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6月18日(土)
いよいよ今回フランス訪問の最大の目的である「Foot a 7国際大会」
この大会は、パレスチナ・ガザ地区の復興と発展を願う大会でもあった。
フランス・パレスチナ・アルジェリア・日本から全部で14チームが集う大会でした。
「ガザのための大会」というが掲げられているが、みんなサッカーボールを前にするとごく普通の熱いスポーツマンになる。
アルジェリアの選手は結構年齢が嵩んでいたがそんな事は微塵にも感じさせない。
年齢差によるカテゴリ分けもなく、みんな平等な立場でFoota 7を楽しんだ。
派手に飾り付けられた本部。この大会にかける意気込みが感じられる。
人工芝のピッチ状態はちょっと悪かった。
侍ブルーが映える。
昨日会ったサンドニ県のスポーツ課の課長も応援に駆けつけてくれたり、ボンゴ(アフリカの打楽器)集団による応援もあったりして(日本のチャンバラトリオの乱入もあり)、非常に盛り上がった。
試合終了後の恒例になった写真撮影大会ではお互いのユニフォームや持ち物を交換したりして親睦がより一層深まりました。
9人の侍たち、ちょっとお行儀悪かったけど、頼もしい奴らです。
ボンゴによる応援団。リーダーの額には優勝の鉢巻が(それも天地逆・・・)
ミニジダンとはしゃぐ侍たち。
外人コンプレックスが完全に溶けた。
ホテルへ戻って、最後の晩餐。
メニューは相変わらずの物でしたが、明日はみんなとお別れだと思うと何とも味わい深い食事となりました。
そんな中、アルジェリアの方から、「今度、アルジェリアに来ないか?」と持ち掛けられた。
いつになるか判らないが、是非訪れて、再会したいものです。
最後の晩餐。
毎晩のようにロビーで2次会を行い、その片付けをしてくれた御方。ありがとー!
目的のクラブは夜中の12時を回っているのに若者たちでごった返していました。
ダンスフロアの人いきれにむせ返りながらも最後のフランスの夜を堪能した。
帰りはタクシー。
僕ら全員がタクシーに乗り終えるまでアントワンヌは付き合ってくれた。
もうほんまにいい奴です。
アントワンヌ。広いマンションにチョンガー住まい。
また日本へ来た時は、絶対連絡してくれよな!
深夜のクラブ。日本のそれと変わりなかったが、周りが外人ばっかし
だった(当たり前か!?)のは異星に来た感じ。
6月19日(日)
最終日。
長かったような、あっという間だったような、複雑な思いで目が覚めた。
荷物は昨夜のうちに整理していた。
ぎゅーぎゅーに詰め込まれたスーツケースに今回のフランスの思い出が一杯詰まっている。
アルジェリアの団長が別れの挨拶に来てくれた。
ジダンにそっくりな奴なので、僕らが渾名でミニジダンと呼んでいた奴は、わざわざ空港まで見送りに来てくれた。
のりちゃんともここでお別れ。
やさくれどもの下ネタには辟易したでしょけど、僕らの添乗員のように最後まで根気良く付きあってくれました。
体に気をつけて、夢を追い続けてくれと言って別れた。
さよならフランス、さよなら仲間たち!また逢う日まで!!
エピローグ
フランス。
はっきり言って、最初は楽しみよりも不安の方が大きかった。
こんな長期間休みが取れるのだろうか?
ほったらかしにする家族はなんて思うか?
ただ単なる観光ではなくて、「交流」というのをうまくこなし、次に繋げることができるやろか?
・・・
・・・
・・・
だけど、根っからのエエ加減な性格が幸いしてか、関空で税関を無事通過した時にはそんな不安は全てぶっ飛んだ!(待合ロビーで飲んだ生中の旨かったこと!)
フランスでの10日間、なんもかも忘れて満喫できた。
やっぱり人生の中でのビッグ・イベントだろう。
「フランスに知り合い・友だちができた!」
はっきりこう言える。
これってやっぱり凄いことやと思う。
サッカーやってなかったら、NJSFに携わってなかったら・・・
おそらくは退屈な人生を過していただろうと思える。
人それぞれ色んな人生あると思うけど、今のところ俺って、恵まれたいい人生歩んでいると思える。
こんな機会を与えてくれた全ての人々に感謝あるのみです!!
ご静聴、ありがとうございました。
メルシー・ヴォク!!
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サッカー
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6月16日(木)
FSGT本部を訪問。
パリ中心街の高層ビルの1フロアを占めるオフィス。
(NJSFの事務所と比べるのはここでは止めとく)
前面カーテンウォールのオフィスビル:
やはりNJSFの事務所と比べてしまう・・・
日本チームは揃いのユニフォームで挑んだ。
おそらく専従者であろうと思われる人たち10数人が各自のデスクでパソコンに向かい仕事をしていた。
至る所に日本のお土産(NJSFのロゴ入りがほとんど)が飾られているのが印象的だった。
Foot a 7の歴史と今後の在り方を話し合った。
11人制のサッカーと違い、制約の少ない強制されない競技であること。
ノーレフリーとセルフジャッジの意味合いは異なるということ。
勝ち負けより楽しむことが目的とは言え、やはりスポーツである以上「勝つ」という気持ちが大事。
等々、NJSFでも既に開催しているFoota 7の理念とさほど食い違いがなかったことが確認でき、今後はもっと発展させていける自信がついた。
アルジェリアもパレスチナもFoot a 7の素晴らしさを再認識した感じでした。
立派なデスク
ちょっとお疲れ気味の日本代表
後日開催される国際大会の横断幕が披露された
9人の侍が揃ったところで、地元チームも交えてのFoot a 7の練習試合。
結果は・・・まあ今日はウォーミングアップということで(笑)
眠たくなりそうな会議より、やっぱりボールを蹴ってる方が楽しいに決まってる!
It's a 国際交流!
本日のディナーもホテルでなく、市街地の小さなレストランでの食事でした。
前菜からメインディッシュ、そしてデザートまでの本格的なフランス料理。
アルジェリアとパレスチナの方々は、その宗教の教えによりアルコールを口にしない。
一方、日本人たちはワインを片手に盛り上がる。
通訳ののりちゃんは余り飲まないが、甘いデザートには目がないらしく、2人前をペロリと平らげ、その後テンションが絶好調になったのを見逃しはしなかった。
前菜:トマトとモッツァレラチーズにバジルソースとワインビネガー
メインディッシュ:写真を撮るのも忘れるぐらい旨かった
6月17日(金)
サンドニ県の庁舎を訪問し、スポーツ課の課長と市長との面会。
厳格な庁舎内部に緊張も高まる。
少し待たされて市長が現れた。
その体格の大きさに圧倒されるが、人懐っこい笑顔に緊張も解きほぐれた。
シャンパンで乾杯。
喉が渇いていたせいもあるが、その美味しさに何杯もおかわりしてしまった。
国旗のトリコロールカラー:青は「自由」、白は「平等」、赤「博愛」
市長さんと肩を並べさせてもらった
庁舎のすぐ前の広場で露天市場が店をひろげていた。
スリに用心しながら土産用にTシャツ数枚を値切って購入。
広場の一角のオープンカフェでビールとカプチーノで再び喉を潤す。
写真に写っている物がなんであれ、色とりどりだとなんか賑やかで良い
アルジェリアとパレスチナの方々は、礼拝の日だったので、パリ市街にあるモスクで途中下車し、我々はフィリップ夫妻案内の元、パリを観光。
フランス料理には飽きてきただろうということで、フィリップの計らいにより、日本人街の一角にある中華料理屋でラーメンとギョウザを御馳走になった。
コンコルド広場からシャンゼリゼ通りを経由して凱旋門まで歩いた。
さすがパリの目抜き通り。人が溢れている。
石造りの古い建物が道路の両側を埋め尽くしている。
でも感じたのは、この街並みに東洋人(黄色人種)は似合わないということ。
地元の人たちがラフな格好で歩いている姿は、石造りの街並みにやけに溶け込んでいて、我々東洋人がどんなにおしゃれを決め込んでも到底太刀打ちできない。
ムッシュ・フィリップとマダム・マリー:お世話になりました!
シャンゼリゼ通りにあるマカロン発祥のお店
同じくシャンゼリゼ通りの一等地に建っているLV本店
やっぱり一応こんな写真も撮っとかなアカンと思い・・・
ちょっと裏通りに入ると、こんな洒落たBarが・・・
その足元にはDog's Barとある。
壁からチョロチョロと水が流れて石の受け皿に溜まっている。
お犬様専用のBarでした。洒落てるわぁ!
なんぼ格好付けたってこの街並みには似合っとらんよ、ありちゃん!
ホテルへの帰り際、FSGTのクライミングクラブの練習会場に行った。
体育館の壁に色とりどりなクライミング用の偽石が埋め込んであり、それを頼りに壁を登っていくというお馴染みのやつでした。
我々も挑戦させてもらった。
ただファイアーマンの2人が買出しのために不参加だったのが残念でした。
帰ってからその事を話すと、いつも訓練でやっているのに、是非やりたかった〜と嘆いていました。
膝の状態が良かったら・・・今回は撮影班に徹しました
帰りのメトロ車内:隣はマダム・マリー
手にしているのはフランス語のタブロイド誌(笑)
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6月14日(火)
今回フランス行きの大きな目的のひとつでもある、FSGTセーヌ・サンドニ県の事務所を訪問。
アルジェリア、パレスチナ、日本の自己紹介。
当然のように東日本大震災のことを問われた。
「みんな心配している。我々はいつでも心は一つである。
足らない物、困った事があればなんでもいいから言ってくれ」
と言われた。
パレスチナ・アルジェリアとも自分の国はもっと大変なのに、こんなことを言ってくれるなんて・・・
各国のロゴの入ったペナントとスカーフを交換した。
真面目な会議
ホテルのバイキングより良かったかも
最後にFSGTジャン・ポールの話、
「連帯というのは一方通行ではけっして長続きしない。お互いの内情を知り、伝え合う交流が大事なことである」
『交流』という言葉に、何をもってその目的が果たせたか?とずっと考えていたが、このジャン・ポールの締めの言葉でその答えが見つかったような気がした。
93というのはその地域の番号を示している。
その後、バスに乗ってスポーツ施設の見学。
まずは乗馬クラブのある広大な施設。
ここでは乗馬するだけでなく、馬の飼育から調教、はたまた乗馬に関する教養を養う教室まで全てを補っている。
乗馬を趣味とする人っていうのは、日本ではハイソサエティだけがする印象があるが、ここでは小学生が水泳教室に通う感覚で、庶民に身近な存在になっている。
乗馬クラブ-1
乗馬クラブ-2:人懐っこいポニー
他に体育館とサッカーグランドが併設された施設も見学。
その広大な敷地と立派過ぎる環境を目の当たりにすると、日本のスポーツ施設の貧弱さが目に浮かび悲しかった。
結局今回のフランスで「土」のグランドはお目にかかれなかった。
6月15日(水)
フランス・パリへ行ったなら必ず訪れるべき場所であるベルサイユ宮殿。
観光客でごった返す現地に到着。
ルイ14世です
白亜のベルサイユ宮殿です
代表的な「鏡の間」それに天井画や壁のレリーフは、よくこんな細かいものを描いたなとただただ感心。
大理石で造られた宮殿も立派だったが、綺麗に刈り込まれた植栽と立派な彫刻が施された噴水がある庭園が見事で、その広さに圧倒されました。
日本の枯山水とは全く違った庭の作りに美意識の違いを感じた。
ベルサイユ宮殿-1
ベルサイユ宮殿-2
ベルサイユ宮殿-3:鏡の間です
ベルサイユ宮殿-4:宮殿内部の絵は全て聖書にまつわる絵だそうです。
仏教徒のわしには勿体無い
ベルサイユ宮殿-5
ベルサイユ宮殿-6:枯山水とは程遠い美意識
ベルサイユ宮殿-7:地平線の果てまでベルサイユ所有の敷地
時間があったので水彩絵の具でスケッチをした。
描いた絵を覗き込んでいたフィリップのワイフであるマダム・マリーさんから
「お〜ピカソ!」
と言われ、しかしその絵の下手さ加減を見てか、
日本から来たからあなたは「ピカチュー」だと言われ、今後ずっとその名前で呼ばれ続けた。
まあ本人にしてはまんざらでもなかった。
映画「アメリ」の舞台になったカフェで休憩。当然のごとくビールをいただく。
本場のカフェで飲む冷たいビールの味はまた格別でした。
小洒落たBAR
内部はこんな感じ
ホテルへ戻ると後発隊のファイアーマン(消防士)2人と合流。
これで9人の侍が揃った。
長旅の疲れを感じさせない2人と伴って、アントワンヌが夜のパリを案内してくれた。
幅が10mほどの運河のほとりのカフェでビールとワインを御馳走になる。
運河の両岸にはアベックがいちゃついている。パリの道頓堀という感じだろうか。
なんか飲んでばっかし・・・
パリの道頓堀川(笑)
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6月12日(日) さていよいよボールを蹴られる日がやってきた。
ホテルから約1時間バスに揺られて、小高い丘の上の森の中にあるグランドに到着。 周りを木々に囲まれ、びっしりと芝生が生え揃った最高のピッチ。 テンションが上がらない訳がない。 ボールを1球だけ持ってきていた。 僕らがそのボールを蹴ってウォーミングアップを始めると、他のチームの選手たちもどこからともなく、その輪に加わってきた。 それまではお互い少し遠慮ぎみで、面と向かって会話を交わすことなどなかったが、こうしてみんな笑い合い心底楽しくボールと戯れている姿を見て、言葉はいらないと思った。 サッカーってほんとうに素晴らしいスポーツだというのを思い知りました。 ボールが1つあれば言葉はいらない
今日の大会は、フランス全土に2000チーム以上あるFoot a 7の全国大会でした。
各地から予選を勝ち抜いてきたチームだけあって、どのゲームを見てもハイレベルなゲームで、見ている観客を飽きさせない。 やっぱりサッカーは芝生の上が一番
特に決勝戦は、それまで試合に参加していた全チームがピッチの周りを囲み、ワイのワイのとうるさいほどの声援をおくっているのを見て、なんかほんとうに「いいもの」を見せてもらった感じがした。 大会途中のランチタイムでは会場の一角にある小屋でフランスパンのサンドウィッチを戴きました。 50cmほどの長さのフランスパンをタテに割って、レタス・トマトと炭火で焼きたての肉をはさみ、好みでマスタード・ケチャップ・マヨネーズを塗りたくって食べる。 シンプルでかつ、これ以上のご馳走はない。 スポーツをしている間はアルコールはご法度。 COKAがまたこの硬いフランスパン・サンドウィッチによく合っていた。 グランドの一角にしつれられたサンドウィッチコーナー
お肉の焼く匂いが食欲をそそる
わが日本代表の戦績は、2勝2敗1分のイーブンで、まずまずと言ったところでした。
明日から所用でニューヨークに行くというヤシンヌとここでお別れ
オルヴォワール・アヴァントゥ
大会を終えてもまだまだ日は高く、ホテルに戻る途中でモンマルトルに寄った。
ハイネケンビールを片手に丘の上に続く階段を登る。 丘の上に立つサクレ・クール寺院も見事だが、振り返って見下ろしたパリの街並みにタメ息が出た。 六甲から見下ろした神戸の街並みとはまた違う感動がありました。 土産物屋が軒を連ねているのをひやかしながら歩いた。 とりわけ、似顔絵を描いてくれる店が多かった。 時間があれば自分の似顔絵を描いてもらいたかったが、「ボられる」と聞いていたし、時間も忙しなかったので諦めた。 露天の店で今夜の反省会用にワインと生ハムを買って帰った。 モンマルトル-1:パリの街並みを見下ろす
モンマルトル-2:丘の上に建つサクレ・クール寺院
モンマルトル-3:言わずと知れた芸術の都
モンマルトル-4:ピカソやルノワールも通ったんだろうか 6月13日(月) 朝は涼しい。
Tシャツ1枚だと寒いくらい。 とにかく湿度が低いので、気温が上がっても日陰に入るとス〜ッとして心地よい。 日本の6月は一年のうちで一番不快な季節だが、ここでは一番BESTなシーズンなのかもしれない。 昨日とは違うグランドで地元チームとアルジェリア、パレスチナ、日本の5チームでの1day大会。
ピッチは人工芝だったが、芝がへたっていて、中に敷き詰めてある引っ掛かり防止用のゴムチップが走るたび、ボールが跳ねるたびに砂のように舞い上がる。 だけど普段は土のグランドばかりでサッカーをやっている者にとっては贅沢な悩みというもんなんだろう。 4試合行ったが、日本にもやってきたミカエル(プレゼントしたひらがなのネーム入りのユニフォームを着てくれていた。嬉しいやっちゃ!)とファビアンが助っ人に加わりくれたり、ゲームが終了するごとに相手チームと記念撮影会になり「交流」というのは充分に果たせた。 ミカエルとファビアン:いい奴らです
いい交流ができました
また今日もランチはフランスパンのサンドウィッチでした。
今日はハイネケンがあった。 やっぱりこいつが一番! 全試合が終了し、表彰式。 JAPAN・blue'sもトロフィーをいただき、いいお土産になりました。 |
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プロローグ
2年前の2009年9月、FSGT(Federation Sportive et Gymnique du Travail)の代表団を日本へ招待した時から今回のフランス訪問が始まっていた。
「今度はフランスへ来て下さい。歓迎したします!」 過去に2回フランスへ呼ばれて、全国サッカー協議会から色んなメンバーが訪仏している。 「ぼちぼち俺の番かな・・・」 と思っていたし、周りの者からも、 「誰を差し置いてでも、○△さんは絶対行っとくべきや!」 という声が多く上がっていたのは事実。 「では2年後の2011年に行きます!」 とほぼ即答状態で返事した。 当時は、 「まだ2年先の話やしな」 とたかをくくっていたが、日が迫ってくるうちに、 「ほんまに行けるんやろか・・・」 という不安と焦りが募ってきた。 約半年ほど前から職場の上司に半ば強引に、
「6月に10日間ほど休暇もらいます!」 と宣言し許可を貰えたならこっちのモン! 最初にして最大の難関を越えられた。 続いて家族の了承?何それ? 足掛け25年を掛けて、 「サッカー行事ならしゃぁない、勝手にしたら」 という境地に来ていたので問題は無かった(かな?) 6月10日(金)
寸前になってメンバー交代劇があったりしたが、7人(あと2人は後発隊)の侍たちは、エール・フランス機に13時間乗って、パリ・ド・ゴール空港=通称ロワシー空港に降り立った。
エール・フランス機内:各自液晶モニターの付いた座席。日本語訳の映画もやってた。
FSGTアランさんと通訳ののりちゃんが迎えに来てくれていた。
成田組とも合流し、アランさん運転の1ボックスカーに乗り込んだ。 あいにく外は雨。 空港の周りこそ、日本のそれと変わりない風景だったが、市街地を抜けホテルのある郊外に差し掛かるとテレビや本で見た「ヨーロッパの町並み」が続いたているのを見て、やっと異国へ来た実感を味合わさせてくれた。 みんな長旅の疲れも見せず、テンションは上がりっぱなし。 ホテルに到着。
割り当てられた部屋は、ツインベットのまずまずの部屋でした。 hotel Campanile 407号室:団長のわしはこの部屋を独り占め。
軽くシャワーを浴び、1階のダイニングでフランス初の食事。
ビュッフェ形式でしたが、ワインもいただき大満足。 食事後、ホテルの近所を散策。 夜9時を過ぎているのにお陽さんが高い。 しかしお目当てのカフェは見当たらず、お楽しみは明日以降に取っておくことにした。 ホテル周辺の街:路面電車もあるよ。この時点で夜9時。
6月11日(土) 翌朝。
疲れているのにぐっすりと寝付かれず、朝食の準備が整うのを見計らって1階に下りて行った。
クロワッサンは、さすがは本場の味。 朝食後、アルジェリアとパレスチナの代表団、日本そしてフランスの面々とサロン(会議室)で自己紹介を兼ねた面談。 2年前に日本へ来ていた、フィリップとヤシンヌとも会い、今後はニックネームで呼び合うことにした。 日本の代表団も訪仏するために、簡単に休みが取れなかった苦労話をしたが、完全な独立国でないパレスチナは出国するにも難しく、ビザの取得に苦労したという話を聞いたり、アルジェリアもインフレが続いており、国内情勢が厳しくて海外へ行くのもなかなかできないというような話でした。 なんか、長期休暇を取ったり家族の了承を得るのに難儀したという、いかにも日本らしい話はここでは屁の河童みたいなものでした。 そして質問されたのが「東日本大震災」のことでした。 「FUKUSHIMAは大丈夫なのか?」 と聞かれたことからも判るように、「FUKUSHIMA」はHIROSHIMA・NAGASAKIに続いて、既に世界共通語になっていた。 ホテルのサロンでの集会:アルジェリアとパレスチナの連中、左は今回めっちゃ世話になったフィリップ
今日は、ゆっくりとパリ観光。
大型バスで全員揃って移動。(楽と言えば楽だが、その分自由が利かないのが難点・・・贅沢な悩み) セーヌ河沿いの石造りの建物は、さすがヨーロッパ・フランスだというのが実感でき、日本では絶対に無い街並みである。 中でもノートルダム寺院は迫力満点でした。 バスの車窓から:その1
バスの車窓から:その2、ノートルダム寺院
バスの車窓から:その3、言わずと知れた・・・
エッフェル塔を間近に眺められる、シャン・ド・マルス公園でバスを降りる。
観光客でごった返した緑豊かな公園。 その先にエッフェル塔が威風堂々とそびえ立っていた。 綺麗な装飾が施された鉄骨、4本足の広がり、展望フロアと全体の高さといい、全てがバランスよく、これぞエッフェル塔という感じ。 パリ市街は平地で周りに山や高い建物がなく、この塔の存在感が嫌が負うにも目立つ。 パリのフランスの象徴であることは現在でも変わりない。 エッフェル塔:その1、7人の侍たち
エッフェル塔:その2
エッフェル塔:その3
ディナーは街の中の小さなレストランで本格的なフランス料理堪能し、一緒に帯同してくれたファビアンお薦めのワインも旨かった。
ファビアンお薦め:2009年ボルドー産
食後は、フェリーに乗ってセーヌ河を川下り観光。
暮れなずむパリの街並みを川面から眺めた。 お世辞にも綺麗とは言えないセーヌ河。 だけど川岸では、カップルや若者たちがたむろしていて、さしずめ京都の鴨川を彷彿とさせる。 ライトアップされたエッフェル塔:10時、11時には更にライトアップがバージョンアップされた。
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