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150409 金峯山寺までの、門前町の通りは人であふれていました。早めに昼食を食べてしまって大正解です。ガイドブックに出ているようなお店は、もちろんのことそれ以外のお店でも、食事ができるお店はどこも混雑していました。 勝手神社から金峯山寺までの間には、豊臣秀吉が「一目千両」と言った景色が見られる「吉水神社」などもあるのですが、もっぱらお土産を物色しながら、肝心の神社はスルーしてしまいました。 まあ、吉水神社も随分と混雑していたようなので、あんまり残念とも思いませんでしたが、次は必ずお参りしようと思います。 勝手神社から金峯山寺まではほとんど平に思える道を、人混みに紛れながらゆるゆると歩きます。 やがて、突き当たりに石段が見えてくると石段の向こうに、金峯山寺の本堂である蔵王堂の大きな屋根が見えて来ます。 本堂の前には、石柵で囲われた場所があり、桜が植わっています。説明は、浦野英孝氏のホームページ「奈良観光」からの引用です。 ・・・ 蔵王堂前の「四本桜」と、重文「銅灯籠」 金峯山寺本堂「蔵王堂」正面の石柵で囲まれた中に4本の桜の木が植えられています。ここは1333年(元弘3年)正月16日後醍醐天皇の第2皇子、大塔宮護良(もりなが)親王が北条幕府の六万余騎の大軍に攻められ、吉野山に立て籠もった時、蔵王堂を本陣とし、落城に際し最後の酒宴を兵20余人と共に張った所で、後世ここに4本の桜の木を植え、「大塔宮の御陣地跡」として記念し、江戸時代の俳句で、「歌書よりも軍書に悲し吉野山」と詠まれ、また、石柵の中に立派な青銅の灯籠が1基建っていますが、これは、1471年(文明3年)妙久禅尼が寄進された物で、室町時代の秀作灯籠として重文に指定されています。・・・ 一番上の写真と中段の写真で見える灯籠が、説明にある銅灯籠ですね。 |
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