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2010年01月31日
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「紫の髪の女」 月島衣音 一人暮らしのボクのアパートの部屋。 朝日の当たる窓辺に、小さな鉢に生けたスミレが咲いていた。 ボクの部屋の前の、側溝の縁に咲いていた花。 人に踏まれそうになっているのを見て、植木鉢に生け替えたスミレだ。 最初、その鉢は玄関前の日の当たるコンクリート防護柵の上に置いていた。 その朝、鉢に水をやっていた時、アパート前の道で物音がした。 道路に出てみると、そこに紫の髪の若い女が倒れていた。 「どうされたんですか?」 「すみません。急に苦しくなって…」 女はつらそうな顔を上げ、ボクの差し出した手につかまった。 救急車を呼びましょうか、と訊くが、少し休ませてもらえば良くなるからと言うので、部屋に招き入れた。 熱い紅茶を飲ませ、ソファーに横にならせ、ボクはバイトに出た。 夕刻になって戻ると、女はまだ部屋にいた。 快復したのか、「お礼に夕食を作らせて」と言う。 「あたし、行くところがないんです…」 冷蔵庫のあり合わせの材料で夕食を作る間に、彼女はそう言った。 「夕食一緒に食べて、そのままここにいてもいい」 ボクはボクで、女をこのまま去らせたくなかった。 彼女はその夜、ボクのベッドで寝た。 ボクはキッチンの板の間に座布団を敷き、毛布をかぶって寝た。 朝起きると、「朝ご飯ができてますよ」と、微笑みかける彼女がいた。 小さなキッチンの窓辺は、朝の日射しで明るい。 彼女は外の防護柵にあったスミレの鉢を持ってきて、キッチンの窓辺に置いた。 質素で可憐な紫の花を咲かせるスミレ。 ひ弱そうで、今にもしおれそうな彼女はその花に良く似ていた。 紫の髪のけなげな彼女を、ボクはそのスミレの花の精と思った。 ずっとこのまま、いてほしかった。 朝、彼女の作ってくれた朝食を食べ、バイトに出て、夕方戻ると夕食を作って待ってくれている。 夢のような毎日が、それからしばらく続いた。 だが、スミレの花は長く咲いていてはくれない。 朝、バイトに出るボクをやさしく送り出してくれた彼女は、その日、 仕事が長引いて、夜遅くに帰ったボクを、出迎えてはくれなかった。 キッチンの窓辺のスミレは、しおれた紫の花びらを鉢の土に落としていた。 まるで、スミレの花のように、彼女もボクの前から姿を消した。 〈ion〉
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