|
遠い「キミの星」 月島衣音 「もしかして結婚したとしても、子供なんていらない…」 キミは小さな声で言った。 「あたしのような悲しい子、作りたくないから…」 高校最後の冬の終わり、キミを送って、いつものガード下まで来た時、キミは立ち止まって、消えそうな声でそう言った。 ガード下はひっきりなしに通る電車で騒がしく、そこを通る時は二人いつも無口だった。 あの時だけ、ほんの少しの時間だけ、電車の音が途切れたんだ。 薄暗いガード下の壁は、落書きがいっぱいだった。 ボクの指先をつまんで、立ち止まったキミは、その汚い壁によりかかって、さらに小さな声で言った。 「帰りたくない」 ボクは、キミをはさんだ両手を、汚れた壁につき、うつむくキミに額をくっつける。 目を上げて、キミは、ボクに口づけた。 キミの唇は柔らかだったけど、冬の風のように冷たかった。 それからキミは、壁いっぱいの落書きを見上げる。 「へたくそで、汚ないだけだ」 電車の騒がしさが戻って、ボクはキミの耳のそばで言う。 「こんなもの描いて何がうれしいんだろう」 「言いたいことが、きっと、いっぱいあるんだよ」 キミは少し笑って、弁護するように言ってから、ボクを振り返る。 「何か書くものある?」 ボクは自分の鞄を開けて黒のフェルトペンを出す。 「貸して」 キミは壁の空いているところをさがして、白い手でこすってから、相合傘の印を勢いよく描いた。 いたずらっ子のような目をボクに向け、それから、その傘の右に、 「地球人のケイ太」 って、ボクの名を書いた。 そして、左側に、 「遠い星のユリ」 と、書いた。 ボクが一度だけ、ほんとにキミは異星人じゃないかって思ったことがある。 二人で歩いていて、いきなり脇道から小さな女の子が飛び出して来た時だ。 ちょうど、車道をミニバイクの女の人がいきおいよく走って来るところだった。 キミが「あぶない!」って叫んだんだ。 ほんの一瞬だった。いつの間にかキミは、女の子を抱きかかえ、道の向こうにしゃがんでいた。 バイクは転んだけど、女の子は無事だった。 「遠い星のユリ」って字を見て、思い出した。 それからすぐのことだ。キミから、両親が離婚したと聞かされたのは、あのガード下でだった。 無理やり作った笑顔を浮かべて、キミは言った。 「もうすぐ、遠くへ行っちゃうんだ」 壁に二人の相合傘を見つけ、キミは続けた。 「知ってる? あたし、遠い星に帰っちゃうんだよ」 「なんだよ? その遠い星って」 「銀河系の、地球と反対っかわにある星」 「まじめな話、教えろよ。新しい住所…」 ぶっきらぼうに言うしかなかったんだ。「さよなら」の言葉が言えなかったんだ。二人とも。 あのガード下の壁は、今はもう、ない。 そして、キミも、今はもういない。 キミのお母さんからもらった電話で、ボクは知ったんだ。 キミが、大学に入った春、新しく移ったマンションから飛び降りたってこと。 だけど、ボクは信じている。 遠い「キミの星」に、キミは…… 帰っただけなんだ。 〈ion〉
|
全体表示
[ リスト ]





その通りでございます。傑作ポチ♥
2007/5/13(日) 午前 9:38 [ haru ]
せつなすぎる・・・。
2007/5/13(日) 午後 4:58 [ たかやん ]
こ、これは、かなしい、せつない、おはなしだなあ。
2007/5/13(日) 午後 8:06
決して手の届かない遠い星へ帰ったキミ。キミの気持ちとボクの気持ちを思うと胸が痛くなりました。泣いてもいいですか?
2007/5/13(日) 午後 11:27 [ 三日月 ]
初めまして^^履歴から遊びにきました。かなり昔の恋愛を思い出して「せつなく」なりました。キミは何を伝えたかったのか?そして今あたし自信も何を伝えなくてはいけないのかを考えさせられます。
2007/5/13(日) 午後 11:35
おもわず・・・涙がでました。
2007/5/13(日) 午後 11:44
☆HARUKAさん、傑作ポチありがとうございます。
2007/5/14(月) 午前 0:42
☆たかやんさんありがとうございます。今日はしんみり
2007/5/14(月) 午前 0:44
☆Muさん、いつもありがとうございます。
2007/5/14(月) 午前 0:47
☆mikazukipenginさんありがとうございます。泣いて、また、立ち上がって、明日からがんばって…
2007/5/14(月) 午前 0:50
☆ゆかさんありがとうございます。また、いつでも遊びに来てください。
2007/5/14(月) 午前 0:50
☆ほのかさん、涙のコメありがとうございます。
2007/5/14(月) 午前 0:51
かなしい〜
2007/5/16(水) 午前 1:11
これはほんとに凄いです!
2007/5/18(金) 午後 8:17 [ nekonikoisurukarasu ]