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◇2015.2.22 東京マラソン完走記 林 勝弘:70歳
◇憧れの東京マラソンである。
過去6回の抽選もれで臍をかんでいたが、今回は思い切ってチャリティランナー
(障害者競技連盟に10万円寄付)で参加しました。36,000人のランナーと1万人ものボランティアで、
「東京が一つになる日」をスローガンにまさしく世界に誇る祭りになっているのです。
◇当日は朝方まで小雨模様でしたがスタート時には雨が上がったのは幸いでした。
7:30 5番ゲートまでは家内と一緒しましが、テロ対策もあり、ゲート内は選手および大会スタッフ
のみで広範囲にわたり遮断された領域となっていたのです。
ゲートには金属探知機での携帯品やボディチェックさらに、ペットボトルや傘などの没収もあり
さながら入国手続きのようで興ざめです。
ゲートを通過するのに⒈時間、トイレに行くのに⒈時間と桁外れの参加者にスタートまえの時間が
迫るばかり。
私はスタートまでは寒さのためランニングスタイルの上にネックウオーマーにビニールカッパ2枚と
オーバーを羽織り寒さの中を待機です。
◇「マラソンの号砲一発鳥帰る 壱風」
9;30舛添都知事の号砲でエリートを先頭に36,000人が、一斉にスタートです。紙吹雪が舞うなか、
嬌声を揚げながらの壮観なスタートです。
私たち一般ランナーは、スタート時点まではダラダラと進んで行き30分後にスタート盤を通過し
各自の時間計測の始まりです。曇りではあるが風が冷たく身体がなかなか温まらない。
オーバーは直ぐに脱ぎ捨て大勢のなかをマイペースを決め込んで走る。
ネックウオーマ・手袋・ビニールは着用したままである。いつでも雨が降ってもいい構えである。。
沿道の応援は全く途切れることがないほどで、勇気と力をもらいました。
また1キロ隔に応援イベントも華やかで「楽器演奏」「剣舞」「和太鼓」「ソーラン踊り」
「チアンダンス」「エアロビクス」等々心温まる励ましでした。
先のNYシティマラソンよりも整然としたもので、横目でみながら走るんです。
みんなそれぞれの想いで走っているのが良く理解できました。
◇「マラソンの二月ポリスもドクターも 壱風」
テロや安全・健康対策のポリスランナーやAEDランナー・ドクターランナーも多数走っており
心強い想いでした。
都庁から日比谷を経由し15キロ地点からポイントで制限タイムが設定されておりました。
ここまではすこぶる順調に走れています。
20キロえビニールカッパを脱いでスタッフに渡しました。
品川の折り返しをめざす辺りで先頭集団とすれ違います。とにかく先頭の速いことは驚でした。
みんな頑張っているんです。沿道とハイタッチをしながらテンションを高めて行きます。
エイドステーションでの水やバナナ・トマトは有り難いものです。
27キロ付近の浅草雷門には大勢の応援に驚きました。
海外からの参加者も多数で、私もアメリカ人に「グッドラン」と声をかけお互いを励まし合います。
◇「東京をめぐるマラソン春時雨 壱風」
日本橋・銀座を抜けて晴海へそして、あとはゴールの東京ビックサイトに向けてピッチを重ねて
いくだけです。33キロで右ハムストリングスが攣りましたが30秒程で回復、70歳は70歳なりのマイペー
スで進みます。「おっさん」とか「おじいちゃん」とかの応援をもらいますが、所詮若い恰好を
していても、身体全体に顔に年齢が出ているのでしょうね。
「ナイスラン」という励ましのエールは嬉しいものです。。
35キロからの入船橋・佃橋・春海橋のアップダウンもさほで気にならず40キロ過ぎても
マイペースです。これも日頃の通勤ランや体幹トレのお蔭だと思う。
あと200mの表示で全力疾走でのゴールです。
楽しく東京の街を、東京のど真ん中を走った満足感を全身で堪能できたのです。それにしても股関節の
痛みはずーと消えれ事はありませんでした。
◇「マラソンをゴールしました春一番 壱風」
マイウオッチでは4時間31分35秒で申し分のない完走でホットしました。
応援の家内とはゴール後2時間後にやっと会えました。会えた時は思わずハグをしていました。
私は4つの海外大会に参加しましたが、
東京マラソンは運営もさることながらセキュリティも完璧に感じています。
マラソン世界6大会の一つに挙げられていますが、まさしく世界一の大会に参加できて
幸せに思っています。感謝! 感謝!感謝! 完
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