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大山(おおやま)は、神奈川県伊勢原市・秦野市・厚木市境にある標高1,252 mの山です。
丹沢山等の丹沢の山々ともに丹沢大山国定公園を形成し、神奈川県有数の観光地のひとつになっています。富士山のような三角形の美しい山容から、古くから庶民の山岳信仰の対象とされて来ました。 信仰登山は宝暦年間(1751年 - 1764年)から行われ、大山講と呼ばれた。 各地から通じる道は「大山道」と呼ばれ、この名は現在の国道246号の別称「大山街道」等として残っている。 江戸の庶民にとっては、大山詣でと江ノ島詣のセットで娯楽の一つでもあった。 山頂に阿夫利神社本社、中腹に阿夫利神社下社、大山寺が建っています。 大山の別名を「阿夫利(あふり)山」と言うが、またの名を「雨降(あふ)り山」とも言い、農耕民にとっては 大山および阿夫利神社は雨乞いの神様として知られていました。 山麓のケーブル駅までは、小田急伊勢原駅からバスを利用します。 市街地を抜けてからケーブル駅までは細い一本道の為、初詣、紅葉シーズンは渋滞が激しくなります。 丹沢山系から流れる良質な水を使った豆腐作り、民芸品としてのこま作りでも知られ、ケーブル駅バス終点からケーブルカー(大山観光電鉄大山鋼索線)の山麓側の駅である大山ケーブル駅までの石段沿いには豆腐料理店、民芸品店が軒を並べています。 イベントとしては、「大山とうふ祭り」と伊勢原駅から下社まで9km、高低差650mを一気に駆け上がる 「大山登山マラソン」(いずれも3月)が知られています。 このように神奈川では信仰の山として古くから有名ですが、私達がこの大山を登るのは そう言う意味合いではありません。 極真会館の創始者、大山倍達総裁が亡くなられた年に畏れ多い事ではありますが 同じ名前という事で一年に一度この大山に登ろうという事になりました。 現極真会館では、群馬県の三峰山が昔から大山総裁の聖地とされています。 ですが私達にとっては身近なこの大山がそう言う類なものになっています。 大山総裁に会いに行く、そんな意味合いが込められています。 以来15年の間、その時々の仲間達と新年にこの山に登ります。 3名の時もあれば10名以上の時もあり、今回は7名で行いました。 このメンバー年齢的には30歳近い年齢差がある集団です。 20歳代だった若者も今では40代、高校生だった最年少も24歳になろうとしています。 普通の社会では仕事上の関係があったとしても、個人的な繋がりで接する事はまずあり得ない 年齢差であり多様な集まりです。 ほとんどのメンバーが空手という格闘技を通じて知り合えたメンバーです。 そうでないメンバーもそう言う縁から繋がった者達です。 みな昔と比べれば大分変わりました。 それぞれが社会で揉まれて良い意味で大人になったと思います。 でも変わらないのはみなお互いが認め合っているという事です。 年齢差がありながらもお互いがお互いを男として認め合う間柄。 これからもそれぞれの環境で変化があると思います。 でも私達の繋がり・絆は変化はあれ変わらないだろうと思っています。 私達がこうして巡り会えたのが奇跡であり、これまで繋がりが続いた事がある意味奇跡ならば これからもこれまでの軌跡を踏まえながらも続く事を信じています。 私は彼らと巡り会えた事の奇跡に感謝しています。 そしてこれまで彼らに何かしらで助けられた事にも感謝しています。 これからも続く軌跡を大事にしたい、そう思っています。 さあこれから全員で頂上を目指して、余裕のあるところを記念撮影です。 今日も元気な野球少年たちと会いました。 チームでスポーツができるという事は、青少年にとって計り知れないものを与えてくれるんだと思います。 登りで偶然に知り合い声をかけたカップルです。 これからもいつまでも仲良く一緒にね。 中腹にある阿夫利神社下社境内からの眺めです。 まだまだ全然余裕?!の顔付きです。 みんな何を祈願しているんでしょうか。 中には5円で人の3倍の時間お願い事をしている者もいました。 『きっと今年は良い年になるといいですね。』 富士山が見れるという富士見平ですが、今日は生憎の曇りで見る事が出来ません。 でも眺めは最高ですね。 やっと頂上の鳥居です赤シャツの彼は頂上の鳥居を独り占めしている気分?!です。 ここが大山の頂上のトイレがある側から眺めた景色です。 晴れていれば右後ろ側に伊豆半島や駿河湾、右に横浜のランド・マーク、真正面に新宿や池袋の高層ビル 群を見る事が出来ます。 お決まりの大山頂上の碑の前で記念撮影です。 今日の頂上は0℃でした、汗をかいたシャツを取り替えてみんな防寒着に着替えました。 さあこれから寒さの中下山します。 無事下山して茶店で飲んだ甘酒、漬け物付きでなんと200円です。 全員がイスに腰掛けて一杯の甘酒でほっと一息です。 伊勢原から小田急線で本厚木に移動し、2名と合流して居酒屋で新年会です。 こうした気が合う仲間達と楽しいお酒がこれからも飲めるといいですね。 |
仲間
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11月28日から29日にかけて、神奈川県清川村にあるリッチ・ランドキャンプ場に行って来ました。 厚木市内のドンキ・ホーテで食材買出しをして、厚木市街からおよそ15キロ程の距離にあるキャンプ場へ 仲間2人と車で行って来ました。 穏やかな秋晴れで楽しく過ごす事が出来ました。 前日の徹夜明けの為栄養ドリンク2本一気飲みしての参加です。 今までは7・8名から10名程のメンバーで行うのですが、今回は急だった為都合が付かず3名でした。 いつもは山梨県道志村にあるキャンプ場を利用するのですが、今回冬季休業の為急遽近場を選びました。 ここ清川村のリッチ・ランドキャンプ場は通年営業している数少ないキャンプ場です。 温泉ではないのですが露天風呂もあります。 私達のキャンプは基本的にキャンプ場内の山を走ったり、合同で基礎トレーニング、スパーリング等を主体に行ういわゆる合宿のような事が自由意志の元行われます。 徹夜明けと最近運動不足の私には正直きついものがありました。 トレーニングをして、風呂に入って焼肉食べたり酒飲んで本当にいつも同じパターンですが会えない仲間と一緒に練習し過ごす一日は楽しいものです。 いくら暖かいとは言え12月も間近のこの時期に普通はキャンプ等はしませんよね。 夜の寒さに備え万全の冬支度で臨みました。 どの山も紅葉がとてもきれいで車窓から秋の風景を楽しめました。 途中市街を越えて裏山みたいなところから野生のサルが道路に出てくる光景を見ました。 こんな住宅地のすぐそばでこんな光景に出合うとは思ってもみませんでした。 子供を抱えた親猿を含めて道路を渡ったり歩道を走ったり。 近年観光地で猿の被害が報道されていますが、こんな近場でまさかの光景に驚きでした。 あわてて車内からシャッターを押したのですが、何も写ってなくがっかりでした。 ここ清川村は神奈川県北部に位置し、村のほとんどが丹沢山地に属し県内で唯一の村です。 厚木の温泉場として有名な飯山温泉郷や七沢温泉と隣接しています。 また県内の市町村で最も人口が少ないですが、宮ヶ瀬ダムの完成により国からの交付金のおかげで 健全な財政状態の村として知られています。 お昼頃にキャンプ場に到着して、各自キャンプ場の裏山を走ったり3人で基礎トレーニングをしたり バンガロー内で軽めのスパーリングで汗を流します。 徹夜明けと久し振りの私にとってはどれも本当にしんどいものでした。 最後には完全に息が上がり酸欠状態でした。 3時過ぎには露天風呂で汗を流し早々と夕げの準備です。 さすがにこの時期、管理棟の食堂や露天風呂の入浴客はいましたが泊り客は私達3名だけです。 7時前に通いの管理人さんが帰った後は私達だけの貸し切り状態でした。 炭を熾し焼肉や野菜海産物を焼きながら、ビールにワイン・焼酎を飲みました。 いろんな話しを交えながら仲間内の近況を確認した時間でした。 11時過ぎにひとり午前1時前にひとりいなくなり、徹夜明けでありながら2時過ぎまで ひとりで飲んでいました。 昔のようになかなか一堂に会するのが難しい状況ですが、いつまでも会える機会を作り続けていければ いいかなと思いました。 翌日、ひとりが6時に起きて朝食の準備をしてくれ私は9時に起床し、昨日の鍋の残りに具を足して 納豆ご飯で朝食でした。 片付け、朝風呂に入って11時にチェック・アウトし帰路につきました。 飯山温泉郷を過ぎるとこんな風景が続きます。 リッチ・ランドキャンプ場の入り口です。 キャンプ場内で見られた紅葉です。 裏山を走りこんだ後木の幹をサンド・バッグ代わりに打ち込みです。 久し振りに着けたグローブにワクワクしながらも、この時点で足がかなり効いています。 軽めですが久し振りのスパーリングに3分X5ラウンドで完全に酸欠でリタイアです。
今も相変わらず橋の下で練習を続けているふたりです。
高校生だった彼も今春大学を卒業しりっぱな社会人1年生です。(右側)
厚木に来てから巡り会った私にとっては大事な左腕?!のような存在です。(左側) 温泉ではなく沸かしているお風呂ですがなかなかの風情です。 でもぬる過ぎて風邪引きそうでした。 今回は3人なので買い出す食材も押さえ気味にしました。 でもカルビ肉、ホルモン・シロコロ、鶏肉にイカ・サザエのつぼ焼き・ホッケ、茄子・ピーマン・椎茸 長ネギなど久し振りの充分過ぎるごちそう?!でした。 この日のメイン・ディッシュ?!のオージー産ステーキです。
どこからか現れたタヌキ君、私達の周りをうろうろ。
仕方なくこのタヌキ君にもお裾分け。しかしこのタヌキ君、とんだ悪戯君でした。 仲間の練習用の靴を咥えてどこかへ隠してくれました。 翌朝みんなで探すも片方だけしか見つからずでした。 探してみると他にも靴があちらこちらにありました。 とんだ悪戯常習犯でした。 せっかくの情けをあだで返された格好です。 チェック・アウトを済ませ車に乗り込む前に3人で記念撮影です。 相変わらずのポーズの3人です。 朝起きて全身が筋肉痛で悲鳴を上げています。 完全徹夜明けでの強行キャンプでしたが楽しい一日でした。 久し振りに酸欠状態も味わったし、一応の満足行くキャンプでした。 今後に向けてまた身体を作り直さなければいけないと感じた一日でした。 これからももう・・・・・・ではなくまだまだの気持ちでやっていきたいと思います。 ※新年1月いつもの大山登山、今回はなるべくみんな参加できるように都合付けて下さい。
久し振りの再会を楽しみにしています。 |
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4年に一度の大道塾第3回世界空道選手権大会が11月14・15日の2日間にわたって開催されました。 大道塾にいる仲間からの優待チケットで15日2日目、東京の代々木第2体育館に観戦しに行って来ました。 世界50カ国以上から女子も含めて156名が参加して、各階級ごとに世界一を決める大会です。 身長+体重の数値=体力指数でクラス分けされた各24名X6クラス+女子部12名で競い合います。 体力指数 ー230(230未満)級、−240級、-250級、-260級、-270級、+270級の6クラスと女子部の 各7クラスで競う世界大会です。 今回の最大の強敵ロシア勢に、日本代表選手がどこまで阻止できるかが大きな注目でした。 大道塾東塾長によれば、7階級のうち4階級取れれば素晴らしいでしょうとの予想でした。 14日に第1回戦が行われ15日は2回戦からはじめて、4回戦勝ち抜いて各クラスの決勝進出者14名 が決まります。 どの武道大会にもロシア勢の成長が目覚しいですが、今回大道塾の世界大会はどうなる事でしょうか。 今日の昼は、20度を越えて会場内は熱気で汗ばむ程でした。 今回7階級のそれぞれの世界一を目指す日本代表総勢23名+補欠選手の皆さんです。 開会式が始まる前、選手控え室の廊下でアップしていた選手達の状態を確かめにちょっと散策です。 その中でも特に動きの良かった日本代表選手とお話し&ハイっ、ポーズで記念撮影です。 昨年春の超重量級で優勝した-270級出場の稲田選手(横浜北支部所属)です。 今年春の軽重量級で準優勝した-250級出場の笹沢選手(中部本部所属)です。 偶然にも彼が開会式で全選手を代表して選手宣誓をし驚きました。 こういう大会で選手宣誓する選手は、優勝に期待がかかる選手な筈です。 もしかしたら行けるかも、そんな期待が高まりました。 少年部の先導で各国代表選手全員が試合場に勢ぞろいです。 各クラス2回戦から4回戦まで終了し各クラスの決勝前に、少年部の模範試合や師範による演武そしてまつり太鼓が披露されました。 決勝前のセレモニーでなんだったか?!の表彰式で東塾長が登場です。 女子部も含めて7階級で各決勝に残った14名の選手達です。 この内なんとロシア勢が10名、日本代表が3名、ウクライナ1名で圧倒的なロシア勢の進出者に驚異でした。 せっかく私が握手した稲田・笹沢両選手は惜しくも各3回戦で敗退してしまいました。 7階級の決勝戦が、女子部から順に軽い級から行われました。 専用のヘッド・ギアとグローブを付けて突き蹴りの他に、投げ・締め顔面攻撃OKの試合形式です。 中には攻撃を受けて医師の診断を受ける選手も当然出てきます。 本戦3分間でどちらかに有効2・効果3以上のポイントが付かない場合には、インターバル30秒で3分間の自動延長戦となります。 他の大会との違いは、各副審がひとつのポイントを持っているのですが、主審はふたつのポイントを持っている事でしょう。 通常の場合、3人の副審が青に上げてひとりの副審が白で3−1で青の時、主審が白に上げたとしても3−2で青の勝ちですが、この大会では3−3で引き分けになるのです。 会場外の大会看板前で今日集まったメンバーと記念撮影です。 ひとりはそのまま帰りましたが、残る5人で新宿で下車し居酒屋で軽く?!乾杯です。 最後に、飲んだメンバーでまた記念撮影です。 みんな明日から仕事なので今日はしっかり午前様にならないようにご帰還でした。 先程も少し触れましたが、全7階級で決勝進出した選手14名中10名がロシア勢でした。 各決勝戦の結果は下記の通りです。 今回私自身大会プログラムを買わなかったので、詳しい選手名がわかりませんので国名でお許し下さい。 女子部 ウクライナVSロシア 優勝ロシア −230級 中村vsロシア 優勝ロシア −240級 田中vsロシア 優勝ロシア −250級 アレクセイ・コノネンコ(日本)vsロシア 優勝ロシア −260級 ロシアvsロシア 優勝ロシア −270級 ロシアvsロシア 優勝ロシア +270級 ロシアvsロシア 優勝ロシア 全7階級全てロシア選手が優勝というすさまじい結果に終わりました。 世界大会と言いながらも、競技人口で出場参加数を割り振ったらしいのでロシア人選手の人数がとても多かった事に異様さを感じました。 でもチーム・メートの応援も会場内でしっかり一丸となってしていました。 声援や指示も的確なものが多かったように感じました。 母国である日本代表選手も数も多く選手達は全力で頑張ってくれました。 ですが選手同士あるいは観客の声援・指示はロシアに負けていたように思いました。 ある意味、金銭を得て職業としてあるいは身を守る為に、武道や格闘技を実戦的に使用している貧しいロシア。 平和に慣れ武道や格闘技を趣味や習い事の延長でしている恵まれた日本。 危機感とハングリーさに欠けた私達が、肉体的あるいは精神的までも優勢な外国勢と渡り合う為には 母国だからという形容詞は捨てて真剣の刀で渡り合うが如く、今一度武士道の原点に還る必要があるん ではないでしょうか。 この結果をこれ以上、どうこう論ずる立場ではないので何も言えません。 しかしこれが今の厳しい現状なのです。 試合前なのに、勝手に話しかけて迷惑だったかも知れない選手の皆さんごめんなさい。 この模様は11月22日(日)BSフジにて17:00〜18;25に『はみだし空手から空道へ』というドキュメンタリー番組 として放送されます。 またどこかの画面に怪しいボウズ頭が映っているかも知れませんよ。 今日も久し振りに再会した仲間と美味しいお酒を飲む事が出来ました。 離れていても会える機会が少なくても、私にとっては大事な仲間達です。 これからも男同士の仲間として付き合える自分自身でありたいと願っています。
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今から15年ぐらい前の今頃、働いていた職場の後輩から今度結婚すると報告を受けました。 お相手は私もよく知っている、部署は違いますが職場の女性でした。 その週末二人を誘って飲みに行きました。 『式はいつやるの?!』 『今はお金がないので、籍だけ入れて式も披露宴もしません。』 ふたりの寂しげな答えでした。 彼がトイレで席を離れた時に、彼女に聞きました。 『本当に式も披露宴もしなくていいの。できれば子供や記念の為に写真だけでも撮ったら?!』 『できれば撮りたいけど無理だからいいんです。』という彼女の本心でした。 彼がトイレから戻ったので、話題を変えて私が企画するから結婚パーティーだけはやろうと約束させました。 店を出て別れ際に、ふたりに私のお願いを聞いて欲しいと言ってこう続けました。 『写真だけは撮ろう、お金は私がするからいいね約束だよ。』 翌日の休日に、今みたいにネットがまだなかったので電話帳で調べて町田へ行きました。 何軒かの写真スタジオ、貸衣装屋さんを周ってようやく写真を撮ってくれるスタジオを見つけました。 私の素人考えで5万もあればできるんだろうなと考えていました。 お店の女性の答えは、衣装・メイク全て込みで15万円という事でした。 10万キャッシュで5万来月にして欲しいと交渉しました。 すると奥からオーナーが出て来て、おふたりとはどういうご関係ですかと尋ねられたので、正直に経緯を お話ししました。 私と苗字が同じ(比較的少ない部類の苗字なんです)だったオーナーが 『わかりました、そういう経緯なら私も協力させて下さい10万円で全てやりましょう。』 2回のお色直し?!とヘアーメイク、小物全て込みでやってくれる事になりました。 2週間後の週末、私も付き添うという事で決めました。 写真撮影前日に、彼女から私も一緒に写真に写って欲しいと頼まれました。 当日自前のスーツで1ショットだけ3人で写真を撮りました。 彼女の嬉しそうな顔を見た時、良かったと正直思いました。 店のオーナーにも感謝です。 やっぱ男はまだしも女性は寂しいですよね。 もしかしたら一生で一番の晴れやかな日ですからね。 せめて写真だけでも撮りたいのは、正直な気持ちだと思います。 今ふたりには、小学生の息子がいます。 ハーレーのバイクが好きな旦那の影響で、名前は鉄馬くんです。(そのまんまやん) 今は2・3年に一度会うぐらいですが、中古住宅を買って彼の両親と同居しています。 彼女もパートしながら健気に3人で過ごしています。 この話しには後日談があって、5年程前久し振りに彼と飲んだ時に子供が保育園なのでビデオが撮りたいけど ないという話になりました。 私がじゃあ今もっているのをあげるから明日朝取りにおいでと言ったそうな。 まったく憶えていませんでした。 翌日朝早く彼が自宅に来ました。 どうしたんだと訊ねると、実は昨日ビデオカメラを取りに来いと言われたので。 少し考えてようやく思い出し、あわてて付属セット一式とアクセサリー類も一緒に持たせました。 まあ私が持っていても使う回数が少ないので、彼らが使ってくれる方がカメラにとってもいいだろうと思いました。 でも結局3ヵ月後にビデオカメラが必要だと買いましたけど。
彼らはいい夫婦の日という事で来月11月22日が結婚記念日です。 |

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8月21日(金)以前働いた事のある派遣先の某大手精密機器メーカーの夏祭りに顔出して来ました。 私がいた5年前までの製造部もなくなり、社員さんも他へ異動になったり派遣社員も随分と顔ぶれが変わり やはり年月を感じます。 そんな中でも懐かしい顔ぶれにも出会い、懐かしさを味わいました。 私の以前いた会社の事業所長や営業所長も来賓として来ており、私も来賓の席でしばし酒を飲み歓談しました。 パパさん、息子を抱くのはいいけど大事な娘さんがうしろで何かしているよ。 ママさん、違う男と笑顔で写真撮るのもいいけど子供達はどこ行ったの?! パパとママと離れても3歳の娘は知らん振り?!です。 随分と老けた昔の同僚です。 今はここの責任者です。 元アクロ体操日本代表選手で世界8位入賞の実績の持ち主です。 今度は、車の免許しっかり取ろうね。(2度目の免許挑戦、会社命令だそうです) ジャニーズ系でなかなかのいい男?!です。 マスオさん状態の彼です。 姉さん女房の奥様、子供さん同様彼も宜しくお願いしますね。 元上司の岡本事業所長に岡元営業所長それにここの責任者冨田さん。 なぜかリストラされた私がここにいます。 不思議な絵面ですね。 でも私にとっては、以前同じ目標に向かって苦しみを共有した仲間です。 岡元所長、今度営業所に遊びに行きますので宜しくです。 もうだいぶ顔ぶれが変わってあまり知っている人がいない雰囲気でしたが、あちらこちらで 声かけてもらいました。 ビールやおつまみも金券で買わず、顔パスでサービスしてもらいました。 『相変わらず元気そうで変わりませんね!!!』 あちこちで同じ言葉をかけられる。 喜んでいいのかそれとも・・・・・・・複雑な心境です。 誰もリストラで無職状態を信じていない様子です。 まあっ、いいっかあ。 ここのメーカーは13年いたからそれなりの想い出もいっぱいある。 仕事を終えて毎日のように体育館でトレーニングしてたっけ。 トレーニングを通していろんな部署のいろんな役職の方ともお知り合いになれた。 そしてここでは実にいろんな事をさせてもらった。 はっきり悔いのない日々だった。 あの頃20代だった社員もアラフォー世代だという。 月日が経つはずですよ。 さあ、これから私はどこへ向かう?!
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