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「女房のヘソくり」 月島衣音 小春日和の穏やかな休日だった。 娘は朝から好きな男とデートに出かけている。 たった一人で、何もすることがなく、仕方なく朝からオレは、押入や棚の整理をしている。 あの日も、昼間はこんな小春日和の穏やかな日だった。 女房のサキ子が、あの日の夜、突然、交通事故で逝ってしまってから、もうすぐ一年が経とうとしている。 脱力感で打ちひしがれたオレが、ようやく最近、たち直りかけたのは、サキ子への責任感からか。 そんなオレが、 押入や棚の整理をしていて今朝、台所のクロゼットの引き出しの奥に見つけたのは……、 サキ子の「ヘソくり」だった。 使い古しの銀行の封筒にはいって、引き出しの奥底にそれはあった。 中を見るとさらにいくつもの袋があって、それぞれに、千円札、五千円札、一万円札が何枚か入っていた。 オレには過ぎた女房だった。 細かいことに良く気が付く、細やかな心遣いの女だった。 一人娘のミキが就職、ようやくこれから自分の時間が持てると、喜んでいた矢先だった。 突然、この世から去ることになるなんて、自分でも思ってもみなかっただろう。 そのサキ子が、イザという時のために、こっそり貯めていたお金が、今頃になって出てきた。 いつの間にか昼十二時を過ぎていた。 カップラーメンに湯を注いだだけの昼飯を用意し、サキ子がいつも座っていたダイニングのイスに腰掛けた。 テーブルの上に、引き出しの奥から取り出した封筒がある。 無造作に引っぱり出した中身と、それを入れていた、しわになった数枚の袋がいっしょに散らばっている。 札を集めて数えてみた。金額は大したことはなかったが、シワを伸ばした札から、 サキ子が、もしもの時のためにと、家計をやりくりしながら必死でヘソくったことがひしひし伝わってくる。 三分経って、割りばしでラーメンをすすりながら、ふと、その札をいれていた小袋を見ていて気が付いた。 それぞれの袋にサインペンで走り書きがしてある。 「ミキのいざという時のために」 「家の修繕のために」 「パパのパソコンのために」 「ストーブの買い換えのために」 「車が故障した時のために」 ラーメンをすする口から、思わず苦笑がもれた。 サキ子は、細やかな心遣いの女だった。見方を変えると貧乏性で、心配性の女だった。 「パパのパソコンのために」には、特に参った。 仕事のためとか言いながら、ほとんどゲームや趣味のために使っていたパソコンだ。 まだ、ネットらしいものもなく「パソコン通信」などと言われていた時代から始めて、もう何台も買い換えた。 壊れる都度、「年賀状が印刷できなくなる」と脅すと、どこからともなくお金が出てきた。 「パパのパソコンのために」 財源はここにあった。 封筒の走り書き一つ一つながめていて、だが、「ハッ」と気が付いた。 オレのラーメンをすする手が止まった。 袋は、サキ子の、自分のための袋がひとつもなかった。 サキ子のヘソくり袋は、どれも、家のため、家族のためばかりだった。 オレの両の目に、涙があふれてきて、止まらなくなっていた。 〈ion〉
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私の目にも涙があふれそうです。 ポチ♪
2008/11/21(金) 午後 0:38
お久々にお邪魔いたしました(*^_^*)
感情って、後で付いてくる場合もあるんですね。
内容とは異なりますが今の自分に置き換えて
なんだか、少し安心しました!
いいお話、ありがとうございました!ぽち♪
2008/11/21(金) 午後 7:53 [ - ]
☆TENさん、ポチありがとうございます。
2008/11/22(土) 午前 3:21
☆ウタさん、ポチありがとうございます。
2008/11/22(土) 午前 3:22