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150409 金峯神社からの下り道は、緩く下ったり、平らな道が続いたり、また緩く下ったりと、道幅が車道で比較的ゆったりとしているせいもあって、のんびりと歩けます。 やはり上りよりは下りが楽などと当たり前のことを考えながら、取りあえずの目的地「吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)」を目指します。 お不動様が祀られた閼伽井を過ぎていくらも行かないうちに、左側に何か史跡のような場所が見えて来ました。 牛頭天王社跡の碑や、環境省と奈良県による説明掲示がありました。引用させていただきます。 ・・・牛頭天王社跡 牛頭天王とは、釈迦の説法道場である。祇園精舎の守護神であったと伝えられ日本では素戔嗚尊(すさのおのみこと)のことであるとされています。 この地の上方、高城山にあったツツジが城の鎮守として創立され厚い信仰をあつめていましたが明治初年の神仏分離により廃絶されました。・・・ 中段の写真は、さらに下って橋も何もない場所に「吉野三橋の一 丈之橋跡」と彫られた碑が立っています。 通っていく人もほとんど気が付かないようです。 そこで吉野三橋とはなんぞやとなりますが、吉野町のホームページに現存する他の二橋の説明が載っていましたので引用させていただきます。 ・・・大塔宮が吉野に蜂起されたとき、三空堀に見たてられた谷にかかる大橋・天王橋・丈の橋を吉野三橋といいます。 大橋は七曲り坂を登りきった攻が辻のすぐ上手にある、朱塗りの欄干の橋。天王橋は竹林院近くの小さな橋です。 丈の橋は残っていません。大橋を渡ったあたりから、門前町の風情ある町並みが広がります。・・・ 丈之橋は、水分神社附近にあったとされていますので、最初の目的地 水分神社は直ぐそこです。 下の写真では、左側のカーブを曲がれば、水分神社の鳥居が見えます。 |
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