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150408 法隆寺の南大門前から、タクシーで大和郡山市小泉町にある慈光院へ向います。途中、法起寺の三重塔を見ながら、法起寺から慈光院まで歩いたことを思い出します。 ちなみに、慈光院は石州流茶道の祖・小泉藩主片桐石見守貞昌(石州)が創建した、臨済宗大徳寺派の寺院です。 タクシーは細い参道の坂道を上って、一之門の前まで入ってくれました。 一之門の前には、「茶道石州流発祥之寺」と刻まれた碑が立っています。さらに其の手前には、「名勝及史跡 慈光院庭園」と刻まれた碑も立っているのですが、上の一之門の写真では、左手前の画面外でこちらは見えていません。 一之門から中を見ても、土塁と樹木しか見えません。門を入ると直ぐに左へ向い、突き当たって右へ曲がったところから奥を撮ったものが下の中段の写真です。 ようやく、一番奥に門らしきものが見えて来ました。 下の写真が、ようやくたどり着いた慈光院の山門です。 説明は、お寺のホームページからの引用です。 ・・・片桐石州の出生地でもある摂津茨木の城は、徳川家康の発した一国一城令により取り壊されるが、その中の門を貰い受け、屋根を書院と合わせて茅葺きに葺き替えて慈光院の山門とされた。 現在 「楼門」と呼び習わされてはいるが形状は「二重門」あるいは「櫓門」である。・・・ 一之門から山門までは両側を土塁と樹木に囲まれて、見通しの効かない、薄暗いとは言いませんが日陰の道で、初めて訪問する人は、どんなお寺なのだろうと期待と不安をつのらせるわけです。と言うことだと理解していましたが、この感じというのは、お城もそうですよね。 攻め込む方は、見通し、見晴らしがきかない道を不安を募らせながら奥へ奥へと進んで行くわけです。ちょっとその感じに似てないですかね。この参道の感じって。 |
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