イシバシハザマ 石橋の「パブログ」

イシバシハザマ石橋です。好きな料理や生き物の事、旦那として、娘と息子の父としてのブログをやっていこうと思います。

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プロローグ

 

 東海道新幹線では「のぞみ」が運転を開始し、ボスニア・ヘルツェゴビナでは紛争が起こり始めた1992年春。僕は世間の重大事件よりも自分の目の前で起こる、世間から見ればほんの小さな事件にしか興味がなかった。友が犬のウンコを踏んだだけで異常に大げさに騒ぎ立て、また別の友が、お尻の前でライターに火をつけた状態で屁を放つと「ボワッ」と青白い炎が出るのを見て感動していた。

 清く正しい、十六歳男子の正常な感情と行動だ。

 この年頃の少年の、目の前にやって来る事件と言えるものは精々そんなもんだ。

 しかし今日ばかりは、目の前で起こっている事がいつもと少し違うようだ。

 

うすら寒い風がふき、夜桜が満開になろうとしていた。昼間と違って、日が落ちるとまだまだ肌寒い。「ようこそ!新入生諸君!」と汚く書かれた看板を横目に、先ほど僕は夜の校門をくぐった。今日は入学式。学校の名は大阪府立佐野工業高等学校・・・定時制。そう、夜間学校。今日から僕の母校となる学校だ。

入学式早々、十五分ほど遅刻をしてしまった僕は、特に焦る事も無くのんびりと登校した。入学式はもう始まっているのだろう。当然のように、周りには人っ子一人いない。

夜の暗闇の中、校舎を見上げるとポツリポツリと教室の明かりが薄気味悪く灯っていた。昼間の明るい校舎しかイメージがなかった僕は只々驚いた。予想をはるかに超えて暗い。電気類がほとんど消えた、真っ暗な校舎にほんのちょっとの灯りが射す事によって、更に暗さが倍増している。

ぜんざいの甘味を引き立たせる、隠し味の塩の様なもんだ。例えがジジ臭いか。じゃあ、塩キャラメルのようなもんだ。何だっていいが、とにかく暗さが引き立っている。

校門をくぐり、右折する。目の前に広がるのは、ただの闇。校門付近は暗いといえど、道路の街灯の灯りが少し射し込んでいたが、一歩中に入れば学校の高い塀が外からの光を完全に遮断していた。

この暗闇は何なのだ?ここは通路なのか?恐る恐る足を踏み出した僕は、自転車のペダルに足のスネを思い切りぶつけてから、そこが駐輪場である事を認識した。もちろん電気など点いていない。校門付近の明かりを見た後の駐輪場はただの闇であった。目が明るい所から急激な暗闇に追いつかないのだ。

イライラしながら左手校舎の上、恐らく三階の教室だと思われる所から漏れる、小さな明かりを涙目で睨みつけた。

 しかしイライラした僕の気持ちは、暗闇にポツンと灯る明かりの気味の悪さに飲み込まれ、直ぐに不安へと変化した。

気がつけば僕は、小さい頃に読んだ童話を思い出していた。

「ババァが包丁を研ぎながら、鉄の鍋で具の入っていないスープでも煮込んでいるんじゃないだろうか・・・メインの具材は・・・お前だ!」ゾッとした僕は、眺めていた目線を急いで元に戻した。また目が慣れずに、目の前が闇になる。急いで歩きだそうと思った時に、前方から何か異様な気配を感じた。僕の目の前に誰かが立っていたのだ。

危うく悲鳴を上げそうになった。ぼんやりとしたシルエットから段々その正体にピントが合うと、そこには包丁を持ったババァ・・・ではなく、どこからどう見てもヤクザにしか見えない男が立っていたのだ。

短めのパンチパーマに、どこで売っているのかわからない幾何学模様が一面にプリントされた、派手なガラのジャケット。そのジャケットの一枚下には、分かりやすく「ARMANI」と大きく書かれたセーター。ヤクザの頬は異様にこけ、恐ろしいほど細い目でこちらをジッと見ている。目の辺りに何かが足りないという違和感を覚えた。・・・眉毛がない。

何?この状況?まだ、包丁を持ったババァが居た方がマシだったんじゃないの?

無言でヤクザはこちらを睨み続けている。

え!?なに!?僕、何か気に障るような事しましたっけ!?そんな事よりあなたは誰ですか!?ババァの手下の方でしょうか!?

僕が身動き一つとれずにいると、そのヤクザが僕に喋りかけてきた。

「ニイタン コトリノ イーネンケ?」

コトリ・・・小鳥?なんて理解不能な先制攻撃だろうか。何かの呪文なのか?

「ダカラァ!ニイタン コトリノ イーネンケッ!」

ヤクザはイライラしながらもう一度言った。多分このヤクザは薬物をやっている。何と言っているのか全く分からない。聞きなおしたいが、怖すぎて無理だ。しかし、なんでヤクザが校内にいるのだ?どっから紛れ込んだんだ?セキュリティーが甘すぎやしないか?いや、今はそんな事を考えている場合ではなさそうだ。兎に角、言葉を理解するのが先決のようだ。

しかし、テンパった僕の脳みそは全くと言っていいほど機能していない。

「コトリノ イーネンテー ヤロ?」

・・・サッパリ解らない。やばい。後頭部から背中にかけての部分が一気に冷たくなり、少し遅れて、体の外まで聞こえそうな程心臓がドクンドクンと脈を打ちだした。一番ヤバい状態に立たされた時に、僕の体が取る反応だ。このままではババァが煮込んだ鍋のメイン具材にされてしまう。

「オ デ ハ  ニ レ ン ノ  モ ン ヤ」

 固まったまま動けない僕に、少し気を使ったのか、ヤクザがゆっくりと言った。ニレン・・・ニレン・・・考えるんだ!

「ニレン」・・・ひょっとして今、二年と言ったのか?そうだ!「俺は二年のモンや」とどうやら言っている。うん。絶対にそうだ。

え!?という事はこの感じで学生なの!?しかも一つ学年が上の二年生なの!?ババァの手下では無いのだな?

「ニイタン コトリノ イーネンテー ヤネンナ?」

だんだん僕の耳と頭も慣れてきたぞ。心臓の音が小さくなっていく。一つの単語が解読出来れば、後はそれを元にニュアンスで聞き取れる・・・気がする。

ニイタンは、兄ちゃん。コトリノは、今年の。イーネンテーは、一年生。ヤネンナ?は、やねんな?だ。

このヤクザのような先輩は恐らく「兄ちゃん、今年の一年生やねんな?」と、今言ったのだ。

「今年の一年生です・・・」

 答え合わせをするかの様に、恐る恐る僕は言った。

「トーカ トーカ」

 そうか、そうか。という感じで、ヤクザのような先輩は頷いた。

やったぞ!通じたよ!やれば出来る子なんだよ、僕は。努力に勝る天才なしってヤツだ。生れて初めて外国人に「ハロー!」と声を掛け、「ハロー!」と返事が返ってきた時のような感動が僕を包み込んだ。

・・・いや、ちょっと待てよ。解読出来た所で、この状況って何なんだ?暗がりで新入生を待ち受ける、ヤクザのような上級生。考えれば考える程、答えは一つしか出てこない。そうだ。僕にはこのまま、このヤクザのような先輩にシバかれる運命が待っているようだ。生意気そうな新入生をシメルってヤツだ。出た・・・。最悪だ。校門をくぐってまだ、三分も経っていない。そしてこの先輩は、かなり厄介な気がする。

「ニイタン! コトリノ イーネンテー ナンヤナ!」

「は・・・はい。一年生です」

先ほどのテンションからガラッと変わり、沈んだ気持ちで僕は答えた。ヤクザ先輩はこっちへ来いと手招きしながら、暗闇の中へ消えて行く。逃げるわけにはいかない。入学式初日に僕はバラバラにされて鍋なのか?付いて行った先にババァが待ち構えているのか?いや、さっきから僕は何を考えているのだ。

もっと現実的に考えよう。どう考えても、このままボコボコにどつきまわされる運命がまっている。ちょっと反抗してみようかな?いや、そんな事をしたら何をされるか分かったもんじゃない。こうなったら逃げようかな?

そんな事を考えている僕に構わずヤクザ先輩はどんどん暗闇の中を歩いて行く。両側にそびえ立つ暗闇の校舎が、まるで地獄へのゲートのように見えた。

・・・仕方がない。覚悟を決めてヤクザ先輩の後ろを、うつむきながらとぼとぼ歩く。

「ニイタン ハヨ コッティニ コンカイ!」

 兄ちゃん、はよコッチに来んかい!と言われた。ヤクザ先輩はイライラしている。嗚呼、痛いの嫌だな。もっと真面目そうに見える服を着てくるべきだった。ヤンキー御用達の、トラサルディーのスエットなんか着て、髪を金髪に染め上げてきた僕が悪かったのだ。

「ココヤ!」

 遂にここで始まるのか。しぶしぶ顔を上げると、急に目の前が明るくなった。

そこは入学式会場である体育館の真ん前であった。

 

ヤクザ先輩はこちらに振り返り、一瞬ビクッとした僕に向かって、両手を広げた。

「ヨーコトォ!ナイトスクールヘ!」

体育館から射す明かりが、ヤクザ先輩の顔を照らした。

前歯が全て抜けていた。

続く




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