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「マリンスノー」 月島衣音 四年前、海難事故で遭難した船の残骸が、海底で見つかったと知らせを受けた。 ケイ介の兄が乗っていた船。 船と共に海に散った乗組員のうち、ケイ介の兄だけは、ついにその遺体が上がらなかった。 その船体が海底に横たわっているのを見つけたという知らせに、 ケイ介は、「ようやくこの時が来た」と喜んだ。 ケイ介がサルベージ会社に入社したのも、必死で潜水技術を磨いたのも、この時のため。 いつか必ず海に潜り、船内を探し、兄の遺骨を発見してこの手で弔ってやる。それが彼の積年の願いだった。 船が見つかったという知らせを受けた数日後、 ケイ介は、仲間の助けを借りて、沈没していると聞いたそのポイントに潜った。 船は、水中ライトを当てると無数のマリンスノーが目につく深い海底に、横たわっていた。 嵐の夜、横波を受けて転覆し、そのまま沈んだという船は、一見、大きな損傷は見られない。 ケイ介は、ウェットスーツに重装備のダブルタンクを背負って、破れた窓から船室に入って行った。 傾いて長く海底に沈んでいた船の船内は、見た目以上に朽ちていた。 ケイ介に、船内で兄の遺体を探し出すことができるのか、当てがあったわけではない。 遺骨の形であるのか、あるいは本当に船内に残っているのかすら、見当もつかない。 ただ、淡い期待だけを胸に、彼は、さほど広くはない船室を当てもなく巡っていた。 光の届かない船内で水中ライトを照らすと、塵をかぶった遺品類から沈没時の内部の混乱が見て取れる。 ケイ介が船内のそれら一つ一つ手に取って、兄の形見になるものはないか調べていた時だ。 ダイビングマスクの縁に「スッ」と何かの影が動くのを感じた。 傾いた船室の入口の方角。 深い海底ゆえ、船内をすみかにしている魚の姿などはない。 「ギョッ」としてケイ介は、振り向いて、そちらに水中ライトの光を当てた。 淡い光の輪の中、そこに、ボンヤリ白く浮かんだのは、自分以外の人間の姿だった。 「兄キ!」 水中ライトの光に照らされ、立ってこちらを見ているのは、忘れもしない兄の顔。 不思議なことに、兄は、水中というのにアクアラングも付けず、素顔のままの姿でそこにいる。 「兄キ!」 「ゴボゴボッ」と吐き出す気泡と一緒にマスクの中でケイ介は、もう一度叫んだ。 兄は弟を見て微笑んで、ゆっくり深々と頭を下げた。 ケイ介が水中を掻いて兄に泳ぎ寄ろうとした時、 だが、兄の姿はマリンスノーの陽炎のように「スゥーッ」と消えてなくなった。 あとは、どんなに呼んでも、叫んでも、二度とその姿を見ることはなかった。 結局、船内にも、船外の海底にも、どこにも、兄らしき人の骨を見つけることはできなかった。 ケイ介は信じている。あれは夢でも幻でもない。兄はたしかに現れた。 兄は、四年の年月を経て、自分を捜しに来てくれた弟に礼を言いたくて姿を見せた。 兄が頭を下げたあの時、ケイ介には、その口が「ア・リ・ガ・ト・ウ」と言っているのが見てとれた。 〈ion〉
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礼だけ言って、それ以上言わないのが 兄貴 よ!
感動の ポチ。
2009/2/11(水) 午後 3:22 [ ang*a*ugen ]
うるうるっ。傑作ぽち。
2009/2/11(水) 午後 8:40
☆angyamugenさん[ポチ]ありがとうございます。
2009/2/12(木) 午前 0:56
☆KOKOさん[ポチ]ありがとうございます。
2009/2/12(木) 午前 0:56