isida_tooruのブログ

isida_tooruのブログへようこそ!!

全体表示

[ リスト ]

150408
イメージ 1

 法隆寺は、大きく五重塔と金堂を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とする東院伽藍からなります。

 これから向かう中門は、当然西院伽藍です。中門と言えば昭和40年代の梅原猛氏による、「隠された十字架」論叢を思い出します。
 ウィキペディアからの引用です。

・・・1972年(昭和47年)に梅原猛が発表した論考『隠された十字架』は、西院伽藍の中門が4間で中央に柱が立っているという特異な構造に注目し、出雲大社との類似性を指摘して、再建された法隆寺は王権によって子孫を抹殺された聖徳太子の怨霊を封じるための寺なのではないかとの説を主張したが、歴史学の研究者のあいだでは、一般的な怨霊信仰の成立が奈良時代末期であることなどを指摘し、概ね梅原説には批判的であった。・・・

 つまり中門の中央の柱は、怨霊化した聖徳太子を回廊内に封じ込めるための柱だと言うわけです。

イメージ 2

 当時、私は学生で、聖徳太子が怨霊化したという説明にもビックリしましたが、それ以上に梅原猛氏の、今までとは違う視点から検証した証拠をあげて、定説とされていた常識を打ち砕いていく熱さに痺れたものでした。

 結局、上原説は、基本的な事実誤認に基づいた推論が多く、現在では中門の中央の柱が怨霊封事の柱だという説明は、定説とはなり得ませんでしたが、ともかく大変な熱気で語られた「隠された十字架」は、学問というのは熱く語られるべき物なのだという印象を受け、感銘を受けたことを記憶しています。

 中段と下の写真は、仁王像です。この仁王像は天平時代唯一の現存するものです。
 後世の東大寺や薬師寺の、門の通路に向けて安置された像と違い、正面を向いていて、しかも正面が開け放されています。当然塑像ですから、風雨の影響をもろに受けます。

 中段の写真は、門の東側に安置されている阿形像です。後世の上塗りによる修復により、ボリューム満点の体形となっています。
 下の写真は、門の西側に安置されている吽形像です。こちらは木彫による置き換え修理が多かったので、当初の感じは、こちらの方が強いのではないかと思います。

イメージ 3


.
検索 検索
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

isida_tooru
isida_tooru
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事