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「むかし僕が死んだ家」 東野圭吾 講談社文庫 不思議な話には違いない。小学校以前の記憶が全くない、昔、恋人だった女の過去を一緒に探るというお話。 彼女が昔、行ったことのある(気がする)、不思議な一軒の空き家を探る二日間が描かれる。 物語は非常にスタティック(静的)で、冒険や、ドラマチックなことはいっさい起こらない。その家に置かれた品々から、推測される事柄を綴り合わせていくうちに、徐々に秘密は解き明かされていく。だが、「あっ」というようなことが起こるわけではない。 解き明かされる謎も、微妙なものがある(少し設定にムリがある感じ)。「他人の秘密を暴いてどうする?」という気もする。チャッピーの正体も「やっぱな」と思っただけ。だが、面白くないかというとそうでもない。幼児虐待の問題提起もあって、そのことへの非難を通して、一人の少女にトラウマを作ってしまう、「内面のドラマ」を描くという、東野の意欲的で新しい作風を見せてもらった気はする。 …とまあ、いつになく、低調な書評になっちゃったけど、結構、不思議と引き込まれて読み入ってしまう、そんな作品には違いなかった。ありきたりのミステリーに飽き足りないユニークなミステリーを、という方にはお奨め。 〈ion〉
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面白かった小説…勝手書評
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ionが読んで良かったと思う作品を勝手に書評♪
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「時生」 東野圭吾 講談社文庫 「時生は死ぬんじゃない。新しい旅に出るんだ」 不治の病に冒され、最期を迎えている息子を前に、父と母はそう言って天を仰ぐ。そして、意識の戻らぬまま息を引き取ろうとしている息子に、父は叫ぶ。 「花やしきで待っている!」 「花やしき」…、父「拓実」は、二〇年も前に、そこで不思議な青年と出会った。 前途に希望を失い、自暴自棄になっていた自分を叱咤し、励まし、協力して、ヤクザ風の相手と命がけで渡り合い、危険な旅を共にしてくれた青年。 青年は未来から来たと言う。「俺はあんたの息子なんだよ」とも言う。 現在、過去、未来が交錯し、一人の若者が時を駆けて行く。東野作品に新たな境地を見せてくれたこのミステリー小説は、父と息子の絆、母と子の絆、友人、愛する人、あらゆる人と人の絆を教えてくれる「ヒューマンドラマ」でもある。 自分が今、ここに在るのは、時の流れの中で、誰彼から、愛され、護られ、教えられ、励まされてはじめて在るのだという、忘れてしまいそうな事実を、不思議な青年との旅のドラマの中で、押しつけず、決めつけず、説教じみず、空気みたいに自然に、悟らせてくれるのです。 二〇年くらい前の日本の事象を巧みに織り交ぜ、向かい合った現在と過去の合わせ鏡の間をすりぬけ、不可思議と、スリルと、感動と、冒険の「タイムトラベル」を、存分に味合わせてくれたこの作品。 絶品です。完璧です。鳥肌立ちます。お奨めです! 〈ion〉
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「どちらかが彼女を殺した」 東野圭吾 講談社文庫 これは、推理好きの読者に贈る、東野圭吾の挑戦状だ。 安普請のマンションに一人で暮らす妹「園子」が、警察官の兄「康正」に電話をしてきた。 電話の内容に不安を感じた「康正」が、妹の部屋に行ってみると、妹は死んでいた。 一見、自殺かと思われたが、現場の状況から、兄は、「殺された」と判断する。 園子のつき合っていた男「潤一」、そして、園子から「潤一」を奪った古くからの友人「佳世子」。犯人は、このふたりのうちどちらか。 二人かばい合っていたかに見えたが、互いに園子を殺す深刻な動機があり、互いに相手は園子の死は自殺と信じているだろうと、信じている。(???) 事件の経緯はすべて明らかにされ、動機も証拠も目の前にある。二人のうち、どちらかが彼女を殺したことは明らかだ。「康正」は、「おまえが犯人だ」と言う。 けれども、読んでいる者には教えてもらえない。 ユニークな推理小説だ。教えないけど、必ず犯人が確定できるヒントを残しているから、推理して答えを自分で出しなさい、と言っている。 よほど注意深く読んだつもりでも、いっぺんでは分からない。キーワードにあたりを付けて読み返して、「そうか! なるほど!」となる。 ご丁寧に、袋とじで「推理の手引き」なるものまでついている。 東野圭吾の才能と作品の幅広さには、本当に驚く。一時は「人間が描けない」作家などと、悪口言われてたみたいだけど、最近の、「手紙」や「時生」や「殺人の門」などの人間の情愛や闇を深くえぐった作品をみれば、そんなやっかみ半分の批評は吹き飛んでしまう。そして、この、「どちらかが彼女を殺した」に見られる、徹底的に論理構築された本格推理。 自分でもかなり、東野作品を読み進んできたつもりだけれど、まだまだ、読んでない作品が沢山ある。新たな東野圭吾の魅力を発見して、またまた、のめり込んでいく。 この作品を「面白かった?」と聞かれたら、「そりゃ、面白かったに決まってる」と答えるに決まってる。「なっつったって東野圭吾が書いてるんだもん。決まってる」 あなたの推理力に挑戦状を叩きつける東野圭吾に、「挑んでやる!!」とおっしゃる方、ぜひ読んでみて♪ 〈ion〉 ★ 読んで犯人が分かった方
ぜひ、答え合わせしてみませんか? 犯人の名前と、そう判断した理由を、[内緒]にチェック入れて、コメントください。 |
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「殺人の門」 東野圭吾 角川文庫 裕福な歯科医の家で、祖母が老衰で死んだ。主人公「和幸」の人生の歯車がそこから狂い始める。 呪いの手紙が来て、父の浮気、父母の離婚、家業の破綻、不幸が幾重にも折り重なって襲いかかる。 すべてが当事者の己が責任であり、また不幸な偶然であるはずなのに、なぜか見えてくる何者かの采配。 小学生の時から続いてきた、「和幸」と「倉持」との、奇妙で歪んだ友人関係。なぜか不幸あるところ、「倉持」の影がつきまとう。 成人してからさらに、「倉持」の魔の手は、これでもかこれでもかと、「和幸」を襲う。 「倉持」はだが、困窮の「和幸」を親身になって助けてくれもする。「和幸」は混乱し、はぐらかされ、言いなりになっていく。 読む者は、次第に、「倉持」を「殺したい」と思う主人公の気持ちにシンクロしていく。 関心事が、次第に、「和幸」が、いつ、どこで、「殺人の門」をくぐれるのか? という一事に集中していく。 実際に、殺すチャンスは何度も訪れる。だが、まだ、踏ん切るまでには燃焼し切れていないと、「門」をくぐる手前で引き返してしまう。 テーマは「憎しみ」だろうか? はたまた、「嫉妬」だろうか? 小学生の時から続いてきた、主人公「和幸」と「倉持」との、奇妙で歪んだ友人関係。この歪んだ関係が、片側から見れば「憎しみ」なのだが、最後に、倉持の主人公に抱いていた「嫉妬」が明かされて、この作品の巧妙で周到なアルゴリズムが見えてくる。主人公が入れ替わったら、テーマもタイトルも全く違う別の小説が生まれるに違いない。 「容疑者Xの献身」のような、大仕掛けのトリックがあるわけではないけれど、最初に出てきた「倉持」の師と仰ぐ男が、ラストで再登場して、「アッ」と言う気持ちになる。このあたりの、東野の筆の力はスゴイとしか言いようがない。 六百ページを越す厚みなのに、一日で読んでしまった。そのくらい引き込まれる。おすすめです。 〈ion〉
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「ソフィーの世界」 ヨースタイン・ゴルデル NHK出版 一冊の本をこんなにかかって読了したのははじめて。ちょっと前に話題になって、ぜひ読みたいと思っていた。 今年、正月に読み始めて、な、な、なんと、今日(3月31日)までかかってしまいました。 ぶ厚い〜っ! 内容濃すぎ〜っ! 中身はまるで大学の哲学史の講義そのもの。だけど、それが退屈かというとそうではない。 主人公は平凡な少女ソフィー。哲学史の中にどうして主人公? それが著者のねらい目。 もともと、取っつきにくい「哲学」を、分かりやすく学生に伝えたいってところから執筆されたものと聞く。 人の「思索」を「エデンの園」から始めて、おなじみ「ソクラテス」「プラトン」「アリストテレス」と、ソフィーの目と耳に分かる言葉で「解説」する。「解説」するのはアルベルト。いつのまにか、ソフィーの哲学の先生になって、あの手この手で難解な哲学に興味を持たせ、楽しく理解させようとする。 それが、「ルネサンス」を経て、「デカルト」「スピノザ」「カント」「ヘーゲル」「キルケゴール」と進むうちに、読者は、「不思議な国のアリス」の世界に迷い込んでいることに気が付く。 ソフィーは、ファンタジーの主人公になっていて、先生であるアルベルトも迷える探求者の姿をさらけ出す。 人は何者なのか? 人は神に造られたのか? 人が神を創ったのか? 人はどう生きるべきか? 死は? 生とは? アルベルトは問いを発するが応えてはくれない。 「マルクス」「ダーウィン」と、唯物主義の回廊を通って、「フロイト」「サルトル」に至る「実存主義」の流れに翻弄されるようになると、ソフィーの世界もハチャメチャになる。「人」の存在が危なっかしく、脆く、切ないものになって、悩んで苦しんで、それでも「己」の「実存」を掴み取ろうとあがく。それは、現代に生きる人間すべての共通の、そして永遠の「課題」であり「宿題」。 哲学に答えはない。だから、ソフィーの物語にも「おしまい」はない。ハッピーエンドは、人が生きる限りあり得ない。 「哲学の本」だから当たり前かも知れないけど、「メルヘン小説」でこんなに考えさせられたのは初めて。 読んでみます〜〜〜〜〜ぅ? ちょっとしんどかったけど、面白いよ〜〜〜〜〜〜〜ぅ♪ 〈ion〉
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