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「青春期に金持ちなのは不幸の一つかもしれない」
この題名で書くのにあたって書き出しが出てこない。それで苦し紛れにこの名言?を
誰あろう私が考えた。しかし、貧乏が幸福であるとは云っていない。
私の学生時代、地方から上京してきた奴は貧乏ばかりであった。赤いスポーツカー
で大学へ乗り付けてくるボンボンもいたが私たち困窮学生から見れば「あの馬鹿!」
と一言で軽蔑の対象にされていたが内実は嫉妬の炎が燃え盛っていただけだ。
広い世の中、上には上が、下には下がいるもので上を向いてもきりがない。下を
向いてもきりがない。同じ駅の近くに法政に通う高校の同期がいた。無口な奴で
親友と言う訳ではないが同郷・同窓なので時々会ってはいた。彼の住まいは、商店街
の豆腐屋が2階の階段横に無理に作った2畳半位の部屋に備え付けのベッドはあったが
その他備品らしい物はなかった。その彼がある日訪ねて来て、私の所有していた唯一
の金目の物「松下の5キロはあるオープンリールのテープレコーダー」を貸して
くれといって持っていった。
それから何ヶ月が過ぎ、駅前の毎日通る質屋のショウインドーをふと覗いたらその
テープ・レコーダーがあるではないか。それも私が付けた傷跡まで同じ。そのテープ
を見た最後となった。
とにかく誰も金がなかった。ポケットにある30円が全財産。金がなくなれば
バイトを探し、金の無い友人から借りた。それでも公平に太陽は昇り、朝は訪れた
。そんな連中の楽しみは下宿に集まりレッドかトリスかはたまた2級酒の
1升壜で酒盛りをする位であったが教授をこきおろし、流行作家をこきおろし
政治に憤慨した。最後はお決まりのY歌・春歌の合唱となった。
飲み会が盛り上がりそこで必ず歌われたのが「ヨサホイ節」であった。
1つでたホイのヨサホイのホイ
ひとり娘とやる時にやホイ
親のほうからせにゃならぬ
2つでたホイのヨサホイのホイ
ふたり娘とやる時にやホイ
姉のほうからせにゃならぬ
3つでたホイのヨサホイのホイ
みにくい娘とやる時にゃホイ
バケツかぶせてせにゃならぬ
4つ出たホイのヨサホイのホイ
よその2階でやる時にやホイ
音のせぬようにせにゃならぬ
5つ出たホイのヨサホイのホイ
いつもの女とやる時にゃホイ
四十八手でせにゃならぬ
まだまだ続く、空の1升壜を両手に裸で踊り出す奴も出る。絡みも出る。
泣きが出る。「俺の話を聞けー!」と叫ぶ奴も出る。この時ばかり困窮学生の
上にも太陽が輝いているのでありました。明日は、地獄の釜の蓋が開くというのに
ハチャメチャな夜は続くのであった。
◎ 参考文献 「日本童謡集」寺山修司編 光文社
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