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081013 本間美術館の持ち主だった本間家について、日本一の大地主ということで、地主=豪農と思っていました。 このたび本間美術館の説明を書くにあたりあれこれ読んでみると、豪農ではなくて豪商と言った感じが強いようです。 庄内平野で撮れる米を、最上川の水運を利用して河口の酒田に集め、さらに北前船を利用して米を全国に出荷して巨万の富を築きあげました。 感心させられるのは、酒田市内に今も残る本間美術館や本間家旧本邸は、自家のためというよりは、船の荷の積み降ろしなどを手伝う人夫船の冬期間の失業対策だったり、幕府の巡見使一行を迎えるための本陣宿として建てたものが始まりだったりしています。 一種の公益のために、私財を使って建てられたものです。 趣味に生きて、とことんこだわり続けて行くのも、それはそれで好きですが何か公益と自分の趣味がうまく調和して全体が出来ていくように見えるのは見事です。 写真は上から、池の東側から見た本館「清遠閣」です。 ちなみに、中ノ島に架かる太鼓橋は記念写真の人気スポットのようで、上で並んで本館をバックに撮っておられる方が何組もありました。 二番目の写真は八つ橋ですが、どうもすっきり見えるところがありません。 このお庭の特徴として、すっきりと見渡せる景色が少なくて、少しずつ見え隠れする景色でしょうか。 何かいらいらがつのりそうな気がしないでもありません。 下の写真は一枚目と仁多場所ですが、今度は人が入らないで撮れました。 |
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