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2020オリンピックに向けて諸準備が着々進んでいますが、
サーフィン会場に決まった釣ヶ崎海岸は
どうなっているのか出掛けてみました。
釣ヶ崎海岸はわが家から車で、普通に行けば5.6分の所です。
冬の釣ヶ崎海岸はサーファーも見当たらず閑散としていて、
海に向けて鳥居が建ち、静かに海を見守っていました。
海岸には白波が押し寄せていましたが、
サーフィンには少し波が低いように思われます。
ただこの海岸では国際大会が開かれています。
海岸には広大な保健保安林があり広がり、
現在大掛かりな整地工事が進められています。
一体どれだけの広さがあるのか分りませんが、
多分、オリンピックの時には駐車場になるのでは無いかと思います。
もしこのまま舗装無しに駐車場になると、砂埃が大変でしょうね。
保健保安林は国道128号線沿いにありますが、
心配なのは2車線の国道の開催時に起きる交通渋滞です。
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いすみ散策
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8月11日(土)、岬運動場でみさき「盆・盆フェスタ」が開かれました。
カラオケ、盆踊り、和太鼓「凪」、歌謡ショー、花火打ち上げと
盛り沢山です。夕方、家族揃って会場に向い夏の一夜を楽しみました。
先ずは腹ごしらえです。青々とした芝に覆われた運動場に
敷物を広げ、出店で求めた焼そば、広島焼き、
イカ焼き、串カツなどが並びました。
和太鼓「凪」の演奏が始まりました。
「凪」は和太鼓の全国大会でも優秀な成績を収めているグループで、
小学生から、中高生、成人で構成されています。
この日は天候が案じられましたが降ることも無く、
空が綺麗な夕焼けに染められる頃、盆おどりが始まりました。
再び「凪」の演奏が始まりました。
力強い太鼓の響きが徴収を惹き付けています。
時計が8時50分を指しています。いよいよ花火打ち上げです。
この頃になると、会場は老若男女で埋め尽くされています。
一体、何処からこれだけの人が集るのかと思う程でした。
美しい花火が次々に打ち上げられて夜空を飾り、
その都度「オッー」と言う歓声が沸き上がり、
フィナーレの花火が終ると一斉に拍手が上がり、
今年の「盆・盆フェスタ」が盛会の内に幕を閉じました。
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お盆休みに入り昨晩長男家族と次女と末孫がやって来ました。
今日は家から直線距離で1キロの日在・和泉浦海岸に出掛けました。
この海岸でウミガメが産卵に上陸した話しは聞いていませんが、 南へ1キロ程の海岸は産卵場になっています。
この海岸は海水浴場にはなっていませんが、
穴場のような所でこの日は多くの車が駐車していました。
左側に見えるのは太東岬で灯台があり、
麓には漁港と海水浴場があります。
その先にはオリンピックのサーフィン会場の釣ヶ崎海岸があります。
右手の奥には大原海水浴場があります。
太平洋の海水は冷たく、高い白波が立っています。
末孫は手を引かれて初めて海に入って行きます。
末孫が長男に肩車されて沖に出て行きます。
サーフボードを楽しんだ後、4番目の孫は併設のリンクでスケボーです。 |

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先の日曜日に布施の「千本桜まつり」に立ち寄りました。
この日は冷たい風が吹き気温も低く、そのせいか人出も少なく、
桜も震え上がっていました。
布施の千本桜のことは聞いてはいましたが、桜は落合川沿いに
約千本植えられていて、樹齢は10年位の若木なので、
これから先の今後が楽しみですね。桜は2.3分咲きでした。
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出店も多く立ち並んでいましたが、
この日は寒さで人出も少なくて閑散としていました。
まつりは2月25日と3月4日の両日で、幾つかの出し物がありますが、
特設会場では昇鼓団の和太鼓が打ち叩かれていました。
寒さの中とん汁が冷えた体を温めてくれました。
近くに鳥居がありその先に「名熊の二本杉」があります。
この二本杉は「頼朝の箸杉」とも呼ばれ、源頼朝がこの地で食事をとり、
地面にさした箸が生長したものと伝えられているとのことです。
布施でもう一つ知られているのは、コハクチョウが飛来することです。
特に餌づけはしていませんが、昼間はここで餌を食べ、
日暮れには何処か寝ぐらに飛び去るそうです。
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少しは歩いた方が良いと思い、郵便物の投函がてら長女と一緒に
散歩をしました。コースは家から郵便局、
そこから駅を廻っての3.000歩余りです。
普通は車で素通りしていますが、歩いていると道沿いの家屋や庭が
目に止ります。古くからの町だけに瓦葺きの家屋が残っています。
こうした家屋には屋根瓦のある堂々とした玄関があります。
家屋も立派ですが庭の手入れも良く行き届いています。
広い敷地の中に一際目を引くこの家屋は、
まるでお城のようで屋根は銅板葺きで、緑青が出ています。
そうした中に日本建築とは対照的な、こんなお洒落な家も建っています。
散歩道の途中に小さなお堂のような建造物がありますが、
開いていたり、人が出入りするのを見たことはありません。
家に近付くと広い田圃がありますが、珍しく東京・鴨川間の
特急「わかしお」が通過して行くのが見えました。
ここはお婆さんが毎年丹精込めて、紫陽花や数々の花を
咲かせていた花園でした。お婆さんと顔が会い声を掛けると、
「見て行って下さい」と言って、花の話しをいろいろしてくれました。
驚いたことにはそこが草1本無く、綺麗サッパリと整地されていました。
病気か何かで続けられなくなったのか、それともひょっとして、
亡くなられたのか、長女と「淋しくなったね」と言葉を交わしました。
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