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私は、「秋の日の ヴイオロンのためいきの 身にして ひたぶる うら悲し」
というベルレーヌの有名な詩が第2次世界大戦最大の作戦と云われた「ノルマンデイー
上陸作戦」の決行を知らせる英国からフランス国内のパルチザンへ流された秘密放送
に使われたことを最近知った。
その作戦の4年前、隣町ダンケルクは30万人の英仏軍がドイツ軍の侵略に敗れて
ドーバー海峡目指して撤退の為に集結していた。1940年の5月10日から6月4日のことであっ
た。6月15日にパリが陥落しシャルル・ドゴールはイギリスへ亡命し仏亡命政府を
立ち上げる。
撤退する兵士は、余りにも多く船が足りない。
漁船、ヨット所有者にも動員命令が下される。この映画は誰が主人公という訳ではない。
英仏の二等兵は、傷病者を担架に乗せ優先的に船に乗り込もうと長い行列の中へ
割り込みを図る。老紳士は自挺のヨットで17才の息子と救出の為に船を出す。それに
飛び乗る息子の友人。英国の空軍機がドイツ機にやられ海へ落ちる。海岸を埋め尽く
す船を待つ長い兵士の列に容赦なくドイツ軍機が襲いバタバタと死体の行列に変わる。
次々に救助船が爆破される。イギリス海軍大佐は、撤退最後の船に下士官から乗船を
促される。「俺は、ここに残るまだ仏軍がいる」
ヨットを操縦しながら老紳士は、息子に叫ぶ「やつらがこの海を渡ったらわが国は
無くなる」
この映画を見ながら「愛国教育」などつくづく必要ないと確信した。
だれでも国、自分の庭、家庭が他国により破壊されるときには立ち上がる。
イギリスの「ノブレス オブリジェ」は、国を救ったと云われている。
翻ってわが国軍隊の高官は後方で命令を出すだけであった。兵隊はバタバタと
率先して死んでいった。孤島でジャングルで寒いシベリヤで・・・未だ多数の亡骸は
アジア一帯の野辺の下に眠っている。
監督のクリストファーノーランは、幼少期をイギリスで過ごした経験を持ち父は
英国人、母は米国人だそうだ。
※ ウインストン チャーチル
ー歴史から教訓を学ばぬ者は、過ちを繰り返して滅びるー
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