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明日12月8日。
ハワイは12月7日? 72年前。 毎年記事に出してるので、 今年は日付のみ。 気が変わり…ちょっと追加を。
今日は二十四節気の「大雪」の入りの日。
「大雪…おおゆき、じゃなくて、たいせつ」
雪いよいよ降り重ねる折からなれば也
冬が本格的に迫ってきましたね。
今日、田んぼに出ていると、風の冷たさが一段と厳しく感じました。
空に浮かぶ雲は北風に押されて足早に通り過ぎ、
時折り顔を覗かす太陽が心地良く感じましたね。
今年の秋は本当に短く感じました。
つい一か月前…先月の上旬までは、どうかするとTシャツだけでも過ごせたのに、
紅葉がそろそろ始まったかな?と思ったら、
朝晩の冷え込みが始まり…それでも日中はまだ暖かく、
あっという間に…気がつくと12月…
朝、お陽さまが昇る山がずいぶんと南側に移り、
今まで、家の前からでは雑木林で見えなくて、道を少し歩かないと見えなかったのに、
この頃は家の前の畑からでも充分に見えます。
ただ…寒いので、なかなか外へは出られないなぁ…
もう2週間もすると、「冬至」です。
旧暦で言うと、今日の「大雪」の入りから「冬至」を過ぎて、
年明けの「小寒」の入りの日までが「霜月・しもつき」…11月に当たるわけで、
まさに「霜の月」ですね。
なんとなく、寂しい気持ちになる週末です。
こんな週末は仕事でもしていないと、気が紛れない。
と言っても、春も夏も秋も…週末も平日も関係ないけどねぇ…
そんなことを思いながら…今日はトラクターに乗ってましたよ…
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歴史認識
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本日11月23日は「新嘗祭(にいなめさい)」
起源はと言いますと…
これはまあ、神話の世界になるわけですが…
天照大神が、孫の邇邇芸命(ニニギノミコト)を、
この葦原の中つ国(日本)に向かわせる際に一掴みぼ稲穂を持たせて、
これで、この国の民が潤うようにしなさい。
と言って、この国に米作をもたらしました。
その天照大神への感謝を込めて、天皇が行う皇室行事の中で
最も重要な祭事で、これは飛鳥時代から続いています。
去年の記事でも書きましたが、
現在は「勤労感謝の日」と呼ばれてますが、
これは、働く人への感謝ではなく、
働くことができる…お米や野菜を作ったり、魚を捕ったり…
することができることへの感謝の意味です。
宮中では、今年穫れた作物(五穀)を
天照大神に捧げ、その年の収穫に感謝する祭事が行われます。
そして全国の神社でも
その年に穫れたものを神様に捧げ、感謝するとともにお祝いをしてきました。
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ほんの短い記事ですが…
みなさん…
「LOVE」 と 「LIKE」 の違いってわかります??
「LOVE」は
異質なものを追及し、
「LIKE」は
同質性を追及する。
という、論理があるらしいです…
好き
というのは、同好会という言葉もあるように、
あるひとつの興味や趣味を
共有する心理があるからこそ、
成り立つ人間関係…でしょうね。
愛する
というのは、自分には持っていないものを
互いの相手の中に見い出し、
互いに、それを求める心理が働き、
互いに努力して、
互いに与えることで成り立つ人間関係…
と、書いてしまえば…なんか機械的な表現になってしまうけど、
実際はもっと、複雑…
だからこそ、男と女は求めあうんでしょうね…
柄にもないことを書きましたが…
これは…現在の複雑な日韓関係にも言えることで、
日本と韓国は何千年もの昔から、
互いに影響しあってきた隣国ではあるが、
海を隔てていることで、決して同質の国ではない。
異質の国どうしなのに、それに気づかずに同質を求めるのは…
無理がありますよね…
なら、異質性を求めるのか…
と言えば、そんなことは絶対にないでしょう??…
日本と韓国は、同好会員にも恋人にもなれないってことを
早く気付いて…
お隣さんでいるのが一番無難なのかな??
という、お話でした。
では、みなさん、今日もお疲れさまでした!
おやすみなさい!
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伊豆大島にまた、台風がやって来そうな…
先週の台風26号の襲来において、東京都は大島町に16日夕刻
土砂災害警戒情報が発令した旨をファックスで伝えたにも係わらず、
大島町・町長以下、役場職員は既に帰宅待機状態で役場には誰もおらず、
ファックス送信の午後6時から翌日の午前0時過ぎまで…
あの土石流が発生した3時間前まで放置されていた。
しかも、そのファックス内容を知った役場幹部は町長に連絡もせず、
町長がそれを知ったのは、災害発生後のこと。
ま、私がこの災害…人災にも匹敵するこの事態を、ここでどうこう言っても
みなさんのほうがよく知っておられると思いますので、これ以上は言いません。
ただ、伊豆大島ですぐに思い出すのが…
中曽根首相時代の、後藤田正晴官房長官のことです。
今から27年前、1986年11月21日に伊豆大島・三原山が大噴火を起こしました。
溶岩流が大島町の中心部に向かって流れてきたのです。
霞が関は、鈍感だった…
国土庁は何をしていた?…
19ある省庁の幹部を招集して会議?…えっ??
…「災害対策本部の名称」をどうするかぁ???
…臨時閣議を招集するか、持ち回り閣議にするかぁ???
霞が関の官僚よ、お前ら全員死ね!!
官僚には何もできないことを知っていた後藤田氏はすでに行動に出ていた。
大島周辺で活動可能な、しかも短時間で大島に到着できる艦艇を調べさせた。
海上自衛隊の護衛艦、海上保安庁の巡視船、さらには民間のフェリーまで…
活動可能な船舶に指示を出し、わずか3時間で約40隻が大島に集結。
大島島民、観光客ら13000人を島から脱出させた。
島民避難命令が出てから、6時間後には島には誰も残っていなかった!
その間…国土庁の幹部会議はまだ続いていた…
どんな名前がいいでしょうか?
西暦でいきましょうか、元号でいきましょうか?
もう、後藤田さんのような政治家は現れないだろうな…
もし、もしもの話はしてはいけないが…
もし、東日本大震災の時…後藤田官房長官や佐々淳行内閣安全保障室長がいたら…
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上の文章は、「教育に関する勅語」といいまして、
戦前の小学校の修身の教科書の冒頭に掲げられています。
私、これまでも何度か記事にもしてきましたが、
今だになぜか、戦前の日本は悪の権化のような国だったと信じ切っている日本人がいるようですね…
その日本人の祖父母にあたる方々は、この教育勅語をそらんじることができる。
なぜ、この教育勅語が廃止になったのか…
日本が、あの大東亜戦争に敗北し、GHQの管轄下に置かれた時代、
連合国は、この教育勅語を廃止するつもりは毛頭なかったのです。
もう一度、上の文章を見てください。
最後の日付…明治23年10月30日です。
この頃はまだ…日清戦争すら始まってない、日本がまだ欧米列強に脅かされていた時代…
そんな時代に発布された、
日本の子供たちを教え育てていくための、道徳教育の柱なんです。
そこには、どこをどう探しても…軍国とも戦争ともつながるような文言はありません。
教育勅語は世界各国語に翻訳されて、海外でも読まれ、
非難どころか、賞賛されていました。
この柱は、日本の国民が日本の国民としてどう生きていくべきか、を述べています。
ただ、その根底には、人間が人間としてどう生きていくべきか…
その根幹になるべきものが流れています。
簡単に言うと…
聖徳太子の、十七条の憲法…その冒頭にある、
「一に曰く、和(やわらぎ)を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ。」
(何事においても和をなによりも大切なものとし、争いやいさかいを起こさないことを根本としなさい)
これがすべてなんです。
それがわからない日本人は…日本人ではない。
では…今日もお疲れさまでした。
台風の影響が最小限で済みますように…
おやすみなさい。
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