幸福点の花束

新鮮、もう一度読みたい作品つくりを目指します。

幸福点エッセー

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絵を描きたい心

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このごろ2つの美術展を回遊した。

9月の初め六本木ヒルズにグリーブランド美術館展をみた。

先週はNHK『日曜美術館30年展』をみた。
上野公園の大樹はたおやかに初秋の空に揺れ
開館そうそうから東京藝術大学大学美術館には人集りしている。

NHK教育に「新日曜美術館」の番組がある。
この番組30年間、続いているらしい。
僕は絵が好きでときどき見ている。


油絵を描きたい。
僕は絵を描きたい。
僕も絵を描きたい。

しかし、僕には絵は描けないのだ。
スケッチブックに描く素描からして崩れている。
人参を写生したら食パンと見分けがつかない。
そこに絵具を塗るとウンチに見えてしまう。

それでも僕は油絵を描きたい。


僕は一つ面白いことに気づいた。

抽象画である。
素描なくして描けそうな抽象画である。
抽象画といえども素描基礎はいるだろうが、
僕は僕の心の内面を抽象画にしてみたい。・・のだ。

いま、画材を一つずつ集めている。


僕の抽象画をブログで公開できる日も近いだろう。
『けんたろうの抽象画』とタイトルで・・。

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今日、大相撲秋場所の14日目。
また朝青龍が優勝する気配だ。

9月20日(11日目)に僕は国技館に足を運んでみた。
いわゆる相撲見物である。

相撲は不思議なスポーツである。
スポーツ観戦というより見物が似合う。

前売り券がとれなかったので朝8時30分に国技館窓口へゆき、当日券を買った。
朝早い土俵なので客が疎らだ。
僕は土俵だまりの紫座布団に座った。(この席を買った客がきたら退こう)

鬢付け油の匂いがぷーんと鼻にくる。
丸い狭い土俵。
神社屋根のつり天井から照明が照る。
真裸の男、若い褌一本のふたりの男が、照らされる。
褌はTバックのようにエロチックに褐色の股間にもっこりとくいこむ。
四股を踏む脚が天井へ上がると、褌の隙間から黒いもの・・窺える。
蹲踞の姿勢はさらにエロチックだ。
性行為に入ろうする男女のようにエロチックだ。

真裸の男を裂くように行司が色っぽい形の軍配を握っている。

二人の男が激しくぶつかりあう。
息をこらして激しく筋肉を躍動させる。
ああ、勝負があった。
勝った男に装飾いっぱいの束帯の行司が色っぽい軍配を翳す。

男達は神事を執り行うように生真面目顔で土俵からおりた。

僕は館内を見渡した。
女性客が多い。
10代から80代まで、女性客が来ている。

ああ、これか。
・・これだ。

相撲はこれからもすたれそうですたれないだろう。

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『通りがかりの津軽(1) 序編』

ダザイ・オサム(太宰治)のことをダサイ・オサムと呼ぶ男がいた。
ザが清音のサになって読むと、ダサイ・オサムとなる。
ダサイと読んだ男は何か太宰治に敵意でもあったのだろうか。

僕は太宰治の作品を17〜18歳頃に読んだ。
小説はそれなりに面白かったはずだが、すっぽりとのめり込まなかった。
それには太宰作品を読んだ年齢に関係するのだろう。17歳を過ぎていた。
もう3年早く中学生のとき読んでいたなら太宰治と一生距離をおかない関係になっていたにちがいない。(啄木はまさにその中学生のとき読んだ)

数十年ぶりに『津軽』を読み返してみた。
ところどころ記憶にあるだけでほとんど忘れている。
読みかえしてみて難しい熟語が多いに気づく。
今回は電子辞書を片手に熟語を調べながら、よく理解して読んだ。

僕は1999年に青森県に滞留したことがある。
会社の仕事で同僚と北海道から東北地方を巡回したのである。
製造したタンクローリー車の機器に異常がありこっそり点検修理して廻ったのである。
本来ならば国土交通省に届け出てリコール措置をとらなければならない。

北海道の措置を終えて津軽海峡を渡ったのが1999年8月末であった。

下北半島、津軽半島はじめ青森県内を一巡した。
滞留期間は約2週間であった。

太宰が旅した『津軽』の町や村へ僕も通りすがりではあるが踏み行った。
太宰は1944年5月ごろから3週間津軽を旅している。
僕は1999年9月半ばに津軽半島を通りかかった。時代は55年新しくなっていた。


僕は久しぶりに随筆を書いてみたくなった。
津軽の紀行文を書きたいのであるが通りすがりと年月が経すぎて記憶がほとんどないのである。
そこで『津軽』に登場する地名をたよりにあてどなくそぞろ歩きに随筆を書いてみようと思う。

『津軽』に沿って何度かシリーズで書こうと思う。
テーマなどなく漫然と、太宰『津軽』の虎の威を借りる狐になって書き進めよう。

短歌・鉄の愛しさ

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野に座るやぶれ戦車に手触ればボロボロボロの鉄の愛しさ


よく降る雨だ。
梅雨の季節だからしかたがない。

じっと降る雨を耐えながら思うことがある。


錆びる。
この梅雨の時季に鉄がどんどんと錆びて欲しい。
僕は鉄が錆びてボロボロになっているのを見るのが好きだ。

大鉄柱の脚部が幾層に錆びている。
錆層、亀裂なしている。

亀裂錆層を撫でたくなる。
錆は緩やかな燃焼。

鉄は錆びてついに土に還る。
ここがいい。


  
ぼくは2人の人間を殺した。

AK47と呼ばれる小型武器で。

小型武器とは、

ぼくたち子どもでも扱える小さくて軽い武器のことだ。

でも、この武器は僕らの国では作っていない。

ぼくが使っていた武器は外国から入ってきたものだった。

ぼくらのことを

チャイルドソルジャー(子ども兵)と人は呼ぶ。

小型武器を持って戦う兵士だからだ。

でも、2年前までぼくはふつうの子どもだった。

家族がいて友達がいて幸せに暮らしていた。

ある日、大人の兵士が村にやってきてぼくを連れ去った。

ぼくはその日から兵士になった。

ぼくは人の殺し方を教え込まれ戦場で戦った。

逃げようとした友達は大人の兵士に耳を切り落とされた。

ぼくの目の前で友達が殺されていった。

女の子は大人の兵士に乱暴された。

怖かった。

家に帰りたかった。

お母さんに会いたかった。


運よく、ぼくは大人の兵士がいないときに

軍隊から逃げ出すことができた。

村に帰ってきたが、友達は誰もいなかった。

ぼくはみんなに「 人殺し 」といわれ

学校ではいじめられた。

家族や親戚からも怖がられ

前みたいな幸せは戻ってこなかった。

悲しかった。

寂しかった。

あるのは絶望だけだった・・・。

ぼくは何度も死のうと思った。

そして、何度も何度も自分自身に問いかけてみた。

ぼくは何のために生まれてきたのか?

ぼくはなぜ生きているのか?

ぼくは生きる価値がはあるのか?

ぼくにできることはあるのか?


「もし、ぼくに何かできることがあるなら、ぼくには生きる意味がある 」

ぼくはそう思った。

ぼくに何ができるか?


「ぼくとおなじ悲しみを、子どもたちに体験させたくない」

ぼくはそう思った。

ぼくには紛争の「悲しみ」を伝えることができる。

ぼくには平和の「喜び」を伝えることができる。

ぼくには、ぼくにしかできないことがある。


今、ぼくは先生になってそのことを伝えていこうと思っている。

ぼくの夢は学校の先生になること。

むずかしいかもしれないけど

あきらめずに夢を追っていきたい。

                     ぼくは13歳 職業、兵士。の本の
                         ウガンダの子ども兵からのメッセージより


何か感じられた方、何か行動に移す人は100人に1人といわれます。

転載でも何でも結構です。その1人になってくれますか?

 http://blogs.yahoo.co.jp/wckrh673/folder/1410295.html

転載元転載元: harukaのお部屋

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