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序章ー1
ついに二一○○年を迎えることとなった。だが、依然として世界経済も国土事情も目まぐるしく変化を続けている。世界の中心がアフリカとなってから、ほぼ三○年が経過した。
アフリカ大陸での領土獲得に、多くの成功者たちが躍起になっている。
世界経済を動かしているのは、かつての大国や政治家たちではない。今や、ごく一部の優秀な成功者たちだ。彼らが世界をリードしている。
その中でも極めて能力が高く、統率力のある人たちだけが新たに国を作ることができる。
目下のところ、新しく認められたのは三○か国。そのいずれもがアフリカ大陸に存在している。どの国も面積、人口、国民総生産など、規模的には横並び。さほど大きな違いはなかった。
ただ、誰もがアフリカに国を作るのには、もちろん理由があった。それは残念ながら、多くの人たちの憧れでも、有力者のステイタスを表すものでもない。
単純に、選択の余地がなかった。そういうのが最も的確だろう。
異常気象、資源の問題で、他の大陸での生活がかなり難しくなっていた。
およそ百年ほど前までずっと言われてきたのは、地球温暖化。だが、その説はいつしか否定されることになった。
現実問題として、太陽の黒点の冷却化に拍車がかかった。それが二○二○年頃だ。
それ以降、世界の至る所で冷却化が進むこととなった。水のある所――海や川や湖の多くは氷河となってしまった。そこで暮らしていた生物はいつしか絶滅することに。
動物や植物が生きていけなくなった。その結果、人間にとって食べられるものが激減した。気温が五度を超える地域が、ほとんどなくなった。
唯一、気象の変化があまりなく、資源も豊かにあるのがアフリカ大陸だけとなってしまっている。だから、誰もが喜んで動くわけではない。しかたなくアフリカを目指すのだ。
二○七○年を過ぎ、世界じゅうの政治家たちが姿を消していった。
日本で政治の廃止が決定したのを皮切りに、多くの大国もそれに追随する格好になった。
政治家が世界で消滅するのに、二年ほどの時間しか要しなかった。
いずれの国でも、政策や政治家に対する批判が後を絶たない。その事象自体、何百年も昔から存在していた。だが、彼らに対する不平不満は年を追うごとに募る一方。
時代も変わり、人々は生まれ変わっていく。それでも、人々の政治不信は語りつがれていった。
また、人々の不平不満は、政治家に対してだけではなかった。有力企業、巨大企業の重役、役職者たちにも矛先が向けられた。その不平不満は、政治家ほどではない。しかしながら、それでも怒りに震える人々は多くいた。
そして、ついにその不平不満が爆発することとなった。人々の積年の恨みや怒りが、光回線を通して全世界でぶちまけられた。
それが二○六九年に行われた『全世界ネット裁判』だ。その裁判で二つのことが決定された。
「お前ももちろん参加するんだろ?」
「何言ってんの? この今の時代に、参加しない人なんていないんじゃないの?」
裁判が行われる前夜のこと。
東京スカイツリーのすぐたもとで、若い男女のカップルが裁判のことを話しあっていた。
「不思議に思わないか? 今まで誰もこんな考えが浮かばなかったんだぜ」
「裁判のことを言ってんの?」
「そうさ。だってすごいシンプルなことだって」
「どういうこと? 話があんまり見えてこないんだけど」
「あの人に任せても信頼がおけない。だから他の候補者に期待する。でも結果は同じ。その繰り返しばっかり。それなら、別に誰もいらないって。それだけのこと」
「詳しいことは私、よくわかんない。でも、今までみんなあんまり世界の平和とか、自分の国のこととか。そんなことにあんまり関心なかったんじゃないの?」
「そんな馬鹿な話ある? 自分の国だし、自分たちのことだぜ。それに関心持たないって俺には理解不能」
「そんなことどうでもいいじゃない。それより、やっとまともな国になるんじゃないの?」
「少なくとも、今までよりは遥かにまともな国になるさ。俺、すごい楽しみなんだ! だって、結果なんかもう分かっているみたいなもんだろ?」
「でも、わかんないかも。だって知ってる? 私今日ここ来る前に見たけど、参加人数が二○億人を超えたんだって」
「だからどうしたって言うんだよ」
「世界にはいろんな人がいるでしょ。ということはいろんな考えかたがきっとあるはず。だから、私たちが思ってる結果とは違うかも分からないよ」
「お前。俺たち付き合って三か月にもなるけど、そういや俺訊いたことがなかったな。お前さ、S.I.C.ってやってるだろ?」
「それって何だったっけ? 聞いたことはあるんだけど」
「マジ? お前、S.I.C.知らないの?」
「聞いたことはある。なんとなく記憶にある。でも、知らないから、してるわけないよ。それで、そのS.I.C.って何なの?」
「Skeletons In the Closet. 略してS.I.C.つまり、人に言えない秘密話をいろいろ話しあうってやつさ」
「分かった。思いだしたよ。でも、私がやってるのはG.T.だけ」
「まじ? そうしたらお前、今世界のやつらが政治や経済をどう考えてるかなんてことは知らないんだ」
「それもほんとは知らないといけない。それは分かってるの。でも、それよりも恋愛の話、女の子の話。こっちのほうが私には大事なの」
「お前。いつまでG.T.なんかやるつもり? もうすぐガールって年でもなくなるくせして。それにそんなことより、お前よく言ってんだろ! 世界で認められる人になるんだって」
「そうなの。私、絶対世界で認められる人になりたいの」
「やっぱ、今のお前じゃ、ちょっと無理なんじゃない?」
「やる前から諦めるなんていや。できる限りとかそんなこと言わないの。絶対なってやるんだ」
「お前がそうなるんだったら、俺、今からお前にプロポーズしとこうかな」
「馬鹿じゃない。私は何があっても武彦としか結婚しない。そう決めてるの」
二人のような会話が裁判開始ぎりぎりまで、あらゆる所であらゆる方法で行われていた。もちろん、プロポーズまでしている人たちがそんなにいるわけではないだろうが。
裁判はリアル・タイムで行われた。その開始時間が深夜だったり、早朝だったりする国もたくさん。
しかし、史上初。歴史を塗り替える画期的な裁判。誰も寝てしまったり、穴を開ける人はいなかった。
裁判はエチオピア時刻の午後一時に始まった。二○億以上の人たちが世界の至る所でパソコンに向かい、マウスをクリックした。投票に参加した人たちに与えられた質問は三つだけ。
最初の二つの質問は四者択一。まず一つ目が能力のない者の処遇。二つ目も同じような質問で、能力のない者を誰がどう扱うかというもの。そして、最後が能力のない者が誰かを決定することだった。ただし、その対象者に関しては、一○個の選択肢から選ぶようになっていた。
裁判の結果は、開始してからわずか五分後。参加者全員のパソコンに結果発表のメールが送信された。
能力のない者にはじゅうぶんな生活水準を保障すべきではないという結論に達した。それがまず一つ。その結果、対象者としてまず一番やり玉に挙げられたのが政治家だ。
その他に選ばれたのが、一流企業、巨大企業の無能力な役員や重役。
更に、もう一つの決議が下された。
能力のない人たちは生活水準のみならず、苦しい思いを味わうべき。
そして、それは世界で認められた能力のある人たちが、彼らを支配する。
つまり、奴隷の如く扱ってもよい。それが決定された大筋の内容だった。
最初は、誰もが自国の中で、処理をできると思っていた。しかし、そうはいかなくなるのだ。能力も財力もある人間が、世界にそんなたくさんいるはずもなかった。また異常気象により、居住できなくなれば、どうしようもなかった。
それからだった。政治家同様、かつてあった多くの国も消滅してしまった。
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