沖縄への想い

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『おばあ、暑いねえ!!ここで何してるんですか?』

『私らここで何してる訳じゃないさあ、どこから来たね?』

『神奈川の厚木から来ました、自転車で八重山や本島を周ってます。』

『あらあそれは大変さねえ、暑いから火傷しないようにね。』

『おばあ達はここで基地反対運動してるんじゃないの?』

『うちらはせんよ、ただねここにいれば日当貰えるからいるんさ。』

『へえー、いくら貰えるの?』

『朝から晩までいてお茶してしゃべって2千円、ないよりましさあ。』





『私は内地から来て15年になるけど、沖縄の人は本当働かないね。』

『気候が暖かいからですかね?』

『特に公務員が働かない、サボってばかりいる。』

『働かないのは暖かいからだけじゃないよ
真面目に働くのが馬鹿らしくなるんじゃないの。
だっていろんな助成金が出るからさ。』

『ここ竹富島だって働いてるのはほとんど内地から来た
素性の知れない人ばかり、内地で問題起こして
ここに逃げて来た人もいっぱいいる。』

『そんな彼らを偽名なのも承知で時給2百円で安く雇ってるんだよ。』

『えっー2百円ですか?!』

『そうやって儲けたお金でみーんな石垣島や本島で立派な家建てて
凄い車乗ってるさ。』

『ここへ観光に来る人は知らないだろうけど
ここの人達はみーんな大金持ちさ。』

『へえーそうなんですか、そう言えば昨日ホテルの送迎バスが
歩道を平気で走って来て私達轢かれそうになりましたよ。』

『あーあのホテルね、ここは島民しか店出せない事になってるんだけど
あそこも内緒で名義貸して本島の人間がやってる。』

『ここはなんでもありの無法地帯だから、犯罪者や車検切れ
交通違反・無免許なんて当たり前さ。』

『???!!!』


最初の会話は今から16年前の夏、自転車で沖縄本島一周時に辺野古で出会ったおばあ達です。

その次が昨年竹富島に泊まった際、本州から来てお土産店を任されてた人との会話です。

私の実体験でのお話です。

何を思うかは皆さんにお任せします。









でもね、批判を覚悟で言います。



沖縄の人達って本当に素朴で温かくてお人好しで、でもおバカさんなんですよ。

だから内地からのプロ市民=活動家にいいように利用されて挙句は偏った報道機関に

情報操作をされて国からの補助金漬けで強請・たかりを何とも思わなくなっちゃってる。

確かに沖縄は先の大戦で大きな犠牲と今でも大きな負担と不安の中にいます。

だけどいつまでも戦争被害者面してても未来はないんだと思います。

過去の海洋博だって沖縄にお金を落とすつもりが、ほとんどの利権が内地の人間に

持っていかれただけだった。

気候風土からか沖縄の人は競争慣れしていない。

もっともっとシビアに内地の人間・企業と立ち向かってほしい。

いつまでものほほんとしてないで、自分達の力で自分達の島の事を真剣に。


私は沖縄が大好きです、私にとって故郷だと思っています。

その沖縄がこのままだと内地の人間から総スカンされて相手にされなくなってる。

本当に沖縄県民の総意で琉球に戻りたいなら、残念だけどそれも仕方ないです。

でもその先に何があるのかをよーく考えてほしい。

基地だって全てを撤去できればいいのかも知れない。

でもあまりに現実離れした理想論・空想論を訴えても先には進まない。

基地負担は政府主導で他府県がもっと積極的に分担できるようにしてほしい。

その上で国からの振興予算をこれまで通りの受給はやめてほしい。

風土的に競争が苦手なら、無理して競争しないで沖縄の良さをもっともっと活かしてほしい。

ナンバー1じゃなくオンリー1をもっともっと目指してほしい。

沖縄県民が本当に未来の沖縄の為に眼を見開いてほしい。

誰が本当は味方で誰が敵なのかを。

これまでその時々で騙され利用されっ放しだったけど、プロ市民なんかじゃなくて

本当に沖縄の事を想ってくれる県外の人達も大勢いる事を知ってほしい。






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沖縄への疑問???





今回は沖縄への疑問と題して、私が実際に沖縄に訪れたりマスコミ報道・SNSなりで感じた
疑問を書いてみたいと思います。

断定的な事を言う程の沖縄に対して見識や知識が私にはありません。
なので誤解や勘違い或いは明らかに間違っている事も含まれているかも知れません。

それらを承知で私自身が???と思う事をアットランダムに書き記しました。
もしも沖縄の人達に対し失礼がありましたら素直にお詫び致します。

米軍基地が面積比で日本中の74パーセントが沖縄に集中していると言われています。
私の住む神奈川も沖縄に次ぐ米軍関係の施設がたくさんあります。

過去に米軍関係者による殺人や強姦事件もあり、騒音や危険と言う事で反対運動ももちろんあります。
ですが事件と基地問題は別と考えています。





なぜ沖縄だけがこれ程米軍基地問題でもめるんだろうか?

どうして琉球新報と沖縄タイムスは偏向報道で世論操作をするのだろうか?

報道しない自由を掲げるマスコミに果たしてマスコミとしての良心は
あるのだろうか?

なぜ県民大会の主催者は参加者人数をあからさまな水増しをするのだろうか?

『基地反対』が僅差で上回っている現状でどうしてオール沖縄・沖縄の総意
等と言えるんだろうか?

沖縄は独立して琉球国になり中国の属国になりたいのだろうか?

普天間で困っている人を本当に困らせているのは、米軍ではなく
反対運動家でありマスコミではないのだろうか?

反対運動家やプロ市民の金の出どころはどこなんだろうか?

沖縄米軍問題の本当の黒幕はどこなんだろうか?

選挙前になると大勢の沖縄移転者が出現し、選挙後に元の居住地に戻る
人達って何なのだろうか?

普天間は市街地にあり危険だと言うが、大学や多くの人が基地ができてから
周辺に移り住み補助金が出るのに移転しないのはなぜなんだろうか?

基地近くの小学校が移転しようとしたら、拒否されたのはなぜだろうか?

沖縄にいる海兵隊は本土にいる空軍や海軍と比較して犯罪率が高い
のはなぜだろうか?

なぜ沖縄の警察はあれほどまでに非力なのか?

国からの補助金漬けがいつしか沖縄をダメにしたんじゃないだろうか?

なぜに日雇いの活動家が存在し得るのか?

プロ市民や左翼活動家は沖縄をどこに導こうとしているのか?

時の政府はなぜ『最低でも県外』などと無責任な約束をしたのだろうか?

『全基地撤退』を沖縄の人は本当に実現可能だと考えているんだろうか?

年間3000億あまりの沖縄振興予算をいつまで続ければ沖縄は戦後
復興できるんだろうか?

なぜ辺野古の住民8割が条件付き容認なのに、反対だと沖縄は叫ぶのだろうか?

石垣島の住民が中国に対して脅威を感じてるのに、なぜ沖縄本島は無関心
に見えるのだろうか?

なぜ翁長知事は米軍ばかりで中国へは抗議しないのだろうか?

翁長知事の知事としての役割・仕事は本当に今の姿でいいんだろうか?

沖縄県民の総意って本当に沖縄だけの人達の意思なんだろうか?

基地がある事でお金になり、反対する事でまたお金になるこれって
強請・たかりとどう違うんだろうか?

これまで被害者だった沖縄がいつまで被害者意識を持てばいいんだろうか?

米軍は沖縄に対していつまで殖民地思考を続けるのだろうか?

どうして私達本土の人間は、沖縄の悲しみ・辛さをもっと共有しようと
しないのだろうか?

どうして沖縄以外の自治体は、沖縄の負担を担う努力をしないのだろうか?

どうして日本政府は日本国民である沖縄の人達を守れないんだろうか?

どうして米軍犯罪の温床である日米地位協定を改定しようとしないのだろうか?


日本にとって沖縄とは何なのだろうか?

沖縄にとって日本とは何なのだろうか?






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                                                 【沖縄左翼】だれのための平和運動?

             
                【プロ市民!】緊急取材!! 反基地活動家の正体とは!? 【ザ・ファクトFAST BREAK#02】
 
       【潜入】県民以外のプロ市民が多数参加!!辺野古移設反対の沖縄県民大会レポート



               

先月うるま市で起きた米軍軍属による20歳女性に対しての強姦殺人事件で犯人に対し強い憤りと怒り
そして被害女性に対して深い悲しみ虚しさを感じています。

心より哀悼の意を表します。

また先の沖縄戦で犠牲者となった日米の兵士そして沖縄県民合わせて20万人に対しても心からの
哀悼の意を表します。

絶対にあのような悲惨な過ちは繰り返さぬよう、昨日沖縄慰霊の日にちなみ誓いたいと思います。


合掌





次回は沖縄への想いを書いてみたいと思います。




                                                       沖縄竹富島ポタリング2001.夏





 今回から沖縄について私なりの想いを3回に分けて書いてみたいと思います。
第1回目の今日は私と沖縄との関わりです。



私がそもそも沖縄と関わりを持ったきっかけは石垣島出身のウチナンチューと知り合った事でした。
1978年春、当時東京池袋に住んでいた私は石垣島から専門学校に通う為に上京したカズに出会いました。

沖縄がアメリカから本土復帰してまだ6年、通貨がドルから円に変わり車の通行が右側からから左側通行に
なり、生活全てがやっとどうにか慣れ落ち着き始めた頃くらいだと思います。

その頃の私はウチナンチューはみんな英語が話せるんだと思っていました。
もちろんそんな事はありませんでしたけど。

カズは私と同い年でしたが病気で1年休学した為に私より1年後の高校卒業でした。
彼は中学を卒業して石垣島を離れて本島のおばあの元に下宿しながら興南高校に通っていました。

部活は軟式テニスで県代表でインターハイにも出場し私とは正反対?!の爽やか系のスポーツマンでした。
そんなある意味正反対の彼がなぜか私に懐いて来ました。



『今まで生きてきた中で一番の親友に出会えた!!』

『お前さ、よくそんなウソを平気で言えるね?!そんな事を平気で言える奴は信用できないし嫌いだ!!』

『ウソじゃない本当にそう思ってる、もう両親にもそう言ってるから。』

『お前さ、沖縄でよっぽど友達いなかったのか?まだ知り合って数か月だぞ。』

『だけどわかるんだよ、兄貴の事が。』

『悪いけど兄貴じゃないし、同い年だしガタイもお前の方がでかいし。』



私から言わせると優しいけど優柔不断で女々しいところが好きじゃなかった。
よくケンカもしました、でもいつも一方通行のケンカでしたけど。


『お前さ、その態度が気に食わないんだよ!!文句あるなら言えよ。』

『だって、面と向かったら敵わないし。』

『お前の方がガタイでかいじゃないか、そう言う女々しいところが大っ嫌い!!』

でーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

べそかいて泣くか、貝のようにだんまりになっちゃう。
1週間2週間まったく口きかなくなる。

こちらが普通に挨拶しても無視状態
周りから私がいつも一方的に責められる

『また何かしたんでしょう、かわいそうですよ。』

でーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

いつもいつも私が無理やり飲みに誘って
『ごめん、私が悪かった!!』

いつもいつもこのパターン
本当に殴ってやろうかと思った事は1度や2度じゃなかった

だけどいつもいつもなぜか
私が謝って彼のご機嫌とって意味不明な仲直りをする



私が妹と二人で住み始めると、彼も1年後くらいに石垣島の妹と暮らし始めた。
いつしか4人で行動する機会が増えていった。

私も彼もステーキが好きで、4人のうちの誰かお祝い事があると4人で銀座のスエヒロに行きました。
私の22歳の誕生日に4人でスエヒロ行った時も

『いいないいな22歳いいな、22歳が一番好きさあ!!』

『お前さあ、同い年なんだから半年後にはお前も22歳になるだろう?!』

『昔から22歳に憧れてたんだ!!』

?????????本当に不思議な奴でした。



彼にバイクの楽しさを教えたのは私だし
両親が来た時に案内するのに横浜や鎌倉・江の島の魅力を教えたのも私でした。

彼がバイクで事故って入院した時に文句言いながらも2か月間毎日通ったのも私でした。
それから酔っ払いスピード違反ひき逃げされて亡くなったのを石垣島の両親に電話で告げたのも私でした。


生前彼と付き合ってた期間は3年と1か月2週間
亡くなってからもう35年になります


今から思えばあんなにも憧れてた22歳で亡くなって彼としてどんな思いなのかなあ。





私が初めて沖縄を訪れたのが彼の死から1年後の1982年でした。
ちょうどJALの片桐機長が逆噴射して羽田沖に墜落した2週間後くらいでした。

那覇から石垣のチケットが買えず、那覇で空席待ちをしました。
結局その日の便はすべて満席で初日那覇の国際通りで飲みながら夜を明かす事にしました。

初めての沖縄でひとりで飲みながら夜を明かす事に若干の不安はありました。
だけどいつしか同じ店にいた数人と打ち解け合ってました。


『何しに石垣に行くさあ?』

『去年東京で亡くなった親友の墓参りに来ました。』

『本当ね?!わざわざ東京からその為に来た?!ありがとうね今日は私達がおごるさね。』

そう言って気のいいウチナンチューが初めて会った私に朝まで付き合ってくれました。
翌日朝一番の飛行機で石垣島に初上陸しタクシーに乗りました。

『お客さん、今日はどちらから?観光ですか?』

『いいえ、東京から友達の墓参りに来ました。』

『わざわざこんな遠くまで?本当にありがとうね。』

予約したホテルに到着し、まだ早い時間にもかかわらず荷物を預かってくれたり
忙しいはずの支配人がカズの実家を地図で一緒になって探してくれました。

みんなに親切にされ、友達の墓参りに来たと知ると全員にありがとうねとお礼を言われ
大層な事してる訳じゃないのに熱いものがこみ上げてきました。



あれから彼の命日の3月25日に合わせて数年に一度2・3泊の日程で沖縄を訪れました。
それがいつの頃からか離島観光がメインでついでに?!墓参りって感じになってきたり。

真夏の沖縄で10日間かけて本島や石垣島離島を自転車で回ったり
正月元日に29度の暑さの中レンタル自転車で走り回ったりもしました。



今年の3月に前回に続き彼女を連れて2年半ぶりに石垣島と竹富島を訪れました。
ここ最近10年間では2007年、2009年、2010年、2013年、2016年と5回訪れました。

正確には覚えていないけど、これまで少なくともトータルで15回以上は沖縄を訪れたと思います。
だけど回数的に特別多いとも沖縄に対して特別に詳しいとも思っていません。

だから私が沖縄の事をさも知ったかぶりに語れる資格はないです。
でも私にとって沖縄は大切な場所なんです。

私が沖縄を訪れるきっかけはカズの死であり、その後リピートしてるのは
沖縄の自然ももちろんですが、沖縄の人の温かさだったと思います。




最後にカズが東京に出てくる際におばあに言われた言葉を書きます。
たぶん当時(もしかしたら今現在もかも)多くのウチナンチューが両親やお年寄りから言われたそうです。




『ヤマトンチューを信用しちゃダメだよ、最後には裏切られるからね!!』







日本で唯一地上戦が行われた沖縄

自分達を守ってくれるはずの

兵隊さんに殺された沖縄の人達


日本から見放され

見殺しにされた沖縄


今、日本でありながら

アメリカの基地の中にある沖縄


琉球として生まれ育ったのに

日本人として戦うことを強要された沖縄の人達


なのに最後は日本人として認められず

本土の捨て石にされて

見殺しにされた沖縄の人達







次回は私が沖縄に対する素朴な疑問を書いてみたいと思います。





              2001年夏初めて日本最南端の波照間島を自転車で訪れました
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                    あの頃はまだまだ若かった石垣の父さん・母さん
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              今週、カズの妹からラインに母さんの画像が送られてきました
               先月母の日に贈ったパジャマを気に入ってくれたようです
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