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「重力ピエロ」 伊坂 幸太郎 新潮文庫 久しぶりに本屋で「伊坂幸太郎」を手に取った。 やっぱ、伊坂幸太郎は、面白いし、楽しい。内容は「レイプ事件」が核になっていたりして、それが「楽しい」わけはないが、頭の先からシッポの先まで、「DNA」の二重螺旋が絡まり、何から何まで、徹底して事象を「DNA」に結びつけてしまっていることが面白いし、「楽しい」。 連続放火事件が起きる。併せて連続落書き事件が起こる。この二つが「DNA」の二重螺旋のように呼応している「らしい」。落書き消しを仕事にしている弟に引っ張り込まれて、連続放火事件のミステリーに挑む私。 弟には暗い過去がある。というより、私の一家に覆い被さる「DNA」の呪縛。 私の勤め先はDNAの検査会社。 とにかく、この作家は、とことんこだわる。「DNA」の二重螺旋にこだわる。こういうところが実に楽しくって、興味をゼッタイ外さない。 ミステリーの中身は、言ってしまったらおしまいだけど、あ、そうだったんか! って納得させられることは確か。そうひねくっているわけじゃないから、ジックリ登場人物を検討していけば途中でも真相は分かるかも。 ただ、この小説の面白さは、犯人探しにあるわけじゃない。やっぱ、根っこの先から枝の先っちょまで、ねじくり絡まっている「DNA」の二重螺旋のこだわりにある。 標題の「重力ピエロ」の意味はすごく重要だ。サーカスのピエロには地球の重力なんて関係ないんだ。なにげなく出てくるこんなセリフが、実は、表紙の帯にある「ルールは越えられる。世界だって変えられる」っていう、この本の重要なテーゼになっているのだ。 ストーリーと直接関係ないかも知れないけど、伊坂幸太郎の「楽しさ」は、外にも、ふんだんに出てくる言葉の遊びにある。「春」のあとについてくる「夏子さん」とか、「エンジン、円陣、猿人」とか。 ストーリーそのものも、「春が二階から落ちてきた」で始まり、「春が二階から落ちてきた」で終わるなんて、普通どの作家もやらないよね。ユニ〜〜〜〜〜〜ク♪ 〈ion〉
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面白かった小説…勝手書評
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ionが読んで良かったと思う作品を勝手に書評♪
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「死ぬ気で追い越せ!」 面白photo(5) 前を走るコンテナトラック。追い越そうかなって思って、「グッ」と近づくと!? 「死ぬ気で追い越せ!」 す、すいませんです、ご遠慮させてもらいます〜っ!! よく見ると三菱のマークもさかさま! ナンバーの数字も不気味! ひえ〜〜〜〜っ! ブレーキ踏んで、おとなしく後をついていきました。 〈ion〉
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「ビール?!」 面白photo(4) 5,6日前のこと、 夕方、車で帰宅する途中、夕日の沈んだ西の空を見ると、 「ビ、ビ、ビール?!?!?!!」 思わず、デジカメ取り出してパシャリ!(いつも鞄に携帯してます) 早く帰って、冷たくひえたビールを「プハ〜〜〜〜〜〜ッ!」と、やりたくなった。 〈ion〉 画像はコントラストを強めるため(あと、リサイズ)、ちょこっといじってます。でも、ほとんど見たままです。 〈ion〉
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「疾走」上下 重松 清 角川文庫 ヘビーですねぇ、重いですねぇ、暗いですねぇ。 二冊目で、いきなり「重松 清」のはらわたに届いちゃったって感じ。 このあと、何を読めばいいんだってくらい、重厚な「重松 清」の真髄に至っちゃったってとこでしょうか。 文庫本の表紙を見たところで気が付けば良かったんだけど、ほんとは、そういうとこって、徐々に届いて行きたかった…。ま、でも、読んでしまったものはしょうがない。 ご覧の通り、表紙のイラスト、これがスゴイ。キモイ、コワイ、ビビる。 聖書の言葉がふんだんに出てくる。それも、旧約聖書の方。ヨブ記とか、伝道の書とか。 海沿いの埋め立て地の小さな町に、小さな教会が建つ。 少年と、もう一人、エリという、両親の自殺で、「ひとり」になってしまった少女しか、人のこない、この教会の神父─「ひとごろし」の弟を持つ、暗い暗い過去を持つ神父から、聖書をもらう。 少年は、その聖書の言葉を読み続け、「ひとごろし」から「穴ぼこの目」を受け継いだ。 ─ これが表紙のイラストの意味だって、上巻の最後の方で分かってくる ─ そのシーンは、読んでいて背筋が寒くなるくらいゾーッとくる。 作家って、自分の立ち位置ってのを決めて置かないといけないのだろうか? だったら、まったくと言っていいほど、立ち位置の決められない自分は、ミッションを負って人にモノを語るような、エバンジェリストには、ぜったいなれない。 そんな、知識も、信念も、そして、勇気も持ち合わせていない。ただ、ただ、逃げ腰で「こんなん、ありました」って他人の作品を紹介するしかない。 下巻では、どんどんどんどん、破滅の泥沼にはまり込んでいく少年。十五才になったばかりの少年が負うには重すぎる「ひとり」の人生。 だれかと、つながりたくて、ふたりの「ひとり」でもいい、だれかと一緒にいたくて、更に重い荷を背負ってしまう。 ラストは悲しい。むちゃくちゃ悲しい。壮絶な悲しさ。あまりの悲しさに涙が止まりません。 でも、一輪のヒマワリが、未来に光を与えてくれる。悲しい涙は、そこで、感動の涙に変わります。 〈ion〉
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「流星ワゴン」 重松 清 講談社 本屋に行って、いつも気になる作家がいた。「重松 清」だ。 すごくイイ話を書いていそう。だけど、名前がヤボったい。名前からは、決してスマートな作家をイメージできない(すいません、ごめんなさい)。 「流星ワゴン」を読んで、やっぱ、そんな勝手な先入観、持っちゃいけないってのが良〜く分かった。 家庭が崩壊している「僕」がいる。自分はリストラ、妻は浮気、息子は家庭内暴力。 「もう、死にたい」そう思った「僕」の前に止まったワインカラーのオデッセイ。 オデッセイにはすでに死んでしまった橋本さん親子が乗っていた。橋本さんの運転するオデッセイは、「僕」の人生の大事な分岐点に連れて行ってくれる。あの時には気が付かなかった、過去の重要な選択の時。 「僕」は人生をやり直し、少しでも崩壊を止められるのか。 今は危篤の親父が「チュウさん」となって出てくる。「僕」を裏切る妻の「美代子」がいる。「僕」が、父親らしいことをしてやれずに、家庭内暴力に走るであろう息子の「広樹」がいる。 時間の戻ったこの分岐点からやり直せば、ここで、少しでも「美代子」を理解し、「広樹」の気持ちを理解してやれば、将来は変わるのかも。 けれども、現実はそんなに都合良くない。最後にオデッセイを降りた時、すでに崩壊してしまっている元の現実に戻ってくる。 暗い。切ない。やりきれない。だが、「流星ワゴン」に乗って、過去を旅した経験は「僕」に残っている。 だから、これ以上の崩壊は止められる。崩れたかけらを拾い集めれば、かき集めれば、あきらめなければ、今以上の崩壊は止められる。 暗くて、切なくて、やりきれない。こんな人生を味わいたくない。自分の人生に、つい当てはめてしまう。もちろん、自分の人生とは全く違う。職を失ってはいない、妻は浮気などできる女じゃない、息子─自分の場合は娘だけど、のんびりるんるんやっている。なのに、この話が不思議と良く分かる。 なぜ、良く分かるのだろう? 文体もひねくったところがなくて、読みやすいし、分かりやすい。でも、それが理由じゃないはず。たぶん、それは、特別に家庭崩壊などという憂き目に合っている男を描いていながら、実は、すごく、身近な、誰にもあり得る、日常を描いているからだと思う。 夫婦が心が離れるのは、決して大きな裏切り行為があるからじゃない。子供が親に敵対するのは、決してお受験に失敗し、いじめに遭い、それに親が気付いてやれないからじゃない。もっとささいな、日常のたった一言が、掛けてやれないから。 「暗くて、切なくて、やりきれない」と書いたが、実は、ほのぼのと、ほほえましく、心温まるシーンが、方々に散りばめられてもいる。なんと言っても、旅は、ユーレイ親子に導かれているんだから、愉快で、痛快で、面白くないはずがない。一時的と言えども、過去をやり直せるんだから、こんなファンタジックな話はない。 「重松 清」の作品を読むのは、これが初めて。でも、ほんとうに、本屋で手にして良かった。読んで良かった。実は、重松の作品を何度か手にしてみたことはあったけど、やっぱ、名前から受ける先入観で止めてしまっていた。でも、そんな先入観きれいサッパリ覆された。あの作品も、あの作品も、次はぜひ読みたい。 「流星ワゴン」に戻るけど、最後はやっぱり「感動」です。「僕」は再就職先の面接に挑む。「魔法を信じるかい?」、「僕」が、読者に問いかける。 駅に妻を迎えに行って、驚くその手を取って、 「僕は美代子の手を強く握った。一呼吸おいて力を抜く。滑り落ちかけた美代子の指は、つないだ手がはずれる寸前、そっと、僕の指先をつかんだ」 ジーンと目頭が熱くなる最後の、最後のシーンです。感動です。万感です。おすすめです。 〈ion〉
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