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セクハラの被害救済活動に携わっていた支援者や社民党関係者から、
何故?被害者の原告が黙殺されていったのでしょうか?
皆さんが最初に素朴に抱く、疑問ではなかろうかと思われます。
以下にご説明させて戴きます。
「性被害に遭うのは被害に遭う人が悪い(落ち度がある、すきがある等)
」「一度そういう被害にあったら気をつけるようになるはずで、二度も三度も被
害に遭うなんておかしい」「よくあることだ」「犬にかまれたと思って忘れなさ
い」などという世の中の価値観を幼い頃から刷り込まれて生きてきたのです。こ
の刷り込みは言語的にも非言語的にも繰り返し行われるので、非常に強力です。
ですから、いくらフェミニストとは言えども、常に自分に刷り込まれているこの
ような概念をチェックしていなければふとした時にそれは顔を出します。
またこの問題に関わっている人たちは、自覚があるかないかは別としてほとん
ど必ず何らかの類似の「痛み」を持っています。でなければ、このようなしんど
い問題に関わったりはしません。誰かの体験が自分の痛みに触れた時、良くも悪
くも激しく反応することがあります。
さらに世話をする人、される人という上下関係がある場合(少なくとも彼女た
ちは上下関係だと思っていた)、NOという選択肢は世話をされる人(=力をも
たない側)には通常ありません。担当弁護士も支援の会のメンバーとしてもこの
時点で岡本氏(加害者秘書)を告発すれば、自分たちが困るという、「自分たち
の都合」もあったのでしょう。
加えて弁護士など特に男社会で生きる女性たちはおそらく「痛み」の感覚を鈍
くして生きています(全てがそうだとは思いませんが)。彼女たちにとっては(
そしておそらく世の多くの女性にとっても)セクハラなんて「よくある」ことな
のです。いちいちそれで傷ついていたらその世界では生きて行かれないのです。
ですからその世界で生き延びるために痛みの感覚、あるいは感情を鈍くします。」
被害者が一時期自分の感覚や感情を麻痺させて危機的状況を乗りきろうとするの
と程度の差はあれ同じことです。もちろん、どこかで痛みを感じていて、問題意
識があるからこそ支援に関わっているのですが、残念なことに自分の痛みに鈍い
と人の痛みにも鈍くなります。ですから配慮を欠いた言動になりやすいのです。
また、今回の事件は悪いことに相手は社民党でした。社民党は公約にも掲げてい
る通り、女性問題に積極的に取り組んできた党です。当時原告の支援に関わって
いた人たちをはじめ、いわゆるフェミニズム業界は社民党と関わりの深い、ある
いは社民党から支援を受けて運動や活動を行っている人が多くいます。彼女たち
にしてみれば、その社民党の秘書がこんな事件を起こしたというのは裏切り以外
のなにものでもないでしょう。裏切られるのは誰だって辛いものですし、信頼し
ていればいる分だけ傷は深くなります。被害者が加害者に信頼を裏切られて深く
傷つくのと同じことです。被害者の場合はそういう相手を信じた自分の感覚まで
信じられなくなっていくのですが、そういった裏切られることによる痛みや自分
の感覚すら信じられなくなる辛さを避けるために無かったことにする、あるいは
もっと積極的に否定・否認するのは、先ほどから述べているように、よく見られ
る防衛反応です。同じことが当時原告の周りにいた人、あるいは相談にいった他
の弁護士などにも起きていたことは容易に推測できます。
周りの人たちが原告に対して否定的な態度を示したのは、以上のような要因が
考えられます。
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