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150410
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 修学院離宮上離宮の見学は、浴龍池の周りの周遊路を時計と逆方向に回ります。

 最初に海抜150m、浴竜池から標高差10mの高台に建つ隣雲亭を見学し、そのあと池畔へ下り、池の景色を眺めながら歩きます。

 上の写真は、隣雲亭から下ってきたところで大滝(雄滝)から流れ下る渓流ですが、奥に見える滝が大滝だと思います。大滝は、高さ6mと言われてますが、この写真からは、そんな風には見えません。

 下の中段の写真は、渓流の池に流れこんで行く方です。手前に大きな水たまりのように見えているのは石です。

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 池には大きな島が3つあります。一番南側が、「万松塢」その北側に「中島」。一番北側に「三保ヶ島」です。

 下の写真は、万松塢と中島に架けられた「千歳橋」です。説明をウィキペディアから引用させていただきます。

・・・千歳橋 - 中島と万松塢の間に架かる。特色ある外観をもった屋形橋であるが、当初から離宮にあったものではない。切石積みの橋台に一枚石の橋板を渡し、東には宝形造、西には寄棟造の屋根を架けたもので、宝形造屋根の頂部には金銅の鳳凰が立つ。文政7年(1824年)の離宮改修時に、京都所司代の内藤信敦が橋台を寄進し、文政10年(1827年)に水野忠邦が屋形を寄進したものである。・・・

 後水尾上皇は、この橋のある景色は、ご覧になってはいらっしゃらないと言うことですね。

 上皇のご趣味とはちょっと違うような気もしますが、良い景色だと思います。

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 修学院離宮の上離宮の最初の見学場所、隣雲亭の見学を終えて、建物の西側の斜面を谷へ下ります。

 隣雲亭の外観やら、大滝の姿などいろいろ撮るには撮ったのですが、傘を片手にもう一方の手だけで撮っていたので、ぶれたりぼけたりは言うにおよばず、傾いたり全然関係ない場所が撮れていたりで、さんざんでした。

 今回の写真も、ぼけたり、ぶれたりは相変わらずですが、遠目で見れば、何とかなりそうなものを選びました。

 上の写真は、隣雲亭の西側から谷へ降りていく道です。こちらは山道と言うよりは石畳で歩きやすい道でした。

 下の2枚目の写真も見事にぼけていますが、下り道の途中で撮ったもので、中央に写る石灯籠は、上の中央に写る灯籠と同じもので、滝見灯籠と呼ばれています。

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 下の写真も、悲惨な感じですが谷底から見上げた隣雲亭です。
 左上の方には、列を作って石畳の道を下る見学者の傘の列が見えています。

 隣雲亭の東側には、落差6mという堂々とした滝があり、大滝または雄滝と呼ばれています。
 滝を落ちた水は谷底を伝って、浴龍池へ流れ込んでいます。

 今回は、さすがに写真が思っていたほどにうまく撮れていないで、にがっかりしています。枚数だけは、片手撮りでパチパチと撮りましたが、一枚ずつ見るとほとんど使えない状態で、あとわずかで、2015年版の奈良への旅は終わりですが、思っているより早く終わってしまいそうで、焦っています。

 もっとも、個人的には、しくじり写真の山を眺めながら、懐かしい思いもするのですが・・・・。

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 上の写真は、隣雲亭の北端の部屋である「洗詩台」です。

 周りが板戸が閉じられていますが、西、北、東の三方が吹き放しとなっていて、北側からは渓谷を、東側からは高さ6mの大滝(雄滝)が眺められます。
 夏は、風が通り涼しく快適な空間でしたでしょう。また紅葉の頃には、渓谷を彩る紅葉を満喫できる空間でもあったでしょう。
 
 下の中段の写真は、隣雲亭西側の眺めですが、上ってきた道がほんの少しだけ見えているのですが、判りますか。
 この頃も雨は降り止まず、歩き回るには結構憂鬱な状態でしたが、隣雲亭の西側と南側には板縁がめぐらしてあり、軒も充分に深く造られていて、軒下でつかの間のホッとした状態で、写真も沢山撮りました。

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 隣雲亭からの眺めは、東側の大滝の眺め、北側の渓谷の眺め、西側の浴龍池の眺めとありますが、南側から西側に架けては、京都の町の遠望や水田や畑の近景があります。

 下の写真が、その一部となりますが、近くには、中離宮へ向う松並木の道と下離宮から松並木の一部が見えています。

 それにしても、上離宮に限りませんが修学院離宮は、一体どのくらい利用されたのでしょう。
 稼働率とか効率などとは、無縁の施設であることは承知の上で、無粋な疑問を提出するのですが、考えて見れば、一見大変な無駄遣いに見えたものが、この国の大切な文化財となってるわけですから、結果から言えば全然無駄では無かったと云うことになります。

 修学院離宮は、すぐれた芸術作品であると言うことですね。

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 修学院離宮の上離宮にある隣雲亭について、ウィキペディアからの引用を続けます。

・・・池を眺望するための簡素な建物で、床(とこ)、棚などの座敷飾りはなく、装飾は欄間の花菱文と釘隠にみられる程度である。建具は間仕切り、外回りとも明障子とする。主室の「一の間」は6畳、その南に「二の間」(3畳)があり、一の間の北側には「洗詩台」と称する2坪(4畳大)の板間がある。洗詩台は南を除く三方を吹き放しとした開放的な空間である。洗詩台、一の間、二の間の西側及び南側には板縁をめぐらし、その周囲は深い軒の下の土庇となる。土庇部分の三和土(たたき)には赤と黒の小石が埋め込まれ「一二三石(ひふみいし)」と呼ばれている。二の間の東方には中廊下を隔てて東から西へ8畳間、6畳間、6畳間が連なるが、これらは池を眺望できない位置にあり、従者の控えの間である。・・・

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 写真は、一番上の写真が、主室の「一の間」です。その奥に見えるのが「二の間」です。どちらも浴龍池を眼下に良く見える部屋です。

 中段の写真は、「一の間」の北側にある「洗詩台」になります。障子の右側に見える畳の部屋が「一の間」です。

 見ての通り、驚くほどシンプルでスッキリとしています。家具や調度品が無いので、余計そう見えるのかも知れません。

 明らかに、普通の山荘や、御殿として建てられ移築された下離宮や、中離宮の建物とは違います。生活感というのとは少し違うのですが、人がそこに居た気配をあまり感じません。

 古い建物で、今は誰も暮らしていなくとも、頻繁に人が利用した建物は、人の居た痕跡というか気配が残っていると思うのですが、ここは、そんな感じが残っていません。

 一年の内、ほんの数日。それも連続しない数日しか使われない所為なのでしょうか。

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 上離宮の御成門を入ると直ぐに山道の上りになります。

 建物にお庭が附属していた下離宮や、中離宮と違い、上離宮の建物は、お庭のパーツです。東屋や石灯籠みたいなものです。
 上離宮は、離宮とは言うものの実態はお庭です。山の中腹に川をせき止めて広大な池を造り、池を中心として回遊路を設け、建物はお庭の景色を造るためのパーツというのが、第一の目的の様に見えます。

 もちろん、その建物の中からお庭の景色を愛でるための用途もありますが、回遊路の各所から見たときに美しい景色に趣を添えるパーツといった用途の方がメインのように見えます。

 御成門を入り、直ぐに上り始めたジグザグの山道は、程なく登り切り、隣雲亭に到着します。

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 隣雲亭について、ウィキペディアからの引用です。

・・・海抜150メートル、浴竜池との標高差10メートルのところに建つ。当初の建物は延宝5年(1677年)に焼失し、現存する建物は文政7年(1824年)の再建である。なお、霊元法皇が享保6年(1721年)修学院離宮を訪問した際に隣雲亭を訪れたという記録があり、延宝の焼失後、いったん再建されたものが荒廃したため、文政年間に建て直したとみられる。・・・

 山登りは、150mでしたか。息を切らすまでもなく、隣雲亭に到着しますが、さすがに足の悪い方には、難しいと思います。

 隣雲亭からの眺望は素晴らしく、上離宮のお庭全体が見渡せるのはもちろんですが、はるか京都の町並みも遠くに見ることができます。

 写真は、すべて隣雲亭からの眺望です。

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