月」と書かれます。日本向け版なのでしょうか。この日付はユリウス日表示には「1506841.00000000」と表わされています。一方、国立天文台暦計算室サイトで、「-58774日、13450秒」と代入すると結果は、「年月日:-5870704、時刻:134500,ユリウス日:1506841.07292、(日のみ):1506841」と出て来ます。ユリウス日の小数点以下の数字について、「00000000」は午前12時を表わします。従って、「SkyX」における、右下の「-588」(=-0588)=国立天文台表示の一般的「-587」(紀元1年の前年を0年とする)=前588年と判断できます。

5)シマヌ5日(745日)の月について(おもて14)―487726
74日について月の位置を示します。

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獅子の足の先のちょっと東に月があると記されています。乙女座の西端にある月はその表現を満たすとしておきます。
6)シマヌ8日(778日)の月について(おもて15)―488728729
77日の空を掲げます。

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夜の始めに、月は天秤座β星の下にあるんですね。そのβ星は菱形の一番上の角です(488の最初の写真)。VAT4956の言っていることに全然合っていません。(488)ではシマヌ8日を77日(767日)としたので、1日違います。1日前です。上の写真は翌日のため、(488)のものよりは天秤座に近づいています。(729)では76日と77日、両方の空を掲げています。78日の夜、月が西に沈む頃、やっと月はβ星の斜め西下までやって来ます。789日ですから、シマヌ9日に当たります。
7)シマヌ10日の月(7910日)について(おもて16)―489730731
7月9日の宵(first part ofthe night)の空が目当てです。月はアンタレス(蠍座α星)の上にあることになっています。

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違います。困ったもんですね。7月9日の空は(731)でも示しました。翌日の710日は合っているのでした(731の最後の写真)。しかしニサヌ1日を523日と決めた以上、シマヌ10日は7910日に固定しています。710日の宵の空ではシマヌ11日(71011日)です。
8)シマヌ15日(71415日)の月について(おもて17)―476490505734
この月は満月であったことと、日の出から月没までが30分であったと記されているだけで、月の位置が書かれていません。714日の空を「SkyX」で示します。

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月が西の空に沈む前の空で、月は山羊座(Capriconus)にあります。時刻はいつ頃ですか。何と真夜中ですね。30分前に夜が明けていなければならないのに、全然見当違いの時間です。「ステラナビゲータ10」から求められた出没時間です。

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「日の出から月の入りまで(30分)」なる表現を使えません。仮に1歩譲って翌日、715日でも、日の出の4分前に月が沈むのです。
これで813番目迄調べました。

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主に、前「588587」年の正しい暦を用いて、VAT4956を検討してきましたが、、そうでなく、フルリ氏の暦を用いて、「月の位置記述については、13の内13全てが588587にピッタリである」のインチキを再度検証します。JW協会=フルリ氏は、捏造した暦に基づいて「13ピッタリ」を主張しているので、そちらの暦を使って調べないと、ものが言えない訳です。
1)ニサヌ1日=53日(52日日没〜53日日没、523日)の月について(おもて1)―482719721

『ものみの塔』2011.1101の最終ページ、第2部資料17では、“…バビロニアの第1の月(ニサヌ)の始まりは2カ月前の52日/3となり、その日から新年が始まったことになる。”(741参照)と載っているので、この暦に則って13の月を調べます。Carl OlofJonsson氏の「A critical review of Rolf Furuli’s 2nd volume on chronology」によると、フルリ氏は、自分の著書の中で、ニサヌ1日=534日(54日)だと言って、別のページで51日、更に次の㌻では53日の宵、最終的には52日宵と記しているそうです。何でしょう、この節操のなさ。節操がないでは済まされません。同じ本の中で、本当にこんな振る舞いを演じているとは信じられないのですが、それにつけてもフルリ氏の本を読みたいものです。ともかく『ものみの塔』の記述を採用して、ニサヌ1日=523日として出発します。そうすると、52日の夜を観測することになるので、フルリ氏が最終的に合っているのが不思議です。

そこで、「SkyX」より52日の日没前の空を。(482)では、52日(512日)をニサヌ1日と考えました。1日違います。

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月は牡牛座の東に見えると記されています。月が牡牛座の中にあることは確かです。しかし太陽とこんなに近くて(会合しているような状況で)見えるでしょうか。見たら目がつぶれてしまいます。と言いましたが、「ステラナビゲータ10」で調べると、日没が1637分、月没が1703分と、26分の時間差はあります。翌日(3日)の宵ならば、月は牡牛座の東端にあり、観望できるでしょうか。でもニサヌ2日ですよ。なお翌日朝(ニサヌ1日)には、月よりも太陽のほうが早く東の空に現れます。
問題点は、牡牛座内にある月が牡牛座の東にあると表現されるかどうかです。もし、「the Bull of Heaven」が牡牛座α星(アルデバラン)を指すとすれば、そのすぐ東と言うことで合っているでしょうか。
2)ニサヌ9日(51011日)の月について(おもて3)―486722
510日の夜の空を見なければなりません。

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乙女座β星のすぐ西にある月に相応しいかどうか。そのβ星とは写真上、月のすぐ左下にある恒星です。位置描写に近いとは言えるでしょうか。
3)アイアル1日(612日)の月について(おもて8)―484723
月は双子座β星の下にあるとの記述です。。α星がカストル、β星がポルックスです。双子座東端にて、西上がカストル、東下がポルックスという関係です(723最初の写真)。61日の写真を掲げます。

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まだ日が沈まない内です。月は双子座の中にあります。ポルックスの斜め下にあります。相応しい範囲内でしょうか。
4)シマヌ1日(630/71日)の月について(おもて12)―483724
蟹座の東に月があります。630日の空はどうでしょう。

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月が蟹座にあって、太陽と土星と3つがほぼ、くっつかんばかりですね。月は見えませんね。「ステラナビゲータ10」のデータでは、630日の日没が1710分、月没が1731分と、21分差はあります。蟹座の「behind()」なる表現にはそぐわないです。
あくまでも、月の位置に関して、惑星と星座の関係は交えず13続けて、先ず検討をします。その始めの4つを扱いました。

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588587年の、故意に作られたバビロニア暦についてじっくり検討します。(735)の続きです。2011111日付け『ものみの塔』「古代エルサレムが滅ぼされたのはいつかー第2部」の資料17を示します。“. 「バビロニア人の月食観測紀元前750年から前1年まで」(英語),ピーター・J・フーバー,サルボ・デ・メイス共著,2004年発行,186ページ。VAT 4956によれば,この月食はバビロニアの第3の月の15日に起きた。これは,シマヌの月が15日前に始まっていたことを示唆している。もしその月食がユリウス暦の西暦前588年7月15日に当たるとしたら,シマヌ1日は西暦前588年の6月30日/7月1日となる。したがって,バビロニアの第1の月(ニサヌ)の始まりは2か月前の5月2日/3日となり,その日から新年が始まったことになる。普通,月食の年は4月3日/4日に始まったはずであるが,VAT4956にはその6行目に,前年の第12(最後)の月の後に,余分の月(うるう月)の加えられたことが述べられている。(粘土板には,「XII2[第13]の月の第8日」と記されている。)ゆえに,実際には5月2日/3日になるまで新年は始まらなかったことになる。したがって,西暦前588年のこの月食の日付は,粘土板のデータと符号する”。

588587」年には715日に月食があった―→この月食が、第3の月(シマヌ月)15日に起こったと記すVAT4956のその月食である―→シマヌ1日は63071日である―→ニサヌ1日は523日である。
上記のように、前5887月にあった月食の日から逆算して1年の始まり(ニサヌ1日)を決定しました。その計算が成り立つには、VAT4956の語る1年間が588587年でなければなりません。もしそれが有り得ないこととしたらどうでしょう。前代未聞のペテン師と呼ばれます。
紛らわしさを少なくする為、年月日の表し方を確認しておきます。バビロニアの1年は春から春(34月から23月まで)なので、例えば前568年と言ったら、568567年と記すことにします。圧倒的に「568」成分のほうが長いからです。またバビロニアの1日は、日没から日没までなので、例えばアイアル5日=42324日のように記すことにします。ここでも424日の成分のほうが断然長いので、一つの数字で表わすとしたらアイアル5日=424日となります。R.A.Parker & W.H.Dubberstein著『Babylonian Chronology 626 B.C.A.D.75』には、前626年(ナボポラッサルの即位年)より後386年迄のバビロニア暦が載っていますが、日付はこの様式で記されています。
735)で計算した1年(前588/587年)を厳密に記してみます。ニサヌ1日を52日に協会はしていると述べましたが間違いで、53日をニサヌ1日にしているのです。その上での信憑性ない588/587年について計算します。閏アッダルのあった年で①〜⑬の13カ月です。
ニサヌ(30日間):5.02/035.31/6.01アイアル(29日):6.01/026.29/30
シマヌ(30日):6.30/7.017.29/30ドゥズ(29日):7.30/318.27/28
アブ(30日):8.28/299.26/27ウルル(30):9.27/2810.26/27
タシュリトゥ(30):10.27/2811.25/26アラハサムヌ(29):11.26/2712.24/25
キスリム(30):12.25/261.23/24テベトゥ(29):1.24/252.21/22
シャバトゥ(30):2.22/233.23/24アッダル(293.24/254.21/22
2アッダル(閏アッダル)(29):4.22/235.20/21
上記の計算により、協会は、月食の715日を規準にしてそこから遡ってニサヌ1日を、下ってアッダルまでの暦を作ったことが分かります。上に載せた文章がそう表明しています。この暦が例のフルリ氏譲りなんですね。「588/587」には閏アッダルが設けられたとされていて、この暦だと、何と次の年度の始まりが5月下旬になるというひどい事態になりますが、勿論、協会はVAT4956の語る如く、「588/587」の前年に閏アッダルがあったとしています。当該年には第2アッダルはなかったと。

ここでフルリ氏の言う日付はどうでしょう。直接同氏の本が手元にあると良いのですが、それは叶いません。Carl Olof Jonsson氏の書き物、『A critical review of Rolf Furuli’s 2nd volume onchronology: Assyrian, Babylonian and EgyptianChronology. Volume II of Assyrian, Babylonian, Egyptian, and Persian ChronologyCompared with the Chronology of the Bible (Oslo: Awatu Publishers, 2007).

Part I:  The astronomical “diary” VAT 4956  ©  Carl OlofJonsson, Göteborg, Sweden, 2007』より引用します。ネットで見られます。①〜⑬はVAT4956に載る13の月の番号です。

Furuli’s date: Nisannu 1 = 1st, 2nd and 3rd May 588 BCE:
Furuli’s date: Nisannu 9 = 11 May 588 BCE:
Furuli’s date: Ayyaru 1 = 1 June 588 BCE:
Furuli’s date: Simanu 1 = 30 June 588 BCE:
Furuli’s date: Simanu 5 = 4 July 588 BCE:
Furuli’s date: Simanu 8 = 7 July 588 BCE:

Furuli’s date: Simanu 10 = 10 July 588BCE:

Furuli’s date: Simanu 15 = 15 July 588BCE:

Furuli’s date: Shabatu 1 = 22 February 587BCE:

Furuli’s date: Addaru 1 = 24 March 587BCE:

Furuli’s date: Addaru 2 = 25 March 587BCE:

Furuli’s date: Addaru 7 = 30 March 587BCE:

Furuli’s date: Addaru 12 = 4/5 April 587BCE:

協会の言っていることに合致します。つまり、とんでもないフルリ氏を協会が採用していることが明らかですが、フルリ氏の名前は一切伏されています。「588/587715日の日食がVAT4956おもて17に記された月食に違いない、とこじつけて暦を作り出したのです。逆算して①が求められたはずのところ、ジョンソン氏によれば、フルリ氏は自分の本の中で51日、52日、53日と揺れ動くのだそうです。715日(714/15日)がシマヌ15日ならば(⑧)、ニサヌ1日=53日(52/3日)ですよ。如何しました?滅茶苦茶しないで下さい。
588715日の月食は、前56875日同様バビロンでは地平線の下になってしまい、見えないのでした。共に、一応バビロニア天文学者の推測計算としておきます。「568/567」については事実その通りです。「おもて17」には、日の出から月没までが7°30′(30分)で、月食であるが除外される、と記されていると言うことは、その後午前中にバビロンに対して地球の裏側で月食が起こることになるので、714/15日つまりシマヌ15日の空です。
ニサヌ1日=52/3日、シマヌ1日=630/71日とすると、月日が進み翌年になって、シャバトゥ1日=222/23日、アッダル1日=324/25日となります。714/15日(シマヌ15日)に月食があったので、それをフルリ氏は715日だとしているなら、シャバトゥ1日は221/22日、アッダル1日は323/24日の筈です。フルリ氏の計算は1日間違っています。これも如何したんでしょう。1日違いは大きいです、月の場合は。
今まで繰り返していますが、「古代エルサレムが滅ぼされたのは607だ」について、2011年以降見解が示されていません。本年はそれからもう8年も経つのですから、新たな主張をまとめてくれませんか。何を如何いじろうが、嘘をついた回数を増すだけですが。しかしどんな論を展開させるのかは衆人挙って興味を抱き待望しています。乞うご期待と行きませんか。
 
 
 

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