オランダ坂から

はかなさは花月の門につるしたる金燈籠の灯より来るらし 勇

文学

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さよならだけが人生だ

 この言葉は、太宰治が最後の作品「グッド バイ」で引用しているので知られる

こととなった。

 自殺未遂を2度やり雨のふりしきる玉川上水で自死した太宰らしいと本人の言葉と

誤解している人もいる。本当は、太宰が師事した井伏鱒二が「中島健蔵に」と題した

小文の中にある。この文は、漢詩7編を井伏流に翻訳している内の1編、「干武陵の

歓酒」という詩である。

         歓 君 金 屈 巵 (コノサカヅキヲ受ケテクレ)

         満 酌 不 須 辞 (ドウゾナミナミツガシテオクレ)

         花 発 多 風 雨 (ハナニアラシノタトヘモアルゾ)

         人 生 足 別 離 (「サヨナラ」ダケガ人生ダ)

 井伏がこれを発表したのは、「作品」という雑誌に昭和10年3月であったが

執筆は1月2日にしている。井伏が38歳でこの軽妙洒脱な翻訳をし、井伏の家に

押しかけてきて散々迷惑をかけた太宰は40歳でこの言葉を引用した作品を残して

自死した。青森のあの重い暗い雪を知っている僕にはどうしても太宰文学の「不健康

」さには太宰の育った風土がのしかかる。


   参考文献 「文士の風貌」井伏鱒二著 1991年福武書店刊

 
  俳句は、疎い。

 季語集は何冊か持っているがたまに自分でも作ろうと思うが言葉が出てこない。

 小学校6年生の時に朝日俳壇に投稿したことがある。何日たっても連絡がなく、憤慨

 した。結婚して何かの話の折に義父が森澄雄氏と同級生と判り、義父か

 ら紹介してやろうかと言われたがもうその時には関心はうすろいでいたので

 話が進展することはなかった。

 掲題のエッセイは、誓子が「壁画」の昭和28年4月号に発表している。

 気になることが書いてあるのでメモしておきたい。


 「伊勢街道の堀切に藤岡さんという医者がある。その先代の頃無医村だった

  神島で病人が出ると舟で藤岡さんへ送り込んだ」

 神島は三重県ですが対岸の伊良湖の方が近い。伊良湖の岬からは島影がはっきり

 見える。三島の小説で有名になったが当時伊良湖からはたしか定期船は出ていない

 。しかもその間の伊良湖水道は流れが速く難所といっていい。名古屋港へ入る

 船は水深もあり激流のこの水路を通る。

 藤岡先生は、鉄砲と刀剣の収集を趣味としていた。

 鉄砲の話は、杉浦明平のエッセイにも登場する。松方弘樹の父親近衛十四郎も

 冬になると何度か先生宅に宿泊し狩猟に出ている。子供の頃、先生はインデアン

 ?のオートバイで往診していた。当時は無論珍しくその音が聞こえると子供達は

 暫く遊びを止めて見ていたものだ。

 長塚節が、明治36年に伊良湖へ渡り次の歌を詠んだと紹介している。

 伊勢の海をふきこす秋の初風は伊良湖が崎の松の樹を吹く


  この松林も伊良湖の景観を彩る趣もあったが今は少なくなった。

 防風林や水田の周囲に家の用材として当時は植えて管理していたが家の建築と

 しては使用しなくなり伐採したら植林をしなくなった。海岸の防風林も朽ちたり

 台風で倒木したりあるいは強風のために地面を這うような枝ぶりな松は庭木用に

 盗まれたりしても新しく植林もしていない。中電火力の周囲の松林も開発で見る

 影もない。この海岸の防風林に雨が上がった朝、松露を採りに行っていたが

 もう松露も幻となっている。


   崖椿 昔伊良湖へ行くをやめ

                 参考文献 山口誓子全集 明治書院


 

      

       旅上        萩原朔太郎

    ふらんすへ行きたしと思へども

    ふらんすはあまりに遠し

    せめては新しき背広をきて

    きままなる旅にいでてみん

    汽車が山道をゆくとき

    みずいろの窓によりかかりて

    われひとりうれしきことをことをおもはむ

    五月の朝のしののめ

    うら若草のもえいづる心まかせに

  萩原朔太郎(明治19年ー昭和17年)の有名な詩である。

 この詩が発表されたのは大正2年です。朔太郎は、前橋の開業医の長男と

して生まれたがフランスへの旅は当時、船で1カ月にも及び財力、体力が

なければ無理であった。鴎外は明治17年ドイツへ、漱石は明治33年イギリスへ

留学しているがこれは明治政府の人材育成の国家プロジェクトによる留学であった。

荷風、藤村、など財力に恵まれた一部の人達は洋行し始めているが朔太郎は、ほとん

ど定職についたことはなく高校も退学を繰り返している。親が反対するのも当然で

ある。そこで上記の詩となるがこの「背広」について言及してみたい。

 この時代には、「青山」も「アオキ」もない。

背広は、今では物価の優等生といってもいい。私は大学を卒業して入社する前に

「丸井」の月賦で購入して入社式に臨んだ。たしか3万円した。初任給が4万弱

だったので当時は高い買い物になる。今でも3万円で十分購入できる。

 朔太郎の時代、背広は「仕立てる」か「古着」の購入しかない。

この時代背広はまだ一般的ではない。背広に限らず兄弟、親戚のお下がりを着る

のが日常的であり成長に応じて衣服を自分用に揃えることが出来る家庭はよほど

恵まれた階級といっていい。大正2年前後の物価について言及してみたい。

大正4年で背広の出来上がりは25円(但し英国製布地)とある。大正7年の3食付下宿

が15円、大工の手間賃2円10銭、大正7年の小学校教員の初任給が12円ー20円。

     
 詩人・佐藤惣之助は、明治23年、川崎の本陣宿を営んでいた家に生まれた。

今では歌謡曲の作詞者として名を成している。古賀政男と組んで多くの流行歌を

遺している。「赤城の子守唄」は東海林太郎のヒット曲であり、「男の純情」

「人生の並木道」「湖畔の宿」と聞けば50歳以上の方であれば曲が流れれば口ずさむ

ことができる。その数多くの流行歌の中で「青い背広で」がある。昭和12年の

作詞である。ここにその詩を書いてみたい。これも古賀政男作曲、歌は藤山一郎で

ヒットした。


     青い背広で心も軽く

     街へあの娘と行こうじゃないか

     紅い椿でひとみも濡れる

     若い僕らの生命の春よ


     駅で別れて一になって

     あとは僕等の自由な天地

     涙ぐみつつ朗らかに歌う

     愛と恋とのひと夜の哀歌

 この詩は、宴席の酔眼で藤山一郎の着ていた濃緑の背広を見て思いついたという

説もあるが佐藤惣之助は、昭和8年に朔太郎の妹・愛子と再婚している。4歳上の

同業の詩人・朔太郎の上記の有名な詩「旅上」は当然読んでいると思う。

義兄・朔太郎とどういう交際があったかは調べていないが佐藤の「青い背広で」の

モチーフの基底に朔太郎の「旅上ーの背広」が沈殿していたのではないか?それで

藤山一郎の濃緑の背広を見て浮かんできたのではないだろうか?。たしかに旅に着て

行く背広は、茶では寂しい。灰色でも寂しい。青い背広が一番似合うのはまちがいな

い。大正期は、モダニズム・リベラリズムの勃興期であり、都市労働者の増大

ともに左翼思想が広がる時代でもある。大震災、金融恐慌、第1次世界大戦参戦、

ストライキ多発、治安維持法成立、この「青い背広で」が出来た年に盧溝橋事件

で日中戦争、太平洋戦争へと日本は暗い時代へ坂道を転げおちていく。

 朔太郎の「旅上」が出来た大正2年から惣太郎の昭和12年「青い背広で」は

丁度、大正期勃興したモダニズム、リベラリズムが線香花火の最後の輝きを放つよう

な明るい色調を持っているというのは考え過ぎか?


   参考文献ー岩波文庫「萩原朔太郎詩集ー三好達治選」
       「値段史年表」朝日新聞社刊

    



 

 詩人・立原道造が亡くなったのは昭和14年3月29日であった。

24歳の若さである。

 三輪福松は、死が目前にあった立原を療養所に見舞った。

「何かほしいものはないか」と尋ねると立原は

    「それでは、五月の風をゼリーにして持ってきてくれ」

と答えた。長生きできれば建築家としても大成したであろうに、結核の

病はこの天才詩人から命を奪った。


        ◎参考文献「古書邂逅 本豪落第横丁」品川力著 青英社刊。

司馬遼太郎の本から

 司馬遼太郎の本を読んでいたら、次の発言をみつけた。

「文学というのは、結局は自分の中にある少年の投影だと私は思っている。同時に自

分の中から少年が消滅したときに作家は小説を書くことをやめてしまうものだし、別

の表現でいえば、少年の感受性を多量に持っていなければ作家であることが成りたち

がたいとも思っている。」


 これは、実によく理解できる。言葉を変えれば「想像力」といってもいい。

とかく、作家の代表作は20代30代が多い。無論、谷崎とか野上弥生子といった例

外もあるが大方は世故の現実に歳とともにこの想像力は敗北していく。作家が晩年に

なれば「歴史」に題材を求めていくようになるのもその事例といえなくはない。


 「歴史の交差路にて」司馬遼太郎・陳舜臣・金達寿 著 講談社文庫1991年刊。

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