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舞台は、ウエスト バージニア、画面に 「カントリーロード」の曲が流れる。
♪ カントリーロード僕を連れて行ってよ 僕が育ったあの場所へ
ウエストーの母なる山々 僕を連れていってよカントリーロード ♪
足が不自由で仕事を失い妻とも離婚した兄のローガン、弟は湾岸戦争で片腕を失い
酒場でバーテンダーをやっている。妹は美容師。運にも見放されたローガン兄弟。
兄は、ある計画を弟へ話す。
弟は、「僕はもう悪いことはやらない。足を洗う。しかし、兄貴はおいしいベーコン
を焼いてくれた。話しは聞くよ」といって計画が実行へ動いていく。
この計画には、金庫爆破の名人ジョー・バング(ダニエル・グレイグ)が欠かせない。
今刑務所へ入っているハングは、「俺は、今ベビー(囚人服)を着ている。どうし
て?」ローガン兄弟の話を聞きうなづく。
ダニエル・グレイグを007以外に初めてみた。初代のショーン・コネリーは007役
で固定したイメージが着くのを恐れて降板した。グレイグの007役はまだ定着してい
るとはいい難い。この爆破名人役もスンナリと見られる。
映画俳優に取ってヒット作のシリーズ物への主演は大きな目標でもあるが名声を
手に入れると自分の俳優としての存在に疑問を持ち始める。
渥美清の「寅さん」などが代表であるが渥美も晩年もがき苦しんだようだ。最後の
映画が「山頭火」。渥美はこの山頭火に自らを投影し没入した。ショーンコネリーは、
「レッド・オクトーバーを追え」で見事な脱皮を図った幸福な俳優である。
監督・ステーブン・ソダーハーグ
チャニング・テイタム ライリー・キーオ ヒラリー・スワング アダム・ドライ
バー
この映画から流れる「カントリーロード」を聞きながら考えた。
この曲の原題は、「take me home country roads」「故郷へ帰りたい」である。
1971年、ジョン・デンバーが歌って大ヒットした。アメリカ人はこの歌にどんな
感慨を持つのか。
1971年は、アメリカはベトナム戦争で泥沼に入り多くの若者の墓ができ多くの若者が
傷ついた。ピーク時には54万人もの若者がベトナムに派遣された。そしてアメリカは
敗北を味わい威信が揺らぐ。国内では公民権運動が激化し黒人と白人との対立も頂点を
迎えている。この歌は、僕を生んでくれたウエストバージニアへの望郷歌である。
大いなる自然の懐でしか傷ついた僕を癒してくれるところはないとデンバーは
歌っている。
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