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長崎の夏の落日の陽は、長い。
照明を落とされた天主堂の中は薄暗く、祭壇の正面の壁の真ん中にある磔にされた
キリストの十字架像にだけ小さな光りが当たっている。
座席を両側に分けている赤じゅうたんの通路に玄関扉から入る落日の陽が伸びてい
る。
その暗い壇上の中で前触れもなく着席した辻井伸行の手からピアノの旋律が
流れた。俯いたままいつものようには首を振ろうとしない。
自作曲 「祈り」
僕は、その優しい旋律を聴きながら大きな天主堂の天井を見上げ
「明後日、原爆が落ちるのだ」という想いに駆られていた。
この聖堂の玄関を入って左側の壁面に「被爆マリア像」が飾られている。
1945年8月9日11時2分、人類史上2発目の原爆がこの先5百Mの所で爆発した。
瞬時に7万4千余人の方が亡くなられた。広島原爆と共に「史上最大の虐殺」と
いっていい。この時、この聖堂も破壊されマリア像の首から上の頭部が瓦礫の
中から拾いだされた。この像の両眼はない。いかにももの悲しく見える。慈悲なの
か?憐れみなのか?恨みなのか?悲痛なのか?たしかに何かを訴えている。
辻井さんのピアノが自作曲の「それでも生きていく」に変った。
この曲は、辻井さんが東日本大震災に衝撃を受けて作曲したものだ。私は、この
曲は辻井さんがお母さんのお腹の胎内にいた時に聴いた曲ではないだろうか?
という気がしてきた。揺籃の安心感がありまるで心地よい羊水の中で揺られている
ような気が今でもしている。
辻井さんの存在は、同じハンデイキャップを持つ人に希望を、そして指先と心で
紡ぐ旋律はあまねく優しさと希望を思い起させてくれる。僕は、難曲リストのカンパ
ネラを聴きながらたしかにこのことを確認をした夕べになった。
蛇足ながら主催地元TV局の女性アナウンサーが司会進行をしたが
まるでこの方は言葉を所有していなくて邪魔だった。朗読もヘタで
堪えられない。これでは高校の放送部員の女生徒にお願いしたほうがいい。
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