オランダ坂から

はかなさは花月の門につるしたる金燈籠の灯より来るらし 勇

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鉄道唱歌「汽笛いっせい新橋のー」は、明治5年,日本の商業鉄道の夜明けを告げる。

それにしても、もう明治5年に商業鉄道を完成させたのは「明治の怒涛」を予感させる

出来事である。この蒸気機関は世界の海を制覇したイギリスに大英帝国という繁栄を

もたらした。

 陸蒸気と呼ばれた蒸気機関車が日本で最初に走行したのは、ここ長崎の大浦の海岸通り 
であつた。今の市民病院前の海岸通りは幕末から明治にかけて日本の最も西洋化した

場所であり西洋式ホテル、レストラン、新聞社、商社、銀行が軒を連ねていた。

この海岸の裏手の山の中腹に居宅を構えていたトーマス・グラバーが慶応3年1865年に

英国製の「アイアン・デユーク号」を600Mに走らせたのが最初である。これを見学した

人々の驚きはいかばかりであったろう。

 資料によれば、1853年嘉永6年、ロシアのプチャーチン率いる軍艦4隻が長崎港へ

入港する。その時に甲板上で模型の機関車を走らせたとあるが本物の蒸気機関車が

地面の上を走行したのはここ長崎の大浦海岸が最初であり、その記念碑である。




この日、石碑の斜め前の埠頭に大型客船「サファイア プリンセス号」が入港していた。

この船は、2004年4月地元、三菱重工長崎造船所て竣工した。116000トン、全長290メートル、乗客定員

2670名、乗組員1100名。今は、たしか英国の会社が所有している。今年、長崎へ入港を予定している

大型客船は197隻。サファイア プリンセスも4-5回は入港している。

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