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「日本の面白い」をクイズ形式で紹介!トリビアニッポン!

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◆ヒント◆戦国最強の一人といわれる上杉謙信は酒が好きで、大酒をつまみ無しで塩を舐めて飲んでいた。最後は夜、寒いかわやへ行き脳卒中で亡くなったそうである。大酒をすると失敗するという例だが、さて、黒田官兵衛は豊臣秀吉に仕えていた大軍師。幾多の戦いをその智謀で乗り切っていった。そんな彼が節度のない大酒をするだろうか?





◆答え◆黒田官兵衛は、黒田如水ともいわれ、関ヶ原合戦後は、徳川家に恐れられて九州に転封された。そんなある時、関ヶ原でかつて味方同士だった安芸の福島正則が宴会を開き、黒田家を招待した。これに黒田家からは家臣、母里太兵衛という者が出席。この太兵衛、宴会で立て続けて八合(1.44リットル)ほど飲んだ。まさに大酒飲みであり、その飲みっぷりを見て福島正則は感動した。正則も赤子の時に虎の子を押さえつけたなどの逸話がある豪胆な猛将なのである。彼は太兵衛に追加で七合(1.26リットル)の杯を渡し、「これを一気に飲み干してみよ。できたら何でも好きな刀を与えるぞ」といった。太兵衛はこれを聞き、一気に七合飲み干してしまった。つまり、合計2.7リットル飲んだ計算になる。そして正則が秀吉から授かったという「名槍日本号」をぱっともぎ取った。これにはさすがの正則もビックリして、「他にせよ。それは別じゃ」というが、酔った太兵衛は、「武士に二言はないはず」といい負かし、日本号をかついで帰ってまう。正解は×。大酒を飲み槍を得たのは黒田官兵衛ではなく、その部下の太兵衛である。ただ、太兵衛は官兵衛から「会にいっても禁酒せよ」といわれていたので後で大目玉をくらい、槍は官兵衛に取り上げられたという。ちなみに「酒は飲め飲め、飲むならば〜♪」でお馴染みの黒田節は、このエピソードを歌ったものである。

◆アクセス◆写真は福岡市美術館。黒田藩に伝わる武具を始め、九州出身作家の作品、すぐれた近現代美術が充実している。地下鉄大濠公園駅から徒歩約10分。

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