陰陽・気象予報士のイロノアン・スターのブログ

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読書の記録

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タイトル: ダライ・ラマ<心>の修行
筆者: ダライ・ラマ 14 世 テンジン・ギャツォ(H.H. the Dalai Lama, Tenzin Gyatso)
訳: マリア・リンチェン
出版社: 春秋社
第一刷: 2002/12/20

帯の文: 日本人のための仏教入門 1998 年来日時、はじめて日本人に向けて、そして
翌年、米国で解き明かされた仏教思想の核心とその実践=<心>の修行。法王のチベット
語の肉声から直接日本語訳された感動の講義録。

要約: p.5 より「仏教という言葉から、何を思い浮かべればいいのかと言いますと、
執着を離れた心の静められた状態、すなわち涅槃寂静の境地だと言うことが出来ます。」

この本では、ダライ・ラマが解釈している仏教とは何か?また、涅槃寂静に至る方法論
適なことが書かれています。

ちなみに、ダライ・ラマ: 1989 年にノーベル平和賞受賞
わたし、この人の声がすきなんです。

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タイトル: 堕落論
筆者: 坂口安吾
出版社: 角川文庫
第一刷: 1957/05/30

コメント: 「堕落論」と銘打った本であるが、「続堕落論」もあるし、「悪妻論」、
「恋愛論」もある。ついでにこの本のはじめは「日本文化私論」から始まる。坂口
安吾氏といえば有名なのがやはり「堕落論」なのではないだろうか。

 「人間。」で始まる「堕落論」のパラグラフは凄まじい。今年は安吾氏の生誕 100
周年になるらしいが、そういった時間を超えて伝わる彼の熱気が確かにあるのだ。

 「... 戦争は終わった。... 人間は変わりはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。
  人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐ
  ことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は墜ちる。そのこと以
  外の中に人間を救う便利な近道はない。」(「堕落論」(p.101))

堕落のすすめ、である。現代社会ももっと堕落して良いのではないだろうか。

そもそも、つぶれない会社はないし、つぶれない国家もない。
つぶれない父親もないし、つぶれない母親もないし、つぶれない個人もないのだ。

オレは公務員だ!オレは教授だ!オレは弁護士だ!オレは医者だ!オレは一流企業の
会社員だ!オレは社長だ!頭取だ!

だから何なの!。

バブル崩壊後 10 年、経済的敗戦の時代の今こそ、墜ちよ!日本人たち!

なんてね。堕落論、影響力あります。インパクトあります。

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タイトル: ブッダは、なぜ子を捨てたか
筆者: 山折 哲雄
出版社: 集英社(新書)
第一刷: 2006/07/19

帯の文: 我が子に「悪魔(ラーフラ)」と名づけたブッダ! 子殺し親殺しの時代によみがえるブッダの思想。

キーワード: ブッダ, 人生, 日本, 仏教, 子捨て, 縁起, 四諦八正道, 先祖崇拝, 遺骨信仰, 般若心経, 林住期

面白かった節: 母の喪失と、独り覚者であるという宣言(p.54), ガンディーもまた、子を捨てた(p.70), ブッダとガンディーの違い(p.76), 選ばれた十大弟子(p.79), 形あるものは滅びる(p.116), 欲望からの解放(p.119), 心の浄化がもたらす無私の境地(p.152), どこよりも大きな地殻変動 --- 先祖崇拝 ---(p.155), 日本で生まれた大乗仏教の形(p.157),

コメント: 仏教をブッダの人生という観点から紐解く書物という感じでしょうか。ブッダの出家を家出と端的に簡単な言葉で言い換えて書物に書ける器量が素晴らしい。言われてみれば出家と家出は大して変わりない気がしてくるのが面白い。ブッダという聖人をエライ人を、いやいや、同じ人間でしょ、という観点から仏教を捕らえ直すのは、全てのものを 0(ゼロ), 1(イチ) で表す情報時代への歴史的曲がり角たる現在における典型的発想の転換かとも思われる。

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今日は国会図書館に行ってきました。

主に読んだ本
タイトル: 日本とは何かということ(宗教・歴史・文明)
著者: 司馬遼太郎・山折哲雄
出版社: NHK 出版
第一刷: 2003 年 5 月 15 日

この本を読んだ動機: 昨日のどこかの新聞社の記事で「ブッダは、なぜ子を捨てたか」
という本の紹介があって、確かに前々からエライ仏教の親分たる人格者たる存在が、子
や家族を捨てる、という行為をしている、ということになぜ?だろうという疑問があり、
興味があった。この本自体は、山折哲雄氏が、集英社から新書として現在流通している
本であるが、検索しているとタイトルの本が出てきたので。司馬遼太郎は、好きなので。

本の内容(さらっとしか読んでいないが): オウム真理教による事件などから、宗教の
変革期にあるのでは?ということを、仏教的な視点から論じている、感じかな。
本のなかで司馬氏が言っているのであるが、仏教とは「空」の信仰であり、阿弥陀如来
というのも「空」である。「空」で一番わかりやすいのは「0(ゼロ)」であり、ゼロは
仏教の発祥の地、インドで発見された。とあった。なるほどそんなものか。

たしかに 0 というのは面白いと思う。 1 - 1 = 0 だし、一億 - 一億も 0 であり、
サインカーブなどの周期関数であれば、一周期で積分すれば 0 となる。何を言いたいか
と言えば、本にも書かれているのであるが、0 は、全ての事象に含まれている、と
いうことである。

■ 以下、本の内容で面白かったところのメモ

p.50 「子規と漱石の原宗教感情」

このページに正岡子規の次の句が引用されている。

「鶏頭の十四五本もありぬべし」(子規)

この句は、子規の死の二、三年に病床から見ている借家の小さな庭に咲いた鶏頭を読んだ
らしく、こんなの句でもなんでもない、という批判もあるのだそうだが、司馬氏曰く、ごく
自然にできあがった無常観の具象的世界です、と。

わたしも、こういうストレートな表現はすきです。
子規氏は、たしか結核で苦しんで、結構若死にした方でした。
そんな状況では宗教にでもすがりたくなるのが常人とも思われます。
しかし、子規氏は、特に仏教に傾倒したり、キリスト教をかじったり、イスラム教を崇拝
したりしていない。そこには、日本的な原宗教観、というものがあったからではないか?
という感じの内容だったか。思うに、各時代の牽引者になるようなものには、それぞれに
独自の宗教というものがあるものではないか。新たな宗教を生むくらいの迫力がなければ
歴史的変換点にて、変換的作業などできないのでは?

子規と同様に、原宗教観を漱石も持っていたと、司馬氏は指摘している。

「菫(すみれ)程な小さき人に生まれたし」(漱石)

漱石氏は、東大卒で、その時代における大きなアドバンテージを持っていた人である。でも、
かれはそのアドバンテージをほとんど使わなかった。たとえば高級官僚なんかにもなれた
であろ。アドバンテージを捨てて、神楽坂界隈で、物書きをしていた。そのような人物の
宗教観もまた、仏教でも、キリスト教でも、イスラム教でもなかった。もっと原始的な、
独自の宗教観に支えられていたのでは?という内容だったか。


その他、「エスノセントリズム(ethnocentrism, 自民族中心主義)」という単語が面白かった。
最近の日本に限らないのだが、ナショナリズム、それ自体は大事なのだが。
人類は「コスモポリタン」である。コスモポリタンとは、世界中に分布している種、を言う
らしい。そうなれたのは、言語学者の服部四郎氏曰く、民族それぞれに「ディグニティ」なる
威厳があるから、らしいですよ。

そうなんです、みんなそれぞれ、実は結構一生懸命生きてきたのですよ。
いつの時代も、日本であろうと、韓国であろうと、中国であろうと、ロシアであろうと、
ベトナムであろと、インドであろうと、イスラエルであろうと、シリアであろうと、
ヨーロッパであろうと、アメリカであろうと。

トフラー氏の肉声と思われるポッドキャストを見つけました。冒頭部分を一応記録して
置きます。ポッドキャストは「日経ビジネスオンライン」からです。
http://www.geocities.jp/ironaon/audio/tofflernikkei.MP3

この「日経ビジネスオンライン」のトフラー氏の肉声は、前編と後編で合計 30 分くら
いです。

ヤフーで
キーワード: トフラー 富の未来 日経 ビジネス
で検索すると、現在 1 番目にヒットします。

「... and its confusing. So to me, the message of this book is think
in terms of civilization. Think of industrial revolution, it changed family
structure, it changed music, it changed military models, it changed certain
the economy, it changed painting, it changed everything. And we ...
(日経ビジネスオンラインの、富の未来、トフラー氏の肉声) 部分」

わたし流に訳せば、
「... それは複雑である。だから、私にとって、この本(富の未来)のメッセージは、
文明という観点から考えろ!ということである。
産業革命について考えると、産業革命は家族の構造を変えた、音楽を変えた、
軍事モデルを変えた、ある種の経済を変えた、絵画を変えた、全てを変えた。そして
私たちは ...。」
となろうか。

そう家族と言えば思い出した、産業革命は家族を変えた。大家族から小家族、核家族へ。
ではトフラー氏の言う「第三の波」の知識革命では家族はどう変わるのか?家族という
言葉が包含する構成人員数が産業化が進むにつれて小さくなっていることを考えるなら
ば、家族の未来は 1 人、ただ自分だけ、となるのだろう。

家族崩壊は、文明の変化の過程で起こっている現象なのかもしれない。

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