心の絵日記ぃ〜

ひねもす のたりくらりぃ〜〜

少年野球

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太田幸司 ケータイ投稿記事

今年の甲子園

太田幸司さんの息子さんが選手として出場してる!

太田幸司。
五十代以上の方には、今も記憶に強く残る
あの伝説の松山商業対三沢の決勝戦。
延長18回引き分け再試合の死闘。

プリンスと言われた、太田幸司。
あのダルビッシュでさえ遥かに及ばないほどの熱狂だった。

プロ選手としての成績はさほどではなかったが、
日本プロ野球界へもたらした活力は
時代のエポックメイキングになった。

私もリアルタイムで、あの決勝戦はテレビ観戦して、身震いした。
 


 
本日、8月11日。
太田選手の京都・福知山成美高校は、沖縄尚学高校に惜しくも7−8で敗退しましたね…
 
 
 
 
 

硬球、痛い?

 
 
 
毎日、暑いです…
 
 
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今も田んぼに水入れてます。
 
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カエルさんです。
 
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昨日、三男が部活の野球の守備練習中に、ボールを目に当てて…
 
フライを捕ろうとして、太陽が目に入ったらしいです
 
帰ってきたら、お岩さんになってて…
 
 
今日は、今月初めの授業参観の振り替え休日だったんで
 
朝から、整形外科と眼科に行って来て…
 
特に異常はなかったみたい…
 
 
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昨晩の会話
 
 
          長女  “ ボールの動きをしっかりと目で追わなアカンよぉ!
 
                         変な体制で捕ろうとしてたんとちゃうのぉ?? ”
 
          三男  “ ちゃんと見てたって! ただ…ボールが一瞬見えんようになって… ”
 
          長女  “ フライの時は、太陽をグローブで隠さなアカンよぉ… ”
 
          三男  “ 隠したつもりやったんやけど… ”
 
          私   “ 早い話が、ボール見てなかったんや… ”
 
          母   “ はい、お父さんのトドメの一言でした!! ”
 
 
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今日、病院から帰ってきて…
 
          母  “ 目が痛なったり、おかしな症状出てきたら、すぐにおいでって!! ”
 
 
          私  “ それ、難しいで…
 
                 あいつ、生まれつき理解不能な言動ばっかりしとるやんか… ”
 
          母  “ キャハハ!! 自由人やもんなぁ〜   ”
 
 
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さ、田んぼ、見て来よ!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あっ、オジャマタクシ♪
 
ジャバ、ジャバッ!!
 
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・・・

 
 
仏教はお釈迦様に始まり…お釈迦様はインドですよね。
 
インドから中国に、達磨さんが伝えた。
 
そして、日本にも伝わり、
 
いろんな宗派に分かれ、それぞれに開祖の大師さまがおり…
 
その最後に私もいます。
 
 
人というのは…
 
今日も子供たちがたくさん来てくれてましたが…
 
赤ちゃんの目を見てください、真っ黒な目をしてますよね。
 
綺麗に、透き通った目をしてますよね。
 
全然汚れた目をしてませんよね。
 
 
でも、大きくなるにつれ、
 
いろんなことを聞いたり、覚えたり、いろんなことを考えたりして…
 
歳をとるにつれ、頭の中も目も垢が溜まってくるんですね。
 
 
私は今、お釈迦様に代わり、その垢を払いのけて、お釈迦様の下へ送りました。
 
 
その式を、今したんですね。
 
それがお葬式なんです。
 
 
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今日、お葬式に行ってきました。
 
 
私の子供たち…長男、次男、三男が6年間にわたり、
 
少年野球でお世話になったコーチの方が亡くなりました。
 
65歳という若さで…
 
 
 
長女もこのコーチの方に可愛がってもらい、
 
昨夜の通夜には…
 
私はジイちゃんがいるので、行けなかったけど
 
お母さんと子供たち全員が弔問に参列しました。
 
 
 
今日の告別式でのご住職の法話を簡単にまとめて、載せました。
 
 
 
少年野球の子供たちもユニフォームで参列してました。
 
出棺の時、整列して
 
“ ありがとうございました!! ”
 
いつもの練習後のあいさつをしていましたね…
 
 
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合掌
 
 
 
 
 
 

甲子園 ケータイ投稿記事

今日も、さみかった〜
寒の戻り…は、まだ早いか(-.-;)


久々の野球ネタ

今年の春の甲子園。

うちの県からも出場するけど、
もしかしたら
うちの長男が小学生の時に
一緒に少年野球をしてた同級生が出るかも

まだ確認してないけど(^^;


もしそうなら、

二代続いて、同級生が甲子園に行くことになる。


あ〜、私の同級生も甲子園行ってるし、
…今もたまに会うけど。

もしかしたら、
下のツインズの同級生にも有望な子がいるし…


あぁ、うちの家族は甲子園とは全く縁はないけどね!

西本監督 逝去

 
 
  25日の夜でしたか、
 
  西本監督がお亡くなりになりました。
 
 
 
  今の30代以下の方は、知らないとは思いますが
 
  まだ、プロ野球のパシフィック・リーグに
 
  阪急ブレーブス、近鉄バファローズというチームがあった頃・・・
 
  1960年代から80年代の頃 ( 昭和40年代から60年までの頃 )
 
  それまで弱小チームだった、この2つのチームを常勝チームにつくり上げた名将です。
 
 
  私、野球記事は書きません。
 
  あッ、少年野球は何度か書きましたが・・・プロ野球の記事は一切書きません。
 
  多分、これが最初で最後かも知れません。
 
 
  と言いますのも、
 
  私は小学生の頃から、ず〜っと 「 近鉄バファローズ 」 のファンでした。
 
  すごく弱かったです。
 
  シーズン100敗を2〜3回記録したことがあったんじゃなかったかな?
 
  それでも、どこか地方の田舎くさいチームカラーが好きで、
 
 
  阪神とか巨人とかいった全国区チームのいるセントラル・リーグよりも
 
  阪急、西鉄、東映、毎日、南海といった、名前はビッグなんですが
 
  やっぱりローカルチームのイメージが濃いチームの集まっているパ・リーグが好きで、
 
  その中でも、この近鉄が条件抜きで好きでした。
 
 
  やっぱり私は、地方の田舎の小百姓のせがれなんで、
 
  都会の臭いのするチームは好きにはなれなかった。
 
  ・・・もっとも南海、阪急なんてのは、すごく洗練されたチームではあったんですがね・・・
 
 
  そんなことより
 
  その超弱小チームの近鉄に昭和49年、西本監督が来て、
 
  これで念願のリーグ優勝が!とすごく期待をしました。
 
 
  というのも、それまで西本監督は同じリーグの阪急の監督をしていて
 
  10年間で5度のリーグ優勝という戦績を残していたからです。
 
 
  同じリーグの違うチームの監督を辞任した人が、翌年に監督に就任するなんてことは
 
  普通は考えられません。
 
  それが西本監督のすごいことで、ただ単に監督をやりということではなく、
 
  野球が好きで、自分を育ててくれたリーグの繁栄を真っ先に考えていた人。
 
  西本さん自身も、選手時代は「毎日オリオンズ・・・現千葉ロッテマリーンズの前身」でしたから!
 
 
  しかも、近鉄監督就任会見の時、
 
  前チームの阪急と新チームの近鉄の社長が同席しての記者会見です!
 
  こんなの今ではあり得ないことです。
 
 
  で、近鉄時代の8年間で二度のリーグ優勝を遂げ、監督を引退しました。
 
  その後、近鉄は・・・常勝とまではいかなくても毎年優勝争いに顔を出し、
 
  何度か優勝をしましたが、日本一になることなくチームが消えてしまいました
 
  10年ほど前でしたか・・・
 
 
  今、その名残りは・・・「オリックス・バファローズ」というチームの名前に残ってますが
 
  それは「近鉄バファローズ」ではありません。
 
  しかも、オリックスの前身は「阪急ブレーブス」だった。
 
  
  それ以来、私はプロ野球になんの興味もありません。
 
 
  西本監督は
 
  「大毎オリオンズ」、「阪急ブレーブス」、「近鉄バファローズ」と三つのチームで監督をして
 
  そのどのチームでもリーグ優勝をしています。
 
  3つの違うチームで優勝した監督は西本監督と、三原監督だけです。
 
 
  三原監督も近鉄の監督をした時期がありました。
 
  その時すでに三原監督は、「巨人」、「西鉄」、「大洋」と三つのチームを優勝させていました。
 
  近鉄監督時代にも、もう少しで優勝というところまで行ったシーズンがあったんですが、
 
  その時に立ちはだかったのが、西本監督率いる「阪急」だったんです。
 
 
 
  川上が巨人の9連覇監督であっても、広岡や森が西武でいくら優勝しても、
 
  そのチームにはスーパースターがいました。
 
  でも、阪急や近鉄にはスーパースターはいなかった!!
 
 
  
  私、こんな帽子を持ってます
 
 
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  ’89・・・平成元年でしたか?
 
  これもまた名将と言われた、今は亡き仰木彬監督の下、リーグ優勝をし、
  
  日本シリーズで巨人相手に3連勝後に4連敗し、日本一を逃した年の
 
  幻の日本一の記念の帽子です。
 
  結局、日本一にはならなかったので、この帽子は販売されませんでした。
 
  じゃあ、なぜ持ってるの?・・・それは内緒です!
  
  ちゃんと、買ったんですよ!!
 
 
 
  近鉄最強時代を作り出した、仰木監督も、西本監督もいなくなって、
 
  私の近鉄(ファンとしての)の時代は完全に幕を下ろしました。
 
 
  いまここで、あらためて、ご冥福を祈ります。
 
 

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