オランダ坂から

はかなさは花月の門につるしたる金燈籠の灯より来るらし 勇

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夏みかんについて

 夏みかんが店頭の彩りを明るくしている。

私の育った所も家々には1本や2本の夏みかんの木があった。分家を戦後すぐに出した場所はみかん畑で

あった。戦前や終戦直後の頃まではそれでも貴重なかんきつ類であったと思われるが子供の頃には

もう見向きもされない蜜柑となっていた。たまに遊び疲れて近くにある他所の家の蜜柑に手を出すことが

1度や2度くらいはあったと思うがその度に「酸っぱさ」に閉口したものだ。

 夏みかんを見るとその「酸っぱさ」が思い出されて成人してもこの蜜柑に手を出すことはなかったが

この数年、近くの親戚から「甘夏蜜柑」を頂く。

これが美味いのである。この蜜柑の登場には詳しくはないが昭和の40年過ぎではないか?

適度な甘味に適度な酸味、これが自然でなんともいえないいい味である。今の果物、果実は、糖度追求

で過度に甘い。これが自然の美味さを破壊している。人工的甘さであり品種改良でこうなる。改良を

かさねるほど自然の作り出す美味さと程遠くなる気がする。

 店頭には4個200円位で大きな甘夏みかんが並んでいる。しばらくこの蜜柑を楽しむことができる。

味噌とみそ汁の具

 温かくなって来ると、普段使用している愛知武豊産の赤味噌が重たく感じられるようになって来るので

他の味噌と合わせるようになる。今は当地の麦味噌を半分いれているがこれがまだしっくり来ていない。

どの味噌と一番合うのか今年は色々と試して我が家の夏の定番味噌を完成させたい。

 みそ汁の具は、短時間に茹であがる物だとなんでもいい。季節の旬の野菜には事欠かない。

今は、わけぎ、若芽、油下の3種類を入れている。これがいい。美味い。

この中に頂き物の竹の子を入れることがあるがこれもいい。


     店頭にもう鰹が並んでいる。


        宮ちかく 立つ朝市や 初鰹

                  (秋櫻子選・季語集より)

台所用品

 彼岸も過ぎ、もう寒さは大丈夫だろう。


     日だまりや 黒猫と見つめ合う 温かさ


台所へ入る日差しも一段と明るさを増して来ている。このところどうも気になることがある。

台所にプラスチックの製品が沢山あることだ。それはそれで便利なのであるが気になる。

薄くて軽くて用途としては申し分がない。しかし、使用してきたそれらは、決して「美しい」とは

云い難い。使えば使うほど貧相になっていく。

 骨董用語で「古色」「時代色」というのがある。これは、年数が経ち使い込まれ美をいう。

陶器、木製品、竹製品にはそれが出る。その反対にプラスチックにはそれがない。薄汚れて行く。

便利は高度な文明から生まれる。高度な技術を伴う。しかし、それが「美」を伴うとは限らない。

使い込まれた竹篭などは美しい。熟練した職人技がいるが高度な技術を伴う訳ではないが「美」が

生まれる。

 私の残存時間ももう豊富にある訳ではない。

今まで「便利」「廉価」で台所の用品が集まった。少しくらい高くても使用に耐えるもの、次の

世代も使いたいという物を探していこうと思う。

ただ今、禁煙中

 イギリス人のどなたかの言葉に「禁煙は簡単である。問題は継続できるか否かである」というのを

聞いたことがある。なるほどとも思う。

 実は、去年の1月5日から禁煙中です。なにも健康を考えた訳ではない。当時も煙草の増税論議が

あり600円にしろ、700円がいいという論調であった。それにキレテ禁煙を決意した。長年、喫煙し

ていていまさら禁煙しても意味がない。本当は1月1日からと予定していたが意志軟弱で灰皿の「しけモ

ク」を探して吸っていたが家中どこを探しても煙草が1本も無くなってやっと我慢した。3週間過ぎると

大丈夫ともいうが「今でも吸いたい」禁煙して、体調がよくなったということもない。吸っていたときも

体調はいい。格段、太ってもいない。正直に書くと、夏の終わりに1本吸った。これは、旧外国人居留地

にある「史跡・香港上海銀行」の中で音楽界があり、未だこの建物の中に入ったことがないので丁度

いいと思い出かけた。家人と待ち合わせ時間にまだ大分あり前の港を埋め立て造成した公園を散策した。

多くの釣り人がいた。その時に熊本から来た青年2人と仲良くなり煙草を1本頂き吸った。格別、旨い

とも感じなかった。そして、今週の月曜日に「税金申告」に出かけて一箱購入し、現在は又、禁煙中で

ある。

 煙草に掛かる税金は、1・国たばこ税 2・地方たばこ税 3、たばこ特別税 4、消費税が

かかる。これを合計すると一箱に対して63,2%の重税になる。

この税率を見ると、いかに国家の税というものは弱い者から簡単に取るということは、明治6年に

税が金納になって以来の本質でありなんの変化もない。酒税と比較しても格段に高い。喫煙者は高額・

高率な税を払ってはいるが個人であり国家になんの圧力・抵抗勢力とはなりえない。そのために

簡単に増税をする。この数字は、江戸幕藩体制だと一揆がおこる税率である。大概に江戸期、各藩は

5公5民が多かった。司馬さんの本を読むと今でも紀州徳川家は、県民から嫌われているとある。

それは他藩と比較して重税6公4民という税を課したからであると書いてある。税の怨念は深い、今に

続いている。私は、もう「煙草は、販売禁止」にすべきであると考える。煙草のラベルに書いてある

癌への注意事項を読むと恐ろしくなるがこれは国家が書かせている。それほどの害があるなら即刻

販売中止したほうが増税名目のデッチ挙げ理屈「健康維持になる」にもかなう。販売中止となれば

煙草農家、たばこ会社に一時的にダメージとなるが「販売中止」を実行して医療費削減となれば

効果ははかりしれない。即刻販売中止すべきである。これほどの危険なものを国家が認めて販売する

のがおかしい。セコイ増税でこそくな対応はすべきではない。

 禁煙すると、早速周囲の人間に嫌な顔をして「禁煙を勧める男」が必ずいる。こういう人物こそ

迷惑なはなしで昨日までさんざん吸っていて自分が禁煙したら理屈をつけて禁煙すすめる。現役の

ときも典型的な男が上司にいた。この手合いは一番困る。禁煙したければする。吸いたければ吸う。

それでいい。他人がとやかくいう話しではない。「副流煙の害」をいう輩の無知も困る。それを云うなら

せめて、車に乗るのをやめてから発言をしなさいといいたい。車の排気ガスほど「健康と地球」に悪いも

のはない。自分の車の尻から排気ガスを撒き散らしておいて「煙草の副流煙」が迷惑だとよくも言えたも

のである。喘息の患者は、この排気ガスで即死に近い死に方をする。実際、毎年死んでいる。



     「煙草のパッケージに印刷されている文言」

   ・・・喫煙は、心筋梗塞の危険性を高める。・・喫煙者は死亡する確率が非喫煙者の1,7倍
   ・・・・周りの人、乳幼児、子供、お年寄の健康に悪影響を及ぼす・・・・

喫茶店の変貌

 私の年代は、「純喫茶」「名曲喫茶」などに親しんできた。しかし、喫茶店という言葉はもう死語に

なりつつある。若者の間で「茶店」という言葉も会話に登場しない。最近の主流は、チェーン展開の

「カフェ」である。これが清潔さと安さで客を集めている。

 従来の喫茶店のイメージは、煙草の煙が充満し机の上には読み残した新聞、週刊誌が乱雑におかれて

いる。店内も決して清潔とは云い難い店が多かった。客はほとんど中高年の男性である。長崎も従来型の

喫茶店が集まって集客の知恵を絞っているが統一したコーヒー豆の販売くらいの知恵しか出てこない。

もう私でさえ「従来型喫茶店」は選択肢の中に入っていない。商店街の散歩の時には必ずこのカフェに

よるが客は女性の方が多い。清潔、それも安い。170円で飲める。完全に分煙されている。ブック・オフ

のカードに入っていてポイントが付与される店もある。

 商店街を散歩すれば、経済の動向が解る。その街の特性が解る。

今は、どの店舗ももがき苦しんでいる。客がいるのは野菜の直売所だけである。それだけこの不況が

直撃している。

 


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