オランダ坂から

はかなさは花月の門につるしたる金燈籠の灯より来るらし 勇

音楽

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ルー タバキンさんのフルートの音色から子供の頃の祭の情景が蘇った。作曲した秋吉さん

の魂を夫・タバキンさんの卓越した技量が僕をその情景へと導いた。

JAZZをどうして聴くのか?ー問われても困る。何故、旅に出るのかと同じで100人に聞けば

100人から異なる答えが返ってくる。

僕の場合、心が軽くなる。解放される気がして来る。

秋吉敏子さん 86歳、満州生まれ、クラッシックを志していた少女は、引揚げ地別府で

JAZZと出会う。1956年昭和31年、日本人として始めてバークリー音楽院へ

入る。まだサンフランシスコ条約が発効される前であるからOCCUPIED JAP

AN(占領国日本)の時代であり、連合軍総司令官のマッカーサーは「日本人は12歳

である」という言葉を残している。アメリカは、自由を求めて独立をしたが新天地を

求めた多種民族の差別の歴史であり黒人奴隷の歴史がある。基本的には、東部エスタッ

ブリッシュメント(アングロサクソン・白人・プロテスタント・東部名門大学卒)を

頂点に移民・黒人を差別してきた。映画「ウエストサイド ストリー」もその背景に

ある。キング牧師の有名な演説「I HAVE A DREAM」で名高い黒人の

長い公民権運動で獲得した法律に多くの血が塗りこまれている。この法律が出来たのは

1964年のことであった。日本人もその例外ではない。イエローモンキーと揶揄されて

いた時代であった。無論、全てのアメリカ人が差別に加担していた訳ではない。

 この背景の中で秋吉敏子さんは、才能と努力で今の地位を築いてきた。多くの人に

支えられてきた。

 プログラムにあるーHIROKO‘S DELIGHTは、まだ不遇の時代を支えて

くれたソニーの盛田社長時代の秘書の方の名前だそうだ。

 長崎は、5回目の公演になる。僕は、これで2回聞いたことになる。

誇れるものを何も有していない僕でもピュアーな孫に「ジージは秋吉敏子を2回も聞いた

んだよ」と言える。孫が10年後でも20年後でもその幸運に気がついてくれれば

それでいい。

   2016年4月24日 日曜日 曇天 長崎ブリックホール

   開演 午後3時  WITH アート クロウ ジャズ アンサンブル

 1部

 1・LONG YELLOW ROAD

 2・I LET A SONG GO OUT OF MY HEART

 3・POLLINATION

 4・FEAST IN MILANO

 5・HIROKO`S DELIGHT

 2部

 1・I KNOW WHO LOVES YOU

 2・TIME STREAM

 3・AUTUMN SEA

 4・FAREWELL(TO MINGUS)

 5・AFTEA MR TENG


  ◎ 上記のロング・イエロー・ロード(長い黄色の道)の作曲動機を次のように

    書いている。「在米4年、多種多様な人種が溶けることなくして創りあげて

    いるこの国で、アメリカ唯一の文化、ジャズに携わる黄色いプレイヤーの

    私は、これからの長い険しい道を想像して」とある。

                −参考文献「ジャズと生きる」秋吉敏子 岩波書店ー


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