オランダ坂から

はかなさは花月の門につるしたる金燈籠の灯より来るらし 勇

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 電気スタンドを、ネットショップで一番安いのを見つけて買った。

天井につるしてある蛍光灯の光だけでは本が読みずらくなった。眼は若いときから近視であるが

さほど強くはない。遠視老眼の進展がひどい。それに乱視が加わっている。いうなればAAAで

ある。日本の国債はAA−のネガテイブであったか?。私の眼の格付けはAAAを

維持すればするほど内実は悪い。加えて頭も悪いから実情は4Aとなるが格付けに4Aはないから

3Aにしているだけだ。

 私の本読みの最高のスタイルは布団に寝て読むのが子供の頃からの習慣となっている。

そのために布団の両側に必要な本が500冊位山積みとなっている。年表、辞典類、地図、聖書、

研究資料、起きれば座卓にPC2台、プリンター、TVがあるので便利、快適なので環境を

替えるつもりはない。このスタイルは同じ姿勢だと手が痛くなるがそうなれば反転すればいい

。読みかけの本も手じかの本を積んで読みやすいようにする。

 本も少しは整理しているが最近は探すのに手まどる。当面、不必要な本は別の部屋でダンボール

に入れてある。ここにある本を探すのは最悪な状態となる。

重要な資料は、PCで管理しているので便利になった。所有している本を叉かったりすること

がなくなった。PCはつくづく資料整理にはこんなすぐれものはない。本が極めて貴重な時代

であった明治10年代位までは、借りて「写本」するのが当たり前でそれにはお礼がなにがしかは

必要であった。借りた本も写本であるケースが多い。紀州の鬼才「南方熊楠」は、知人の家で本を

読んで1冊暗記して家に帰って写本したという。頭の悪い私は読んだ後から忘れる。この写本の

お陰で江戸期日本の識字率は60%はあったといわれている。朝鮮通信使は、自分の所が儒教国家

であるから日本を蛮国とみていたが八百屋の隣で本が売られている光景に驚いている。

当時の李氏朝鮮で本を読めるのは「両班」といわれた在地地主・下級貴族以上からで庶民は

ほとんで文盲であったといわれている。この日本の識字率の高さが明治維新以降の発展の源と

なっていることは大きな要素である。

 メガネも度があっていない。私のいきつけのメガネ屋は、丸の内にある「冨士メガネ」で

ここが最高の店であると思っている。本店がある札幌でお世話になっていらいこの店と

決めている。上京の度によろうと思うのだがついつい友人たちとの面談で忘れる。街道筋のメガネ

屋と比較するとよくわかる。この店は、客が不用となった古いメガネを修理して東南アジアの

貧しい人々のところへ出かけて調節したメガネを届けていることをもう長年やっていることは

特筆していい。そうできることではない。

 これで、冨士メガネで検眼してレンズを換えれば視界も広がる。ひょっとしたらAAとなる

かもしれない。


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