無題
2001.9.1
2006/2/14(火) 午前 7:34
2001年9月1日 朝 その2
今も、立花隆は、異常にさめた目で、現在の日本や世界を見ているのだろうか。
氏の知性にとっては、今も、自分が何者で、いかなる時間の、いかなる場所にいるのかを追求する
ことが最大の関心事なのだろうか。氏の哲学書は、いつ書かれるのだろうか。
どうして、急に、立花隆のことを思ったのか、少し、自分の心を探ってみる。
特別な理由とか、何かがあって、(立花隆のことを)連想させられたわけではない。また、自然発生的に生じた思いでもない(つまり、過去に何度かは感じたことのある思いである)が、今、その結果が生じた原因は不明である。
バス停で、自分が思っていたことは、雑念は別にして、今日事務所でやるべき仕事のこと、こうして
ワープロに向かって書こうと考えたことである。その時に
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