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「悲しいキス」 月島衣音 「キスして…」 そう言って目をつぶったキミのくちびるを、ボクは必死で吸った。 キミの体に巣くう病原菌をぜんぶ吸い尽くすつもりで…… ボクが、その英語塾に通いたいと一生懸命母親を説得したのは、そこにキミがいたからに他ならない。 苦手だった英語を少しでも強化したいと思っていたのも事実だ。 でも、高校受験を控えた夏、 友だちと体験入学した教室に、抜けるような白い肌の女の子を見つけ、ボクはその塾に入ると決めた。 キミは静かでおとなしく、ほとんどだれとも口をきかない女の子だった。 でも、ボクからキミに話しかけ、すぐにボクらは仲良くなった。 中一まで英語圏の国にいた帰国子女のキミが、英語ペラペラで、なぜ英語塾に来るのか不思議だった。 訊くと、受験用の英語は別物だからと言われ、親にムリヤリこの塾に放り込まれたと答えた。 キミも自転車で来ていて、帰る方向が同じことを理由に、帰り道いつもキミと並んで自転車を押して歩いた。 受験のことなど忘れる、最高に楽しいひとときだった。 ボクは、いろんな悩みもうち明け合って、すっかり恋人気分で、キミのことは何でも知ったつもりでいた。 だから、ある日突然キミが塾に姿を見せなくなった時、ボクは打ちのめされた気持ちになった。 何日も、何日もキミが来る日を待ち続け、ついにボクは耐えきれず、 キミの家まで行って初めて、キミが大きな病気のため、入院していると知った。 ずーっと、 勉強が手に着かない日が続き、英語塾も休みがちになっていたある日、キミは突然、塾に顔を出した。 久しぶりに見るキミはスッカリやつれ、ふっくらしていた頬もこけ、白い肌が一層抜けるような白さになっていた。 「元気そう…」 ムリしてそう言ったボクの言葉を、キミは嬉しそうに受け止め、小さく「コクリ」とうなずいた。 その日、以前のように自転車を押して二人並んで歩いて帰る途中だった。 キミは急に自転車を止め、建物の陰にボクを引っ張って行った。 心臓がはじけそうになっていたボクに、キミはいきなり言った。 「キスして…」 「え?!」 その時まで女の子と手さえ握ったことのなかったボクは、焦り戸惑い、気が動転し切っていた。 そのボクの手を握り、キミは目にいっぱいの涙を浮かべて言った。 「あたしの病気、治らないって言われてる。でもね、でも、人に染せば治るって…」 「人に染せば治る?」 キミの病気がどんなものか知らなかった。 「キスして! あたしの病気、キスしてだれかに染せば治るの」 ボクの首に手を回し、抱きついてきてキミは訊いた。 「あたしのこと、イヤ?」 「イヤじゃない」 ボクは必死で何度も首をヨコに振った。 キミの病気がなにか分からなかった。でも、キミが治るものなら、キミの病原菌を吸い取ってあげたかった。 それでボクがどうなろうとかまわない。 ボクは目を閉じて待つキミのくちびるに、夢中で吸い付いた。 無我夢中でキミを抱き、キミの病気をぜんぶボクの体の中に吸い尽くすつもりで、必死でキミの唇を吸った。 「ありがと…」 ずっとそうしていたかった。けれど、キミはそう言ってボクの腕を抜け出た。 キミの家の前まで送っていき、キミが玄関のドアの中に消えたあとも、ボクは手を振っていた。 そして…、 キミはもう二度と、英語塾に姿を見せることはなかった。 キミの病気がボクに染ることはなかった。あんなに一生懸命すくい取ってあげたのに。 キスすれば、ボクに染って、キミは治るハズだったのに。 ボクのキスは無意味だった。 あんなに必死に吸い取ってあげたのに…… キミがボクの知らない病気で亡くなったと、そのあとボクは、だれからともなく聞かされた。 〈ion〉
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青春の1ページを思い出します。だれでも心に閉まってある思い出がりますよね。大切な思い出が・・。
みのけん
2008/7/27(日) 午前 7:27
切なくて、美しい物語で、感動です。
男の子に気を遣って言ったのか、おまじないだったのか、でも男の子の事は、ホントに好きだったのね。それはホント。
2008/7/27(日) 午後 8:31
☆みのけんさんありがとうございます。青春のページは、淡くて切ない…
2008/7/28(月) 午前 2:56
☆pinonoinoriさんありがとうございます。「ホントに好きだった」って感想、グッときます。
2008/7/28(月) 午前 3:01