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新・幸福論 青い鳥の去ったあと [五木寛之] ポプラ社 --- 読書の記録 ---
タイトル: 新・幸福論 青い鳥の去ったあと
著者: 五木寛之
出版社: ポプラ社
第一刷: 2012.03.28
キーワード: 幸福論, 漠然とした不安, 戦後の復興期, 高度成長の時代, 幸福の国ブータン, GNH(国民総幸福度), 「逢魔が時(おうまがとき)」, 東日本の大災害, 原発事故, 「大禍時」, 他力, 「山河破れて国あり」, 「絆」, 金子みすず, 「こだまでしょうか」, 親鸞, 宮沢賢治, メーテルリンク, 「青い鳥」, 「星の王子様」, 「かもめのジョナサン」, 階級社会, 労働者階級, 富裕階級, ジャパニーズ・ドリーム, 老人vs若者世代, 「鬱」, 「鬱は力なり」, あくび, ため息, 「承認」, 別院, 「隠遁者」, 「長寿地獄」, アウシュビッツ, 「収容所音楽隊」, 極限状態, 死生観
面白い節:
金子みすずの詩の衝撃 p.36
青い鳥の去ったあと p.69
「鬱」という字がもつ本当の意味 p.131
幸せになるための体の動かしかた p.151
人は誰でも認められたいもの p. 160
コメント:
…前からの続き
『幸福のイメージは、時代とともに変わります(p.210 おわりに「青い鳥が去ったあと」[五木寛之](ポプラ社))』とのことです。イメージとは閾値のことですか?幸福のレベルが低くなるってことですか?僕はぜんぜん違うと思います。「神」のものであった「幸福」、その「人工化(人間のもの化)」は今後もっと進むべきものなのです。稲や鉄と同じです。今はまだ成功していないだけです。みんなでもっと改良しましょう。
胎児は生殖してから人類進化の過程を繰り返してこの世に生まれてくるという。だが、人類に告ぐ、それで終わりだと思う莫れ、と。つまり人間は生物界の頂点として、系統樹の最先端として、その先も生まれた後も最先端性を追求せにゃならんのです。それが生物界の頂点の進化の先端を行くものの定めなのです。だから幸福もその進化の先端を切り開く過程か切り開いた先にあるかもしれない。
人類はアフリカに誕生し世界に大冒険(グレート・ジャーニー)して地球という第三惑星に遍く広まったと言う。日本人に告ぐ。日本はファー・イーストと言われるゆえんは何か?それは直訳すれば極東。アフリカは遙か西にあり、アフリカの西に地続きの陸地はない。アフリカに生まれて太陽が上がる方向に歩いて歩いて歩いて歩いてたどり着いた土地はどこか?それが日本なのではないのですか?だとすれば、その末裔たち、ここ JAPAN この日の出ずる国が我々の終焉の地だと安住すること莫れ。僕たちはもっと東に行きたいはずである。だからもっと大冒険を本当はしたいのではないのですか?その大冒険に、グレートジャーニーの続きに、僕たちは幸せを感じるように遺伝子が組み込まれているのじゃないですか?だとすれば、このファーイースト・JAPAN にとどまっていちゃだめです。東がないなら、宇宙へ、海底へ、地中へ、月へ、火星へ、金星へ、スペースコロニーへ、太陽へ、銀河の中心にあるというブラックホールへ飛び立とうではありませんか?あるいは電子の世界、あるいは量子の世界、素粒子の世界へ。それには高度な科学、高い技術が必要になります。そういう方向に僕たちのブルーバード『青い鳥』はあるのではないのですか?
遺伝発生的にも、20 万年の人類の歴史的にも、ここで安住してとどまるわけには行かない種族、それば僕たち日本人なんだと思います。神から幸福を引き離し、神の崇高な手ではなく神を殺し冒涜してきたこの汚い手で幸福を我がものにし、物理的な東がもうないのならば、形而上の東を目指し続ける宿命の中に僕は僕たちのシアワセが眠っているものと思います。
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