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150408 法隆寺南大門をくぐり、真っ直ぐ進み中門の少し手前にある階段を上ると、東西に西院伽藍を横断する参道に出ます。 この参道は、東の端には東大門がありその先を行ったところに、東院伽藍つまり夢殿があります。 一方西の端には、西大門があり、門の先に続く集落は、西里と呼ばれ、宮大工の集団をはじめとして、法隆寺を支える人達が暮らす集落です。 一番下の写真が、西大門の写真ですが、少しだけ門の外も写り込んでいますが、風情のある落ち着いた家なみです。 中門を見学した後は、西側に回り、一旦東西を横断する参道へ向かいます。上の写真が西参道ですが、大湯屋の表門と大湯屋の屋根が見えています。 そしてもう一つ西参道の石畳の上に、変わった物があることにお気づきでしょうか。 竹の柵で囲い、しめ縄を張った場所です。伏蔵(ふくぞう)と言います。法隆寺の七不思議の一つで、法隆寺には、寺の危急存亡の事態に備えて、準備された資材、資金などが三個所の伏蔵に保存されていると言うものです。 三個所の伏蔵の内、金堂内の北東隅と経蔵内の二個所は、知られていましたが大湯屋前のこの伏蔵だけは、長い間行方不明でした。 昭和58年7月の発掘調査により、こちらの伏蔵は発見されましたが、寺に伝わる言い伝えに従い中の調査や確認はされていません。ちょっと残念な気もしますが、仕方の無いことではあります。 伏蔵について、この伏蔵が発見されたときの、毎日新聞の記事を載せていたブログがありましたので、1983年7月24日毎日新聞朝刊より孫引用させていただきます。 ・・・ 鎌倉時代に僧顕真(けんしん)が書いたた古今目録抄によると、三つの伏蔵は、大きな石のふたに覆われた″地下金庫″のようなもので、中には種々の財物が納められている、とされる。一説では金堂内の伏蔵には金八万両、銀九百両、銅一万両、西院伽藍西北隅にある経蔵の伏蔵には金銅阿弥陀丈六仏、大湯屋前の伏蔵には銅瓦(かわら)一万枚、金銅三尺鏡三万枚、蘇我馬子の物部守屋征伐(五八八)の時に使われた太刀などが埋納されているといわれている。 二つのふた石は、いまの伽藍建立当初から地表に出ていた。今度の石は、古今一陽集が書かれた延享三年(一七四六)ごろまでは、地上に現れていたが、その後、参道の整備などで土盛りされて姿を消し、所在不明になっていた。 しかし、三つの伏蔵は、法隆寺に一大危機が訪れたときに開き、寺の修造、再建に使えといい伝えられており、これまでに一回も開けられたことはなく、何が入っているかは不明。・・・ |
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