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150410 修学院離宮の中離宮(中御茶屋)の客殿を見ていきましょう。 まずは、ウィキペディアの説明の引用の続きからご覧ください。 ・・・一の間は12畳で、北側西寄りに床(とこ)、その東に幅1間半の棚を設ける。棚は5枚の欅板を高さを違えて設置し、霞のたなびく様に似ることから「霞棚」と称され、桂離宮の桂棚、醍醐寺三宝院の醍醐棚とともに天下三名棚の一とされる。棚の下方の地袋には友禅染の張り場の風景を描く。その上には細長い三角棚がある。地袋小襖の引手は羽子板形、三角棚の小襖の引手はぶりぶり(玩具の一種)形である。床壁の腰貼りは群青と金箔の菱形を交互に並べた幾何学文で、襖の腰貼りも同様である。床、棚、襖を通して金泥で雲を描き、その上に和歌・漢詩と水墨画の色紙を貼り交ぜている。和歌は親王公家、漢詩は五山僧の筆になるものである。室内の長押には七宝の釘隠14個がある。・・・ 引用を続けます。 ・・・二の間は10畳で、狩野永敬の四季絵がある。襖の引手は尾長鳥丸紋のデザインとし、長押には七宝の竹葉形釘隠8個がある。南側の畳縁の杉戸には一の間側に鯉と鮒、二の間側に大鯉を描く。これらの魚の絵には画面全体を覆うように漁網の網目が描き込まれ、網目がところどころほつれている様子も描写されている。伝承では、この魚たちが夜な夜な絵から抜け出して庭の池で泳ぐため、漁網を描き加えたという。 他に10畳の「三の間」と6畳の「仏間」があるが、後者は女院御所を当地へ移築した後に付け加えたものである。仏壇上方の欄間は波の文様を下向きに表したもので、「逆波の欄間」という。仏間北側には鉤の手に板縁(榑縁)を設けるが、その手摺の意匠は斜めの直線数本を組み合わせた独特のもので、「網干の手摺」と称される。西面入側の北端、楽只軒に通じる階段との境の杉戸には祇園祭放下鉾と岩戸山を描き、これらの裏面には2枚続きで祇園祭の船鉾を描く。・・・ 写真は、一番上が、祇園祭放下鉾と岩戸山を描いた杉戸です。 中段と、下の写真は一の間の「霞棚」です。色使いとか模様がモダンで古さを感じさせません。 |
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