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			<title>INSLA 交流広場</title>
			<description>ますます細分化してしまった科学は、自分の位置さえわからぬまま急速に進んでいます。そこには紛れもない夢と実益が含まれていますが、潜在的危険も孕んでいることは今さらいうまでもありません。 しかしながら、人間の欲望と結びついた科学技術は地球環境を破壊し、21世紀に最大の 人類の問題となって持ち越されてしまいました。遺伝子操作、生殖工学は、新しい医療技術を提供する可能性を もたらしましたが、一方、一歩間違えれば人類の尊厳を破壊する恐ろしさを持っています。
しかし、私たちは我々の未来に対して科学に大きな希望を託しているはずです。科学の進歩はとどめることが出来ない。
「科学の知」は、振り返ることがない故に、大きな進歩を可能にしてきたのである。科学の問題点を解決 出来るのは、「科学の知」と「人文の知」の統合にあると思われます。
広い意味での教養、「リベラルアーツの知」 がなければならない。一方、文化や社会の問題を客観的に眺めるためには、「科学の知」を取り込んだ分析が必須です。したがっていずれの場合でも自然科学とリベラルアーツをアマルガメート した知が必要となるのです。現代の問題点は、「より深い」、「より広い」、「より遠い」視野を持った複眼的 思考を基にして考えることが必要です。
このような観点から、理系の研究に携わっている者と、文系の仕事に従事している人が、フリー に交流できる場を作り、科学の問題を文学、演劇、音楽等の芸術媒体で表現、理解する試みや、文化、 社会の問題を科学の目で解明する試みを支援するために、東京大学名誉教授　多田富雄が病を抱えながら、2007年夏に「自然科学とリベラルアーツを統合する会_(Integration of Natural Sciences and Liberal Arts, INSLA)」を発会しました。
このプログは、より多くの方にの交流の場として役立てて頂ければと思い立ち上げることにしました。

INSLAに関するより詳細は、ホームページをご覧下さい。
http://www.insla.jp/&#039;&#039;&#039; ボールド &#039;&#039;&#039;
&#039;&#039;&#039; ボールド &#039;&#039;&#039;
= タイトル =</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/inslatada</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>INSLA 交流広場</title>
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			<description>ますます細分化してしまった科学は、自分の位置さえわからぬまま急速に進んでいます。そこには紛れもない夢と実益が含まれていますが、潜在的危険も孕んでいることは今さらいうまでもありません。 しかしながら、人間の欲望と結びついた科学技術は地球環境を破壊し、21世紀に最大の 人類の問題となって持ち越されてしまいました。遺伝子操作、生殖工学は、新しい医療技術を提供する可能性を もたらしましたが、一方、一歩間違えれば人類の尊厳を破壊する恐ろしさを持っています。
しかし、私たちは我々の未来に対して科学に大きな希望を託しているはずです。科学の進歩はとどめることが出来ない。
「科学の知」は、振り返ることがない故に、大きな進歩を可能にしてきたのである。科学の問題点を解決 出来るのは、「科学の知」と「人文の知」の統合にあると思われます。
広い意味での教養、「リベラルアーツの知」 がなければならない。一方、文化や社会の問題を客観的に眺めるためには、「科学の知」を取り込んだ分析が必須です。したがっていずれの場合でも自然科学とリベラルアーツをアマルガメート した知が必要となるのです。現代の問題点は、「より深い」、「より広い」、「より遠い」視野を持った複眼的 思考を基にして考えることが必要です。
このような観点から、理系の研究に携わっている者と、文系の仕事に従事している人が、フリー に交流できる場を作り、科学の問題を文学、演劇、音楽等の芸術媒体で表現、理解する試みや、文化、 社会の問題を科学の目で解明する試みを支援するために、東京大学名誉教授　多田富雄が病を抱えながら、2007年夏に「自然科学とリベラルアーツを統合する会_(Integration of Natural Sciences and Liberal Arts, INSLA)」を発会しました。
このプログは、より多くの方にの交流の場として役立てて頂ければと思い立ち上げることにしました。

INSLAに関するより詳細は、ホームページをご覧下さい。
http://www.insla.jp/&#039;&#039;&#039; ボールド &#039;&#039;&#039;
&#039;&#039;&#039; ボールド &#039;&#039;&#039;
= タイトル =</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/inslatada</link>
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		<item>
			<title>「寡黙なる巨人」が「小林秀雄賞」を受賞</title>
			<description>号外です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
新潮社主催の今年の「小林秀雄賞」に多田富雄先生が書かれた「寡黙なる巨人」の受賞が決まりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.shinchosha.co.jp/prizes/kobayashisho/&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.shinchosha.co.jp/prizes/kobayashisho/&lt;/a&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/inslatada/15398986.html</link>
			<pubDate>Fri, 29 Aug 2008 01:14:26 +0900</pubDate>
			<category>ノンフィクション、エッセイ</category>
		</item>
		<item>
			<title>INSLA　第2回講演会「地球に地獄がやってくる」</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fa-26/inslatada/folder/386305/63/15293063/img_0?1219805362&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fa-26/inslatada/folder/386305/63/15293063/img_1?1219805362&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
INSLAからの久しぶりのご連絡です。&lt;br /&gt;
INSLAでは10月16日に第2回の講演会を行います。今回は地球温暖化に焦点を当て、東京大学の山本先生からはご専門の立場から現状の危機的状況に対して警鐘を鳴らしていただき、多摩大学　公文先生には社会学者としての立場でのご意見を、感染研の津田先生には温暖化に伴い起こるであろう感染症などの危険性についてお話ししていただこうと考えております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
皆様も年々ひしひしと感じられていることとは思いますが、地球環境の急速な変化は我々の予想を超えたスピードで進んでいます。これも文明が生み出した副産物といえます。皆様にとってはより身近な社会的問題と言えますので、より多くの方のご参加と活発な御討議を期待しております。&lt;br /&gt;
チラシは以下の通りです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/inslatada/15293063.html</link>
			<pubDate>Wed, 27 Aug 2008 11:49:22 +0900</pubDate>
			<category>地球温暖化</category>
		</item>
		<item>
			<title>多田　富雄先生 講演会　千葉医学会学術大会</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fa-26/inslatada/folder/386305/42/15243642/img_0?1219732605&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
第84回　千葉医学会学術大会（第45回日医生涯教育講座）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日　時：平成20年9月5日（金）16時10分～18時30分&lt;br /&gt;
会　場：千葉大学医学部附属病院　3階　第一講堂&lt;br /&gt;
（同階　第二講堂　講演内容の同時中継有り）&lt;br /&gt;
学術大会会長　徳　久　剛　史&lt;br /&gt;
同　　副会長　西　野　　　卓&lt;br /&gt;
16：10　開会の辞&lt;br /&gt;
16：15&lt;br /&gt;
学術大会会長　徳　久　剛　史&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
機テ段鵡岷&lt;br /&gt;
教えられたこと，伝えたいこと&lt;br /&gt;
演者：多　田　富　雄先生（東京大学　名誉教授）&lt;br /&gt;
座長：近　藤　洋一郎先生（千葉大学　名誉教授）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
供ゾ径垤岷&lt;br /&gt;
免疫システム，その統御による免疫治療の開発研究&lt;br /&gt;
演者：中　山　俊　意先生（千葉大学大学院医学研究院　免疫発生学　教授）&lt;br /&gt;
座長：徳　久　剛　史先生（千葉大学大学院医学研究院長・医学部長&lt;br /&gt;
／分化制御学　教授）&lt;br /&gt;
18：30　閉会の辞学術大会副会長　西　野　　　卓&lt;br /&gt;
終了後，懇親会がございますので是非ご参加下さい（無料）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
★申込手続：不　要&lt;br /&gt;
★参加費：無　料&lt;br /&gt;
主催：千葉医学会　連絡先：〒260－8670千葉市中央区亥鼻1－8－1千葉大学医学部内&lt;br /&gt;
TelO43－202－3755&lt;br /&gt;
e一mail：info＠C－med．org&lt;br /&gt;
http：／／www．C－med．org／</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/inslatada/15243642.html</link>
			<pubDate>Tue, 26 Aug 2008 15:36:45 +0900</pubDate>
			<category>アレルギー</category>
		</item>
		<item>
			<title>絢香様よりの コメントに対する返事</title>
			<description>2008/4/21(月) 午後 1:31 ★絢香★ 様よりの コメントに対する返事です。&lt;br /&gt;
これは多田先生からではなく、このプログを運営している多田先生の弟子(久保)からの返事ですので、その点ご理解ください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
介護保険では十分にリハビリができないのは何故でしょうか？&lt;br /&gt;
具体的に教えていただきたいのですが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
介護保険でリハビリを受ける際はケアマネージャーという人達が、ヒヤリングをして項目を決めてリハビリスケジュールを立てていきます。項目が細かく設定されていて介護を受ける本人にとって有効なリハビリを受けられるかどうかがよく分からないのが実情ではないでしょうか。ケアマネージャーは、申請書を作製することには長けていますが、如何せんリハビリテーション医療には素人です。また項目を選択するとするだけそれだけお金がかかってきます。年金で生計を立てているご老人方には、そんなに沢山の項目を選択できないことになります。私の母親は、パーキンソンでしたが、ケアマネージャーが的確なプログラムを立てているとは思えませんでしたし、専門医のところに行くのは月一回でその時にリハビリの指導を受けはするのですが、指示はケアマネージャーには伝わりません。ケアセンターには医学療法士はいますが、パーキンソンに向けたリハビリは知らない人達がほとんどです。そのため、リハビリと言ってもケアセンターで行われているものはほとんど気休めでしょう。&lt;br /&gt;
多田先生が問題にしているのは、介護保険で長期療養が必要とされる病気です。現状では脳溢血などで意識がなく、植物状態であれ、長期療養出来るところは介護保険ではほとんどありません。厚労省は平成11年には、これを0にしようとしていました。医療保険を使える長期療養のベット数も半分にしようとしているのです。後の人達は、自宅で誰か家族が看病するか、3ヶ月ごとに病院を転々とするしかないのです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/inslatada/9499079.html</link>
			<pubDate>Sun, 01 Jun 2008 20:08:08 +0900</pubDate>
			<category>その他美容と健康</category>
		</item>
		<item>
			<title>「言葉の力　詩・歌・舞」</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fa-26/inslatada/folder/386305/83/9492583/img_0?1212313823&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fa-26/inslatada/folder/386305/83/9492583/img_1?1212313823&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
久しぶりに投稿です。&lt;br /&gt;
7月21日　午後2時より　国立能楽堂にて「言葉の力　詩・歌・舞」と言う催しが行われます。「石牟礼道子氏と多田富雄氏による深き魂の交歓」がサブタイトルになっております。詳しくはポスターの方をご参照ください。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/inslatada/9492583.html</link>
			<pubDate>Sun, 01 Jun 2008 18:50:23 +0900</pubDate>
			<category>その他芸術、アート</category>
		</item>
		<item>
			<title>この国はどこへ行こうとしているのか　</title>
			<description>毎日新聞　2008年4月11日夕刊&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
特集ワイド：この国はどこへ行こうとしているのか　多田富雄さん&lt;br /&gt;
　＜おちおち死んではいられない＞&lt;br /&gt;
　◇今の政治は病んでいる－－免疫学者・７４歳・多田富雄さん&lt;br /&gt;
　◇後期高齢者医療制度は姥捨てです　反乱起こしたいぐらい&lt;br /&gt;
　「歌占（うたうら）」&lt;br /&gt;
死んだと思われて三日目に蘇（よみがえ）った若い男は&lt;br /&gt;
白髪の老人になって言った&lt;br /&gt;
俺（おれ）は地獄を見てきたのだと&lt;br /&gt;
そして誰にも分からない言葉で語り始めた&lt;br /&gt;
詩集「歌占」（藤原書店）より&lt;br /&gt;
　非の打ち所のない人生。０１年５月２日までの多田富雄さんの人生はそれだった。若くして免疫学で世界的な業績を上げ、東大教授に。世界を駆け回るかたわら鼓を打ち、脳死や相対性理論を主題に能も書いた。&lt;br /&gt;
　だがその日、脳梗塞（こうそく）で倒れ、半身不随になった。歩くことも、語ることも、水を飲むことさえもできなくなった。詩の中の白髪の老人は、多田さんだ。一時は死を望んだ。&lt;br /&gt;
　　　　　■&lt;br /&gt;
　桜を散らす雨が上がった午後、東京都文京区のご自宅を訪ねた。いかめしい老学者を想像していて、拍子抜けした。さまざまな茶色の糸で編まれたセーターを着て、車椅子に座ってはにかむように笑っていた。&lt;br /&gt;
　でも言葉は鋭い。政府が「長寿」と言い換えた後期高齢者医療制度について聞くと、キーを打つと音声になる「トーキングマシン」で、「ウバステ（姥捨て）デスネ」。あまりに率直な表現に「ぷっ」と噴き出すと一緒に笑い、そして続けた。&lt;br /&gt;
　「これは人間の国の政治じゃないね。私には、この国自身が病んでいるように見えます」&lt;br /&gt;
　話を７年前に戻そう。倒れて２カ月、車椅子で海に沈む夕日を見ていた時、突然ひらめいた。「脳の神経細胞が死んだら再生することなんかありえない。（略）もし機能が回復するとしたら、元通りに神経が再生したからではない。それは新たに創（つく）り出されるものだ。（略）私が一歩を踏み出すとしたら、それは失われた私の足を借りて、何者かが歩き始めるのだ」（「寡黙なる巨人」集英社より）。その何者かを多田さんは巨人と呼び、彼と会いたくてリハビリに励んだ。「歌占」はそのころ書いた。５０メートルも歩けるようになった。&lt;br /&gt;
　だが０６年４月、再び打ちのめされる。小泉純一郎内閣の下で診療報酬が改定され、リハビリの保険給付が最大１８０日で打ち切りになった。それ以上続けても医学的に改善の見込みはない、という理由だ。&lt;br /&gt;
　「リハビリは、病気から回復するための医科学です。それを制限するのは、治るのをやめろと言うのと同じ」。トーキングマシンを通しても、震えるような怒りが伝わってくる。&lt;br /&gt;
　多田さんは闘った。左手でパソコンをたたき「リハビリ中止は死の宣告」と新聞に投書した。リハビリをやめたら、歩けなくなる。病状が後戻りし悪化してしまう。投書は署名運動に発展し、４４万件も集まった。車椅子で厚生労働省に届けた。でも制度はほとんど変わっていない。&lt;br /&gt;
　そして今度は後期高齢者医療制度だ。７５歳以上が対象で、全体の医療費が増えると高齢者が支払う保険料も上がる。つまり高齢者ができるだけ医者に行かなくなるようにする仕組みだ。保険料は年金から天引きし、払えなければ保険証も取り上げる。&lt;br /&gt;
　しばらく前から、多田さんとメールのやりとりをしてきた。多田さんは怒っていた。障害者や寝たきりの人、人工透析を受けている人など約１００万人が、７５歳ではなく６５歳から同制度に加入させられる。＜これは命の差別です。個人の尊重や、幸福追求権を認めた憲法１３条、法の下の平等を定めた同１４条に違反している。こんなことが堂々とまかり通っている＞&lt;br /&gt;
　長寿医療制度への呼び換えを指示したのは福田康夫首相だ。&lt;br /&gt;
　＜怒りに身が震えます。体さえ動けば１３００万人の後期高齢者と、その予備軍を結集し、『老兵連』を集めて反乱を起こしたいぐらい。力はないが数はあるぞとデモしたい。言い換えで誤魔化されるほど、後期高齢者は落ちぶれてはいない＞&lt;br /&gt;
　行間から「私は生きている」という叫びが、聞こえた。&lt;br /&gt;
　　　　　■&lt;br /&gt;
　「高齢者や障害者は早く死ねというならナチスと同じ。国は、国民が自ら国民皆保険を捨てるのも狙っているのでしょう」&lt;br /&gt;
　聞き直したのはトーキングマシンの声が小さかったからではない。驚いたのだ。&lt;br /&gt;
　「このごろ、何歳でも加入できる医療保険の宣伝が目立つでしょう」&lt;br /&gt;
　小泉政権発足は０１年４月。７月には保険業の規制が緩和され、医療保険やがん保険が急速に伸長した。その一方で、小泉政権は、社会保障関係費を毎年度２２００億円分も圧縮してきた。０６年には、１１年度までに社会保障分野で１兆７０００億円を削減すると決めた。後期高齢者医療制度も、リハビリの打ち切りも、介護保険料の見直しも、すべてその延長線上にある。&lt;br /&gt;
　健康保険制度に不安を持つ人々は、保険料を支払って医療保険やがん保険に加入する。得をするのはだれか－－。&lt;br /&gt;
　　　　　■&lt;br /&gt;
　多田さんの中で目覚めた巨人は、これから何をしたいのか。そう聞くと、体を揺すって笑った。&lt;br /&gt;
　「ヨナオシ（世直し）！」&lt;br /&gt;
　すごい。その瞬間、口元から光がこぼれた。よだれだ。口の右側はまひが強いためだ。&lt;br /&gt;
　トーキングマシンで話をしながら、この時まで私はすっかり忘れていた。多田さんが物をのみ込むのが困難なほど重い障害を持つことを。多田さんはまるで能役者のように自然に左手で口元をぬぐっていたから。能弁だったから。……違う。なぜだろう、健康で４０代の私よりも、病んだこの人の方がずっと強く、生き生きと、生命にあふれているように感じるのだ。&lt;br /&gt;
　こうして人と会い、姿勢を保つだけでもどれだけの労力を要するか。資料を読み、文章や本を書き、社会に異議申し立てをするのは……。&lt;br /&gt;
　「言葉は僕に残された最後の力です」&lt;br /&gt;
　この人の後ろには、老いて病み、物言えぬ多くの人がいる。死者すらいるかもしれない。&lt;br /&gt;
　「歌占」の終節はこうだ。&lt;br /&gt;
　死ぬことなんか容易（たやす）い／生きたままこれを見なければならぬ／よく見ておけ／地獄はここだ&lt;br /&gt;
　詩はあと３行続く。老人は何と語るのか、あえて書かない。【太田阿利佐】</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/inslatada/6948970.html</link>
			<pubDate>Fri, 25 Apr 2008 20:09:14 +0900</pubDate>
			<category>その他の病気</category>
		</item>
		<item>
			<title>多田富雄の落葉隻語　現代の「姨捨」を憂える</title>
			<description>わが心　慰めかねつ　更科や&lt;br /&gt;
　姨捨山に　照る月を見て&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ひとり山に捨てられた老女が、皓々（こうこう）と照る月光の下で悲しみの舞を舞う能の名曲「姨捨（おばすて）」。同じく深沢七郎の小説「楢山節考」では、捨てられたおりんばあさんの悲劇が涙を誘った。「姨捨」には、中世農民の貧困という背景があった。そんな世には二度としたくないと誰もが思う。しかし今、国の政策としての「姨捨」が平然と行われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　明治以来昭和に至る日本は、富国強兵によって国の近代化に成功したが、民意を無視して侵略戦争に突入し、敗戦の苦難を国民に強いた。これを作家小田実は「棄民」と呼んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　戦後の昭和は、捨てられた国民が決起して、民主、平和、平等など、人権を回復した歴史、つまり棄民が復権した時代であった。憲法にも国民の「生存権」が明記された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それがまたまた危うい事態になっている。国民はまた捨てられようとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「棄民」は、誰もが気付くように始められるものではない。気付かぬうちに、弱いものから捨てられてゆく。気付いたときはもう遅い。だからどんな微（かす）かな棄民の動きでも敏感に察知して食い止めなければならない。その初期の徴候と思われる事が最近頻発している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
　リハビリの日数制限はその好例である。リハビリなんてと見過ごしてはならない。こんなところから、棄民が始まっているのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私は脳梗塞（こうそく）の後遺症で、右半身の完全な麻痺（まひ）と言語障害となり、車椅子（いす）生活を余儀なくされている。私のような重い障害を負った患者は、残っている機能を維持するため、リハビリを欠かすことはできない。中止すれば、寝たきりになる。リハビリがそれを防ぐのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そのリハビリが、一昨年から日数で制限されてしまった。制限日数を越えた者は、介護保険で老人ホームのデイケアに行けというが、専門のスタッフもいないところで、リハビリなんかできない。その証拠に、いうことを聞いて介護保険に移った患者の七割以上が、リハビリを諦（あきら）めてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　診療の報酬を決めるのは厚労省の権限だが、診療の制限までする権限はないはずだ。治らないからやめろというのは、死ねということに他ならない。残された機能を維持するのは大切な治療だ。やめてしまえというのは、糖尿病のインシュリン投与を中止しろというような乱暴なやり方ではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　治療を拒否された患者は、「リハビリ難民」と呼ばれた。しかし度重なる請願に関わらず、救いの手は差し伸べられなかった。「難民」は一転して「棄民」になってしまった。現代の「姨捨」に他ならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　こういう事態を憂慮して、私は「診療報酬を考える会」の仲間と一緒に、二ヶ月間に四十八万人あまりのリハビリ制限反対署名を集めた。私は車椅子を押してもらって、支援者とともに、厚労省に署名簿を手渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし国は、血の滲（にじ）むようにして集めた四十八万人の署名を握りつぶし、かえって再改定をして締め付けを強化した。その結果患者は二度捨てられたことになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　療養病床の削減も「棄民」のいい例である。帰るところがない悲しい事情のある患者に、無理に退院を迫る。昔の結核病棟だって、最後まで患者を看取（みと）ったのに。「障害者自立支援法」も、残酷な「棄民法」である。この四月から始まる後期高齢者医療制度も、老人を現行の健康保険から切り離し、医療を制限し、負担を強いる典型的「姨捨政策」である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　まず力の弱い、回復の見込めない障害者、老人、患者が捨てられた。治らない患者を治療するのは無駄だから、死ねという乱暴なやり方だ。「姨捨」とどこが違うのだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　国が崩壊すると難民が出る。同じく国の行政が破綻（はたん）すると、同じく難民が出る。「医療難民」である。それが「棄民」まで作り出せば、逆に国を崩壊させるだろう。まさに「わが心、慰めかねつ」である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（2008年03月12日  読売新聞）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/inslatada/6045534.html</link>
			<pubDate>Fri, 11 Apr 2008 21:48:09 +0900</pubDate>
			<category>その他の病気</category>
		</item>
		<item>
			<title>多田富雄の落葉隻語　郷土料理 千年の知恵</title>
			<description>節分が過ぎ初午（はつうま）が近づくと、私の生まれ故郷の茨城県結城市のあたりでは、「すみつかれ」という郷土料理を作る。栃木、茨城、群馬など、北関東の各地に伝わるひなびた料理で、場所によって「しもつかれ」と呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私はこの名前の由来を長い間知らなかったが、最近松本忠久氏の「ある郷土料理の一〇〇〇年」という本で、それが平安時代から伝わる由緒ある食べ物であることを知った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「宇治拾遺物語」には比叡山の大僧正良源が、「酢ムツカリ」という煎（い）り豆に酢をかけたものを食したことが記されており、これが関東まで伝播（でんぱ）する間に進化して、「すみつかれ」になったと著者は言う。良源は「元三大師」となって、教化のために諸国を行脚したので、平安の昔の「酢ムツカリ」が、近江の地から北関東へと、形を変えて伝播したのであろうとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ともあれ、凄（すご）い歴史のある食べ物であることはわかったが、お待たせしました、果たしてどんな料理かを紹介しよう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　大僧正良源が食したのは、煎り豆に酢をかけただけのものだったらしいが、千年の間に「酢ムツカリ」は大きな進化をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　場所によって多少違うらしいが、私の郷里では、大量の大根おろしと人参に塩鮭（しおざけ）のあらを混ぜ、後は節分の残りの煎り豆、油揚げと酒粕（さけかす）を加えてぐつぐつと煮込んだだけである。大根と人参は「鬼卸」という竹を削った卸板でざくざくに卸す。塩鮭の頭や中骨は、出刃包丁で刻む。塩分がここから出るから、後は形がなくなるまで煮込むだけ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　熱いうちにふうふうと食べるのもおいしいが、一晩置いて冷たくして食べるのが私は好きだ。実際寒中だったら十日あまりは賞味期間である。私が子供のころは、大なべにいっぱい作って、初午のお稲荷さんに供えた後、小豆飯（あずきめし）と一緒に食べた。おいしかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　何でそんな郷土料理のことを書くかといえば、私の単なる郷愁だけでなく、この料理に秘められた庶民の知恵があるからである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　まず「すみつかれ」は、栄養学的に満点である。植物性栄養素と、鮭の頭と骨に含まれる動物性蛋白（たんぱく）やカルシウムなどの絶妙のバランス。油揚げや酒粕を加減すれば、低カロリーの自然食である。一晩置いただけで、乳酸菌発酵が進む。かすかに酸っぱくなるのはこのせいであるが、逆に雑菌の繁殖を防ぎ、味も栄養もよくなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　第二に材料が安価でどこでも手に入る。捨てるものまで利用したエコロジーの料理である。大根も人参も農村だったら、軒先に転がっているし、鮭の頭などは、魚屋に行けば只（ただ）で分けてくれた。煎り豆は節分の残りだ。酒粕だって油揚げだって、この料理に使うくらいは安いものだ。どんな貧しい家庭でも作れた。しばしば近所にも配り、自慢して食べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、そこには一家団欒（だんらん）があった。酒粕の匂（にお）いが、みんなを幸福にした。心を暖める滋味があるのだ。今年はことさらうまくできたとか、誰さんちから頂いたのは、柚子（ゆず）の香りがしたからうちでも今度入れてみよう、などと語り合ったものだった。そのようにして、千年もの間進化してきたのであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　近頃は大根を卸すのや、鮭の頭を切るのは手間がかかるといって、若い人は「すみつかれ」を作らなくなったという。食わず嫌いで、食べようとしない子供も多いと聞く。この料理の千年の知恵が失われるのは惜しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今年も節分が近づき、寒に入ってから寒さも厳しくなった。郷里から冷たい「すみつかれ」がどっさり送られてきた。今宵（こよい）は田舎の初午の宵待ちの興奮を思い出しながら、冷えた「すみつかれ」をつつくことにしよう。こんな郷土料理を持つことに誇りを抱きつつ、熱燗（あつかん）を一本頂くことにしよう。外はしんしんと冷え込んでいる。ああ、昭和は遠くなりにけりだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（免疫学者）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（2008年02月13日  読売新聞）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/inslatada/2617893.html</link>
			<pubDate>Tue, 19 Feb 2008 02:32:42 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>多田富雄の落葉隻語　「昭和の子」が護るもの</title>
			<description>降る雪や　明治は遠くなりにけり　中村草田男の句である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　草田男は、昭和６年にこの有名な句を詠んだ。昭和６年といえば、明治が終わってから二十年ほどである。今年は昭和の年号が改まって二十年、「昭和は遠くなりにけり」と、感慨にふけるのは私ばかりであろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　昭和といえば思い出すのは、昭和天皇の御大葬が行われた日のことである。それは霙（みぞれ）の降る寒い寒い朝だった。私は身を清めてモーニングに着替えたが、オーバーを着るかどうか迷っていた。どうせ脱がされるなら着ないで参列することに決めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　大通りは珍しく車が走っていなかった。地下鉄で霞ヶ関まで行き、用意されたバスに乗り込んで新宿御苑に向かった。道路には車の影はなく、戒厳令が出ているみたいだと誰かが言ったのを思い出す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　新宿御苑に着くと、一人ひとりに毛布が一枚手渡された。でもみんなオーバーを着たままではないか。後悔したが後の祭りだ。決められた席に座って待っている間に、寒さが脚を這（は）い登って来てどうにも我慢できない。もう人目など気にしていられない。不謹慎だが、毛布を肩からかぶって震えていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　あまり寒そうにしていたら、隣の席にいた上品な老婦人が、「お寒いですね。こんなときはおなかに何か入れるとしのげるものですよ。私は必ず『すあま』を持って来ることにしているのです。お一ついかがですか」と、懐から紙にくるんだ一切れをさしだした。震える手でそれを頂いて口に入れたら、不思議に体が暖かくなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　後で思うに、あの老婦人は上方舞の武原はんさんらしかった。彼女はこの寒さにも、喪服の羽織一枚でシャンとしていた。明治生まれの女性は凄（すご）いと感心した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ご大葬のことを詳しく書く紙面はないが、この日、私が生きた昭和という時代が終わったことをしみじみと感じたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この日の数日前、私は昭和天皇にパーソナルにお別れする機会に恵まれた。「殯葬（ひんそう）の礼」に出席するよう、宮中からお召しがあったのだ。「殯葬の礼」は、御遺体を葬る前に、一定期間安置し、その前で別れを惜しみ哀悼する、いわゆる「もがり」の儀式である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　参内すると、白い布ですっかり覆われた広い一室に通された。陛下のご遺体は、この奥に安置されているらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私のほかに一組の老夫婦が席についていた。間もなく背の高い皇族のご夫妻が、姿勢正しく正面の椅子（いす）に着座され拝礼された。すると、静かに灯（あか）りがすべて消された。部屋は漆黒の闇となった。死者を悼む「もがり」の儀礼はこうして始まった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それから約一時間、私は闇の中で昭和天皇を偲（しの）んだ。激動の時代、昭和の風景には、いつも陛下の姿がましました。写真で見ただけの風景だったが、次々に走馬灯のようにお姿が目に浮かんだ。戦時下の苦難の日々、終戦の御詔勅、戦後の貧困と希望、そして苦痛に満ちた復興と繁栄、みんな昭和天皇の御世に経験したことだった。陛下は、私たちのために恥を忍んで、ＧＨＱのマッカーサー元帥を訪ねられた。復興途上の地方にも、くまなく行幸になられた。戦争中のみ心は、いかばかりであったか。思い出すと涙が頬（ほお）を伝った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そのとき心に思った。私は紛れもなく「昭和の子」なのだ。昭和の感性を持ち、昭和の道徳的規範を信じ、揺るがぬ昭和の生き方を貫いているのだと。もちろんそれは、陛下を苦しめた帝国主義ではない。そう心に確かめたとき、灯りが音もなく点（つ）いた。私は深い感動を胸に、静かに座を立ち帰路についた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私たち「昭和の子」は、昭和という定点から世界を観測する。私たちがこの時代に苦しみながら初めて獲得した、自由、平等、平和、人権などを護（まも）って行かなければならないと、強く思った。それを危うくするきな臭い動きが今噴き出しているのだから。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/inslatada/2436205.html</link>
			<pubDate>Fri, 15 Feb 2008 19:55:59 +0900</pubDate>
			<category>その他文化活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>沖縄残月記</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fa-26/inslatada/folder/386305/86/2342486/img_0?1202894816&quot; width=&quot;474&quot;&gt;&lt;br /&gt;
「沖縄残月記」は、沖縄戦の悲劇を描いた多田先生の新作能です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上の写真は昨年、東大鉄門講堂にて行われた第1回INSLA講演会にて、沖縄残月記一部を囃子付きで謡を披露した際の様子です。&lt;br /&gt;
シテ：（観世流）清水 寛二、&lt;br /&gt;
ワキ：（下掛宝生流）安田 登、&lt;br /&gt;
大鼓：（大倉流大鼓方）大倉 正之助&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沖縄残月記」は、太平洋戦争集結直前に起こった沖縄決戦を題材にした新作能です。戦争自体、科学の発展にともなって、如何に多くの人間を殺傷するのかを追求するため、悲惨な結果を生み出す科学の負の部分と言えるのではないでしょうか。多田先生は、これまでも原爆などを新作能の題材として、科学技術の影の部分を訴えてきました。&lt;br /&gt;
「沖縄残月記」もその延長上にあるものとして、綿密な調査から数年をかけて書き上げたものです。通常、能は通常、静の中で演じられる演劇であることから、戦争の激しさを伝える題材は表現が難しいのでしょうが、「沖縄残月記」では､大鼓を使って銃撃戦の様子が迫力ある形で再現されており、演出も非常に工夫されている事に感銘させられました。静の中で鳴り渡る鼓の響きによって、日本で唯一の地上戦の戦火の激しさ、そして悲惨さが、良く伝わってきました。未だ、来年の本公演の日程は決まっていないようですが、謡だけでなく舞が加わった「沖縄残月記」を拝見する日に心躍ります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本年中にもに沖縄の平和記念館などで上演できる事を希望していますが、まだ実際に上演の主催等まったく決まっていません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在　シテ方の清水寛二氏が沖縄へ行って、沖縄の能を支援してくださる方々にご挨拶に回っておられるとのメールを頂きました。&lt;br /&gt;
戻ってこられましたら、ご報告を載せたいと存じます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こちらもINSLAの活動の一つでありますので、ご興味がある方がおりましたら、是非ともご連絡下さい。是非とも、上演を実現させたいと存じます。&lt;br /&gt;
忘れ去られていこうとしている、でも忘れ去られるべきでは無い過去の惨劇。今でも沖縄の人達は、基地問題に直面しているのです。　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/inslatada/2342486.html</link>
			<pubDate>Wed, 13 Feb 2008 18:26:56 +0900</pubDate>
			<category>社会教育</category>
		</item>
		</channel>
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