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◆ヒント◆当時、馬揃えというものがあった。馬揃えとは、近く行なわれる戦前に、馬を一堂に集めてその検分をするというものだった。立派な武将姿を馬と共にアピールするのだが、お金がかかった。一豊は当時、わずか400石で、家来が多かったのでお金が無かったのだが…。
◆答え◆1581年(天正九年)、山内一豊と妻、千代のエピソードで、最も有名な話。浅井・朝倉攻めが近いとされた当時、一豊はわずか400石、家来もいたのでお金が無く、老いたやせ馬にしか乗ることが出来なかった。これでは戦前の馬揃えで恥をかく、そう思っていた。そんなある時、浅井・朝倉攻めが近いとの噂を聞き入れ、馬売りが安土城下に名馬を売りにやって来た。毛艶、体格、完璧なこの馬を見て家中の誰もが欲しがった。しかし、その値は十両だったので誰も手が出せない。一豊ももちろん、とてもそんなお金は無い。そこで、あきらめていた一豊だが、その夜、妻の千代に何とはなしに素晴らしい馬がいたことをつい話した。すると千代は、「武将の皆が認め、惚れるような名馬なら、手に入れれば、注目の的になります」といい、嫁入りの際にここぞという大事まで備えよと、親からわたされていたお金をわたした。どんなに苦しくても千代は取り崩さなかったそのお金で一豊に馬を買わせたのである。そして、馬揃えの日、各武将が立派な身支度して参列する中、見劣りするどころかいっそう際立つ一豊の姿があった。これが信長の目に留まり、「見事な馬じゃ。どこで手に入れた?」と聞かれると、一豊は正直に「妻に買って貰った」と答えた。結果、この馬揃えのおかげで、主君信長の覚えも目出たくなり、出世の糸口になった。「馬揃えで、皆が注目するような名馬を買えば、信長様にも一豊の名が聞こえるはず。それならば、この十両で馬を買うのも安いものになる」千代はそう判断したのである。高知城前には妻、千代と、彼女が買った名馬の像がある。
◆アクセス◆四国、高知城。JR高知駅よりバス「公園通り」。電車「高知城前」下車5分。
天守閣、追手門以下15棟の建造物が国の重要文化財に指定されている。高知城の象徴である天守閣は高さ18.5mの3層6階、屋根入母屋造り本瓦葺き。山内一豊によって1603年に築城されたが、1727年の大火で消失。現在の天守閣は1748年に再建されたものである。
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