陰陽・気象予報士のイロノアン・スターのブログ

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読書の記録

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U 理論 [C ・オットー・シャーマー] 英治出版 --- 読書の記録 ---

title: U 理論
subtitle: 過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術
author: C ・オットー・シャーマー
publisher: 英治出版
firstpub: 2010/11/25
keywords: 創造の源(ソース), 未来, 過去, 産業化, 社会構造, 社会的な場(ソーシャルフィールド), 「開かれた思考、開かれた心、開かれた意志」, アリ・デ・グース(企業生命体), アノミエ(anomie), アトミエ(atomie), 盲点(ブラインドスポット), 「内面の状況(インテリアコンディション)」, プレゼンシング(presencing), 「アクション・リサーチ」プロジェクト, 共始動(コーイニシエイティング), 共感知(コーセンシング), 共プレゼンシング, 共創造(コークリエイテイング), 共進化(コーエボルヴィング), 南老師, 『物質と精神の再統合』, マネージメント, リーダーシップ, インスピレーション, クリエイティブクラス, 文化創造者(カルチュラル・クリエイティブス), ニューエイジ運動, ダウンローディング, 反出現(アンチ・イマージェンス) の空間, トラウドル・ユンゲ, 討論(ディベート), 対話(ダイアログ), AAR(after-action review), DEC, ヒマワリの物語, 質料因(the material cause), 形相因(the formal cause), 目的因(the final cause), 作用因(the efficient cause)

おもしろい節: ヒトラーの秘書(第16 章個人の行動, p.334)

未曾有の困難な時代の一つを生きていくのであろう者にとって、この本は必ずしも無意味という代物ではないだろう。確かに百聞は一見に如かず
であり、幾多の困難に今まさに立ち向かっている人たちに対し、本を読むという人間の無力感に加え、申し訳ない思いもある。

いきなりではあるが次の一文を引用しよう。


しかし、(U理論が深く浸透したチームとは)逆の状況も現実にはよく見られる。恐れと不信感が蔓延し、人々の発言は自分の身を守り他者を攻撃する政治的な色合いを強く帯びるようになるのだ。

[U 理論 [C ・オットー・シャーマー] 英治出版, 序文(author: ピーター・センゲ), p.24]


未曾有の困難な時代ではこのようなことが起こり勝ちになると思われる。


未曾有の困難な時代の一つに「第二次世界大戦」が挙げられるだろう。「U 理論」では、U 理論の反対側の例としてトラウドル・ユンゲ(ヒトラーの秘書)の精神的な面からの行動分析結果の話が書かれている。

『彼女を地下室にとどめた真のメカニズムは何なのか?[U 理論 [C ・オットー・シャーマー] 英治出版, 第 16 章 個人の行動, ヒトラーの秘書, p.336]』

『・ダウンローディング……略……
それらは異様なほど現実と断絶した空疎な過程になっていた。
[U 理論 [C ・オットー・シャーマー] 英治出版, 第 16 章 個人の行動, ヒトラーの秘書, p.336]』

『・盲目状態「観ない(ノット・シーイング)」……略……
「最初地下室に入ったときは、情報の源に来たのだと思いました。でもあとになって、私は(システムの)盲点にいたのだと気づきました」。
[U 理論 [C ・オットー・シャーマー] 英治出版, 第 16 章 個人の行動, ヒトラーの秘書, p.337]』

『・立てこもり「感知しない(ディセンシング)」……戦争の最後の数年、ヒトラーは特別列車で移動するときにはつねに窓のカーテンを閉めていた。戦争による破壊を見ないで済むためだった。……略……
[U 理論 [C ・オットー・シャーマー] 英治出版, 第 16 章 個人の行動, ヒトラーの秘書, p.337]』

『・自己欺瞞(セルフ・イルーディング)……略……トラウドル・ユンゲは、たびたび行われた会議や、そこで練られた戦略について語っている。それらの戦略はまったく根拠のない仮定の上に立てられ、何の役にも立たなかった。それは地下室の内部と、外部で進行する事態との溝を深めるだけだった。
[U 理論 [C ・オットー・シャーマー] 英治出版, 第 16 章 個人の行動, ヒトラーの秘書, p.338]』

『・棄てる……略……地下室ではこれは犬を殺すことから始まった。犬で青酸カリの効果をテストしたのだ。それから子供たち全員が殺された。大人たちの多くは、ソ連軍が最後の勝利を迎える前に自殺して果てた。
[U 理論 [C ・オットー・シャーマー] 英治出版, 第 16 章 個人の行動, ヒトラーの秘書, p.338]』

『・殲滅(アナイエレイティング)……ユンゲが語ったところでは、ヒトラーが自殺したあと、残された者たちはまるで人形師を失った生命のない操り人形のように一ヶ所に集まって座っていた。
[U 理論 [C ・オットー・シャーマー] 英治出版, 第 16 章 個人の行動, ヒトラーの秘書, p.338]』

この本の理解度は高くない自分が理解するにこれ(上記)と逆のことをすれば U 理論が目指すところに達するということであろう。

最後におそらく U 理論を極めてしまうとどのような感じになるかとうことを引用しておく。
『ラスティ(月着陸船操縦士ラスティ・シュワイカート)は後に「二人称で自分の体験を話そうという考えが閃きました」と私に語った。というわけで彼の話はすべて二人称現在形で語られた。「今あなたはこれを見る。今あなたはあれを見る」という具合だ。彼は二人称で語ることにした理由を、宇宙飛行士としての自分は人類の感覚器官の延長部分だと気づいたからだ、という。
[U 理論 [C ・オットー・シャーマー] 英治出版, 第 20 章 飛びながら現実を創造する, 領域 3 自己内省システム, p.451]』

なるほど、新しいものを作っているとき、小説なんかを書いているとき、新しいものや文章の発想はどこからわからないところからの指示でやっているかんじになることはある。まるで恐山にイタコのように、何か分からないものに取り憑かれた状態になることはある気がする。

そんな感じが「U 理論」、…おそらく…。

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アサッテの人[諏訪哲史]講談社 --- 読書の記録(1) ---

タイトル: アサッテの人
筆者: 諏訪哲史
出版社: 講談社
第一刷: 2007/07/23

諏訪氏の定義するある理想的な個人属性を持つ人を「アサッテの人」とするならば、アサッテではない属性を帯びる人を仮に「ホンジツの人」、「アシタの人」、「キノウの人」および「オトトイの人」としよう。氏は氏の説話の中で、「アサッテの人」を、興味深く世間話風に距離感を保ちながら「アサッテの人」を描写するのだけれども、どうも氏は氏の自分自身の中に自分のアサッテ性を見ているような気がする。いや、それはわたしのアサッテ性か。

一般的なたぶん優秀なという形容のできる社会人というのは「ホンジツの人」ということになるだろう。会社の経営者や政治家は「ホンジツの人」と「アシタの人」の中間くらいだろう。「キノウの人」とかは年配の人に多いのだろうか。働き過ぎたメディアのいうところの燃え尽き症候群の人も「キノウの人」に近づくだろう。聖徳太子とか歴史上の人物、あるいはしばらく音信不通の芸能人とかは「オトトイの人」となるだろう。

しかし、氏の小説は「アサッテの人」の話なのである。しかしわたしは人類においてアサッテ性というのは必要だと思う。今日でも昨日でも明日でも一昨日でもない、明後日(アサッテ)性のなかにこそ、確かに安らぎがあるように思う。そこは秒の単位で動く世界にできた隙間であり、メートルの単位で人工衛星に監視されている地球平面上にできた歪みであり、ブログという電子の世界の中でさえ、言葉狩をされ、火を掛けられ炎上する、人類の思想良心表現の自由に対する制限の網の網の目の中の自由があるのである。

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誰も知らない世界と日本のまちがい[松岡正剛]春秋社 --- 読書の記録(1) ---


タイトル: 誰も知らない世界と日本のまちがい
サブタイトル: 自由と国家と資本主義
筆者: 松岡正剛
出版社: 春秋社
第一刷: 2007/12/20

帯の文: 禁断の世界史講義、開幕。世のはじめから隠されていた秘密が明らかになる・・・・・・。

キーワード: ネーション・ステート, マシーヌ(機械状), 資本主義, リヴァイアサン, 自由・平等・博愛, ナポレオン, 東インド会社, 明治日本, 共産党宣言, 弁証法的唯物史観, 『種の起源』, 社会進化論, ハイパー・オーガニゼーション, カフカ・フロイト・夏目漱石, ワイマール体制, ナチス, 世界恐慌, 経済ブロック政策, ムスリム, ザカート(喜捨), 新植民地主義, 代理の社会, ゲーム理論, ナッシュ均衡, 新自由主義, 夕張市の宿命, 反ケインズ政策, 小さな政府論, ネオコン(新保守主義), サッチャリズム, レーガノミクス, 合理的選択論, ロボット個人主義, レベッカの資本主義, 日本流, 編集

面白い節:
 ネーションステートの謎 p.3
 明治日本の戦争と文化 p.215
 社会も国家も進化しつづける? p.255
 資本と大衆の時代 p.383


コメント:
ダーウィンは『種の起源』で人間はサルから進化した、と云い、人間は神によって選ばれた種族であるという、神話に擁護された、地中海周辺一神教文明圏にける一神教系宗教による利権社会構造に衝撃を与えた。教科書的には『種の起源』は激烈は衝撃だった、ような印象を受けるように説明するけれども、(言い方を変えればテストに出やすい、すなわち重要)、当時の一神教文明圏に暮らす末端市民たちにとっても、神というものに対する価値観というものはそれほど大きなものであったのか、ということはわたしは疑問だと思っている。もっとも「敬虔な」という形容詞が着くような人々もいたであろうというのは、事実だと思う。その宗教というもの、神というものへの価値観の程度というのは、現代におけるドルや円に対する末端市民の価値観とさほどかわらないくらいのものであったろうと思うのである。つまり、「人生はお金じゃない」というような言葉が発せられる程度に、また、当時も「人生は宗教じゃない」というくらいの拝金主義ならず拝神主義であったのではないだろうか。「人生はお金じゃない」とは思うけど、実際はお金をもうけたほうが生活しやすい、あるいは生活できない。当時も「人生は宗教じゃない」とは思うけど、実際は宗教を大事にしているフリをしたほうが生活しやすい、あるいは生活できない、というような。

人類はサルから進化して幸せになったのか。サルは魚類から進化して幸せになったのか?と問えば、それはそうだろうというように単純なものではないだろう。魚類であれば、魚類なりの幸せがあり、サルであればサルなりの幸せがあるだろうから。

人類とサルとを比べて、特に顕著といえるかどうかはわからないけれども、たとえば魚にくらべれば人類の脳味噌の量はかなり多く、脳味噌とは神経細胞の塊のようなもので、その塊が大きいということは、たぶんその反応が複雑ということで、複雑ということはわけがわからないといういようなことだと思う。魚であればメシがあれば食えば良いということになるが、人間となればご馳走があっても食って良いかどうかはわからない。これには農薬が入っているかもしれないし、これを食うと 10 万円という対価が要求されてしまうかもしれないし、その対価としての厳しい嬉しい労働が待っているかもしれないからである。

つまり人類は魚類から進化することによって、どうやって生きたら良いのわからない特性を得てしまった。そこに登場したのが、どうやって生きたら良いのかの指針としての宗教であり、それが人類の文化の進化を経て、今幅をきかせているのが「資本主義」という新興宗教なのである。資本主義も昔は「米」とか農作物信仰だったが、それがときを経て、「金(きん)」信仰になり、今は金信仰も下火となり、それなりの機関が発行する「ドル」とか「ユーロ」とか地域通貨としての「エン」とかという符号通貨信仰になっている。

しかし、この符号通貨信仰が人類の生き方についてかなりの程度において秩序をもたらしていることも否定できないことだと思う。もっとも氏の引用するところによると、この信仰の副作用についても次のように紹介されている。

『ドゥールズとガタリは、資本主義というものは「欲望を内部に溜めこんで人間の精神を犯す機械」だという主張をしているんです。...技術と欲望が不即不離になっている...。...。つまり「精神病の原因は資本主義が作った」というんです。(誰も知らない世界と日本のまちがい[松岡正剛]春秋社, p.44)』つまり資本主義という人類の考え方、生き方、強制は副作用として精神病をもたらしているということだろう。

もともと病と健康の境目は微妙で、精神病に限ってみても、精神的に 365 日掛けることの生まれてこのかた今日までに地球が太陽のまわりを公転した回数(すなわち歳)において完璧に健康で正常であるという人間も超絶に珍しいとは思うが、たとえば不眠症といか睡眠障害とかも、今日は眠られん、とかいう日も自称精神健常者でもなる人もいるだろうけれども、最近フリーの情報誌に載っていたのだけれども、どうもそういう寝るべきときに眠れないのも、蛍光灯とか不自然は光が不自然な時すなわち暗いハズの夜にピカピカひかり、人間の脳がその光に犯されて体内時計が狂うことが原因らしいような話を目にしたが、そういったものもやはり蛍光灯が資本主義の商品であることを鑑みれば、不眠症も睡眠障害も資本主義のセイとコジツケルことも可能だと思われる。蛍光灯も蛍光灯の燃料の電気も、資本主義社会の、マシーヌの一部なのである。そんなことを考えると、なんだか恐ろしい気がしてくる。もちろん夜も太陽が欲しい、という欲望がわたしにないのか、と問えばそれは完璧に否定しなければならない。

脳が欲する事象と、その事象の実現がもたらす、脳(心という臓器)への副作用は、必ずしも、心が快いと思うものではないのである。


週間朝日別冊小説トリッパー AUTUMN 2007 --- 読書の記録(1) ---


タイトル: 小説トリッパー秋季号
出版社: 朝日新聞社
第一刷: 2007/09/30

面白い節:
 [1]「ユダ」であり「キリスト」である道 (茂木健一郎) p.222
 [2] 役にたたない日々(佐野洋子) p.258
 [3] 完全雇用社会の終焉と「自由」(7) 九〇年代という「切断」と否定神学的問題系 (笠井潔) p. 321
 [4] 構造しかない、という節度 サブカルチャー/文学論 (大塚英志) p.419

コメント:
■[1] について
『人は、誰でも自分の内側にカオス(混沌)を抱えている』(小説トリッパー秋季号, 「ユダ」であり「キリスト」である道 (茂木健一郎) p.222)。ニンゲンという生物を含め、あらゆる森羅万象のあらゆる現象はカオスだと思う。が、産業革命以降の工業の時代は数学でいえば、線形の時代で、旧ソビエト連邦の五ヵ年計画とか、経済の線形計画法とか予測のつく、というか計画の時代だった。これが最近はそうは行かなくなってきていると思う。いわゆる非線型の時代というヤツである。だから今は工業の時代ではないように思う。島田雅彦『カオスの娘』(集英社)という本がおもしろいらしい。どういう本かはわたしはしらない。この文書の最後に、『そもそも、恋愛とは他者というカオスに向き合う行為であろう。何をしでかすかわからない自分が、どのような意向を持つかわからない他人に向き合う。』(小説トリッパー秋季号, 「ユダ」であり「キリスト」である道 (茂木健一郎) p.223)と書いてある。では、恋愛に近い状態である「萌え」とはどうい状態か妄想してしまった。「萌え」とは自分勝手な空想の中に存在するバーチャルな他者という自分自身のカオスに向かい合う行為であろう。何をしでかすかわからない自分が、どのような意向を持つかの結論は自己に委ねられている自分の中のバーチャルな他人に向き合う、それが「萌え」である。恋愛は他人に対する自分の写像であるのに対し、萌えは自分に対する自分の写像である。やはり極めてナルキッソスなものなのかもしれない。

 最近は恋愛シュミレーションゲームというのがあるらしいが、わたしはやったことないが、近い将来、ドラえもんのような、いやもっとリアルな永野守氏の『ファイブスターストーリー』に出てくるファティマと呼ばれる人工生命体のようなものが、出てくると思う。人間の心と全く同じというわけには行かないだろうが A.I. という人工知能的なものもそのうち完成度が高くなり、感情といったもの、思考といったものも、コンピュータ上である程度仮想的に実現できるようになるだろう。また、人形を極めて人間に近づけたようなダッチワァイフ(言葉がわるいかもしれない、すみません)もより一層人間に近づきというか人間以上に卑猥で異性として魅力を感じてしまうかもしれないような人工生命体としてイヌやネコやロポットのように人間の伴奏者となるような時代も来てしまうだろうと思う。そういったときに、そういった卑猥な人工生命体に抱く猥褻な感情というものは、いやそれは猥褻ではなくて、本当の愛かもしれないのであるが、「萌え」というべきなのか「恋愛」というべきなのであろうか。

 コンピュータといったシリコンによるもの、ドライ系なものの技術だけではなく、生物学というか医学といったウェット系ものの技術も最近はどんどん発達していて、どうも心臓といった臓器は人工的に作ることができるようになっているらしい。もしも、心は心臓にある、といった完全ではない理解の妥当性をある程度認めるならば、それはやはり心を作ったということになるだろう。人工的に創られた心臓もドキドキするだろう、といったことはやはり人工的ニンゲン心臓、人工的ニンゲンの心も恋愛するのだろうか。なんてへんてこなことを考えたりする。

■[2] について
 『神は男と女が合体する狂気の時間を作ってくれるのだよ、この錯覚なくしてどうして男と女が結ばれよう、ちゃんと病気にかかりなさい、重病程悩み多く快感も強いのだよ。昔は病気に命かけて心中もしたんだよ。』(小説トリッパー秋季号, 役にたたない日々(佐野洋子), p.258)。最初読んでなんのことを言っているのかわからなかったが、良く読んでみれば、なるほど、たしかに、こすれ合うと出血したり快感を通り越した感覚というのがあればそれはそれで快感で、体内の液体だけではなく、病気も交換し合う間柄の方が事に及ぶ覚悟もあり、より深い愛を確認しあえるのかもしれない。

■[3]について
 『大澤真幸によれば、第二次大戦から千九七〇年前後までが理想の時代、七〇年前後から九五年までが虚構の時代にあたる。... 略 ...二〇〇〇年代の現在は「虚構の時代の果て」以降として把握される。』(小説トリッパー秋季号, 完全雇用社会の終焉と「自由」(7) 九〇年代という「切断」と否定神学的問題系 (笠井潔) p. 321)。

 たしかに虚構の時代というのは同感である。最近の現象でいえば、どこだかの料亭でさえも偽装した食品を出しているというし、北海道の白い恋人とか、ミートホープとか、大手ファーストフードの M ドナルドでさえ、野菜の賞味期限のラベルを張り替えて出していたというし、大手居酒屋では人でラードを差し込んだものを霜降りとか云っていたらしい。虚構といえばカッコイイがようはウソの時代ということだ。

 食品の問題でいえば行政側もおかしくて、昔は食品は製造年月日が記入されていた記憶があるが、ある段階からは製造年月日はどうでもよくなって、いつまでなら食える、と書けば良いだけになっている。消費起源が明日ならばそれが昨日つくられようが、一週間前につくられようが、一年前につくられようが、一億年前につくられようが、区別ないのである。これなら在庫管理とかが面倒くさいので今日百万年分の食品を作り起きしておいて健康に良いホルマリン漬けにしておいて、今日から百万年間ホルマリン漬け健康的食品を出荷しつづけたほうが、まじめに毎日作って売れ残ったものは捨ててまた作って売ってとまじめに食品作りに取り組んでいる業者(大手ではなく、必然的に経営規模の小さいところになるだろう)が損をするのは目に見えている。食品もウソんこになっているのである。たしかに虚構だ。

 そもそも経済はぜんぜん詳しくないのだけれども、その昔プラザ合意なるものができて、それは要は何かといえば、各国の通貨の価値は市場が決めるということだし、通貨の価値を金から切り離すということだし、通貨のゲーム化ということであり、私達は生活するために働くということは、通貨を得るために働くということであり、その通貨が虚構、ウソ化しているのであれば、そもそも働くということもウソんこになるということであり、実際そうなってきているのではないだろうか。世の中すべてがウソんこなのである。

 今のところ虚構はニンゲン以外のニンゲンの周りどまりであることが多いけれども、そのうち遺伝子組替えニンゲンとか、が出てくると思う。そういえば整形手術などというのは今でもあるがそれも虚構であるし、臓器移植とか人工心臓とかいったものも要は虚構である。虚構が悪いというわけではない。虚構でも良いのだ。自然心臓よりも人工心臓の方が性能がよければそれで良いし、消費起源が偽装された食品でも、そちらの方がうまいならばそれはそれで良い。事実、ワインなどは新しいものよりも古いものの方が価値が高い。

 
 遺伝子組替え食品とか、遺伝子組替えニンゲンとかとは、おそらく将来的には付き合っていかなければならないだろうと思う。それがニンゲンの繁栄をもたらすのか、ニンゲンの絶滅をもたらすのか、は神のみぞ知るだろう。わたしたちはニンゲンを信じている反面でニンゲンを信じていない。絶対に落ちない飛行機はないし、絶対に爆発しない原子力発電所もまたないだろう。ということは絶対に安全な遺伝し組替え食品はないだろうし、絶対に安全な遺伝し組替えニンゲンもたぶんないだろう。どこかにエラーが潜むハズだ。そのエラーに苦しむのはイヤだなと思ったりもする。

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弱き者の生き方[大塚初重/五木寛之] 毎日新聞社 --- 読書の記録(1) ---


タイトル: 弱き者の生き方
サブタイトル: 日本人再生の希望を掘る
帯の文: ここまで語ることは許されるのか?おのれの悪を凝視し、絶望的体験の地底から恐るべき記憶と無類のユーモアを武器に、日本人再生の希望を掘り起こす。迫真のライブトーク。
筆者: 大塚初重/五木寛之
出版社: 毎日新聞社
第一刷: 2007/06/25

キーワード: 戦友, 脚, ソ連兵, 女, 弱き者, ジェノサイド, 東京大空襲, 悪, 悪人正機, 考古学, 奇跡, 運命

面白い節:
生き地獄 --- 戦友を蹴落として生き延びる(p.39),
語りえなかった引き揚げの真実(p.56),
語られない引揚者の悲劇 --- 残留孤児と不法妊娠(p.100),
肉親の死を身近に感じる大切さ(p.117),
想像力の欠如と「心の教育」(p.196)

コメント:
わたしのような者がコメントするようなことは何もないような書物です。
ただ、戦争はダメだな、とか。本当に生きたい人間というのは、戦友を蹴落と
して生きるものなんだなとか。それがやっぱり生きるということで、生きるこ
とに執念を燃やし、とにかく生きるとことこが、弱き者の人間としての生き方
なのかなと思いました。わたしにはその力は弱いかもしれない。とも思います。

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