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「想像してみて!」
第10話 「後戻りできない」
吉川義男の一人息子の義明がいつものように
新しく作った話を義男に話し始めた。
昔、豊後の国に珠子という7歳になる女の子がいました。
珠子は5歳の時から対人恐怖症という病気にかかって
しまいました。
珠子の両親が思いつく一番の病気の原因は珠子が5歳の時
のある出来事でした。
珠子はその歳になるまで、一度も両親にも他の誰にも厳しく
叱られる事はありませんでした。
しかし、珠子は隣に住む元治という父親と同年代ほどの男性が
大切に飼育しているにわとりをいじめていました。
それを見つけた元治が珠子を厳しく叱りつけ、そして頭を
強く平手で打ったのでした。
それからというもの、珠子は誰とも話さない、話せない子供に
なってしまいました。それが両親であっても。
珠子の両親は彼女にどうにか話が出来る子供に戻ってほしいと
思い、彼女にはそれまで以上優しく穏やかに話しかけたり、
精一杯の愛情を注いだりしました。
しかしながら、珠子は両親とも目を合わすことすらせず、
部屋の中に篭ってしまったままの日々が2年間も続きました。
珠子が7歳になったある日の事でした。
珠子の父親が母親に相談をしました。
「母さんや、実は珠子の事でふとある考えを思いついたんだけど。
ただ、ちょっと危険なんだけど。それで母さんの意見を聞きたい
んだけど」
「どんな考えですか?」
「珠子が今ああなったんは元治にこっぴどく叱られたからだろ、きっと?」
「そうでしょうねぇ」
「それでだ。落ち着いて聞いとくれ。わしらが珠子を海へ連れていくんじゃ。
それで珠子と船に乗るって珠子には言っておいてなぁ。それで、珠子を
先に船に乗せて、私たちはその船に乗る前に『そうだ忘れ物が!』など
適当な事を言って、乗らんのじゃ。その代わりに元治を乗せるんじゃ。
そして、二人だけで沖まで船を走らせる。そして……」
「そして何ですか?」
「沖までいってから、珠子を海に落とすんじゃ」
「何ですって?」
「待っとくれ。まだあるんじゃ!もちろん元治はすぐに珠子を助ける
んじゃが。でも、その前に元治にこう言わせるんじゃ。
『珠子や、助けてほしかったら、また前みたいにしゃべってみぃ!』
ってなぁ。わしは、珠子がそこで命の危険を感じて話してくれる
って思うんじゃが」
「でも、そこで珠子が何も話さなかったらどうするの?」
「それは、勿論その時でもすぐに助けるんじゃがのぅ」
「そんなうまくいくかどうかわかんないけど。でも、あんたは一度
言うと聞かないからねぇ」
そして、その2日後計画が実行されました。
珠子の父親が考えた通りに、事は順調に運ばれ、珠子は
気づかぬまま、船から海に飛び落ちました。
「珠子や、また前みたいに話してみぃ。すぐ助けてやるから」
「元治のおじちゃん。早く助けて!」
元治は珠子を救い出し、ボートに乗せて、岸へと戻ってきました。
珠子は泣き叫んでいました。
珠子の母親は珠子に駆け寄りました。
「どうしたんだい、珠子?」
白々しいと分かりながら、珠子の母親が珠子に問いかけました。
「海に落ちたの。でも、元治のおじちゃんが助けてくれたの」
元治が珠子にやさしい笑顔を投げかけながら歩み寄り、話しかけ
ました。
「珠子ちゃん、すまなかったね。2年前の事じゃが。おじさんが
きつく叱ったりしてなぁ。でも、おじさんはどうしてそんなに
厳しく珠子ちゃんに叱ったのか分かるか?」
「私がにわとりをいじめたからでしょ?」
「そうじゃなぁ。でも違うんじゃが。おじさんが叱った一番の
理由は珠子ちゃんが悪い事をしたのに謝らなかったからじゃ。
いじめた事はもう後戻りしようもない。でも、悪い事をした
と思ったらちゃんと謝って、それからもうそんな事はしない
ようにならんとだめじゃろうが」
珠子はそれならそうと叱った理由をどうして元治はきちんと
説明をしてくれなかったのかと思い、少し首を傾げる珠子だ。
かくして、それ以降珠子はあかるい女の子になり、幸せな
毎日を送るようになりました。
「お父さん、どうだった?」
「やっぱり、後戻りはできないからって事だな。
いいお話だったよ」
「有難う。ところで、お父さん。想像してみて!
僕が明日死ぬって分かったらお父さんどうする?」
「えっ!?そんな事はありえんよ!」
「そりゃぁ、そんな事嫌だけど。僕はこの話を作りながら、
もっとお父さんとお話をしようって思ったよ。
そして、もっとお父さんの素晴らしさを知るんだ。
だって、きっと僕が大きくなったらお父さんは今みたいに
こんなに毎日たくさん僕とお話しないでしょう?」
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