|
150409 竹林院を出て、金峯山寺に向う道中は、竹林院から出てしばらくは、ややきつめの下り道が続きます。 その代わりと云っては何ですが、向かいの尾根の桜の景色が素晴らしい眺めです。 きつめの坂道の途中にも、桜本坊や喜蔵院といった見所はあるのですが、軽く覗いただけで、先を急ぎます。 また、下の中段の写真では、満開の桜に埋もれている向かいの尾根の中腹にも、吉野の地で崩御した後醍醐天皇の陵・塔尾陵のある如意輪寺の多宝塔や、その他の建物が桜の間から見えています。 この写真に関して云えば、無造作にシャッターを切ってしまったため手前の枝にピントが行ってしまい、肝心の遠くの景色は、ぼけてしまいました。でも何となく多宝塔や建物の形はお判りいただけるかと思います。 下りの坂道を下って、平らな場所に出れば、もう金峯山寺の門前町です。下の写真は、ちょうど平らな道へ出たあたりで木の道をまっすぐ行くと金峯神社です。 この竹林院から降りてきたというか、山上から降りてきた道が取りあえず平らな道と合流する場所に、勝手神社があります。左側の石垣の上が勝手神社の境内となりますが、残念ながら勝手神社の社殿は、平成13年(2001年)に不審火により焼失してしまい現在は、ありません。 勝手神社でのエピソードが、浦野英孝氏による奈良観光というホームページに載っていましたので、一部引用させていただきます。 ・・・ 吉野「勝手(かって)神社」 吉野八社明神の1つ、金峯山の入口に在るので「山口神社」とも称し、1185年(文治元年)暮れ、義経と雪の吉野山で涙ながらに別れた静御前が従者の雑色男に金銀を奪われ、山中をさ迷っている処を追っ手に捕まり、雅な姿で法楽ノ舞(神に奉納する舞)を居並ぶ荒法師達の前で舞わされたのがここ「勝手神社」です。・・・ |
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
150409 竹林院のお庭「群芳園」を一巡りして、再び護摩堂前に戻って来ました。 上の写真が、お庭へ入っていく時にくぐった渡り廊下です。護摩堂の前から見た桜の大木の印象も、少し高い位置の下り道の途中から見ると、中々に良い姿をしていることに気がつきます。なにせ入場したときは、頭上に広がる桜の花に圧倒されて、木の形などには思いいたりませんでした。 下の中段の写真は、護摩堂の前にある竹林院の玄関の建物ですが、本館と別に玄関専用の建物があるのは、珍しいように思います。建物の左側に見えている門が、お庭の入り口で、画面では、門の右側に入場料を払う受付があります。 ただ良く考えるとこの門は、護摩堂の正面に続いています。私は勝手にお庭の入り口と思い込んでしまいましたが、本当は護摩堂の門なのかも知れません。 下の写真は、竹林院の玄関です。中段の写真の建物の反対側に当たります。 正面には、竹林院と彫られた扁額が掛かっていて、玄関をのぞきこめば大きな花瓶に花が生けられ、何が書かれているか良く判りませんが、古くて値打ちのありそうな衝立が花瓶の背後に置かれています。また、部屋の襖や奥の壁には、虎が画かれていて、何とも豪華なしつらえです。 これで、竹林院のお庭の見学は終わりです。此の後もう一息下ればほぼ平らな、金峯山寺の門前町街になります。いろいろなお店などを冷やかしながら、金峯山寺のお参りへと向うつもりです。 さすがに連れも、ホットしているやら、一時の焦燥感や、疲労の色も、やや薄らいだように見えます。 そうはいっても、結局、吉水神社や一目千両の景色は、パスしてしまいましたが。 |
|
150409 群芳園の丘陵の中腹を回る回遊路を、少し引き返して頂上へ向う道を通って頂上へ出ます。 頂上は比較的広々とした広場になっていて、北側の眺望は開けていましたが、南側はどうだったのか記憶にありません。ただし、北側の眺望が開けていると行っても、直ぐ足下にあるお庭はまったく見えません。 中央には、大きめの東屋が建っていて、前に来た時は何もなかったのですが、今回は一寸した飲み物が売っていました。やはり人が大勢出る時期は違いますね。 広場の端の方には、上ってきた道とは別に護摩堂の方へ降りる道があります。下り口のそばだったと思いますが、小さなお堂がありました。何のお堂かは判りません。念のため前に来た時に書いたブログも確認しましたが、何のお堂か判らないと書いてあるだけでした。我ながら進歩の無さに唖然とします。 頂上の広場の端から、護摩堂へ降りる道を下り始めると眼下に竹林院の本館が見えて来ます。中段の写真がその眺めですが、門の内側にある南館と東館を繋ぐ渡り廊下や東館も一部が見えています。 本館の手前に見える小さな屋根の建物は、竹林院の玄関です。お庭に入る入り口がその隣に見えています。 こちらの下りの道は、主に護摩堂と背景の桜を見ながら下ります。桜に囲まれた護摩堂の屋根で、回遊路の道ばたに植えられている赤い色をした新芽の色がとても綺麗です。 このお庭は、北側の池の周辺を回るコースが、言わばメインディッシュで、上から見下ろしたり遠くを眺めたりする部分がデザートと行ったところでしょうか。 しかし、このデザート、種類もボリュームも中々立派なもので、デザートだけでも充分満足して楽しむことができました。 もちろんメインディッシュは、存分に堪能しましたが・・・・。 |
|
150409 竹林院の群芳園は、北側にある丘陵の裾を巻くようにして、造られています。 入り口は東側の護摩堂の脇で、池に沿って南側の対岸のお庭や、池の景観、丘陵の斜面を見ながら、西へむかいます。 お庭の一番西側から道は南へむかい丘陵を上り始めます。 上り始めた道は途中で二手に分かれ、一方は水平に丘陵の斜面を巻いて行き、もう一方はそのまま頂上へむかいます。 水平に斜面を巻く道は、所々樹間から下のお庭の様子や、遠くの景色が見えていて、一番良い場所、つまり天人之桜を眼下に見下ろすあたりには、東屋が設けられています。 上の写真は、回遊路から見た天人之桜ですが、池の水面にも沢山の花びらが浮かんでいて、どこがどこやら判りにくい絵になってしまいます。 中段の写真も、一番手前が天人之桜です。その奥に池の北側の回遊路を挟んで咲く桜の木があって、さらにずっと視線を上げて遠くを見ると、金峯山寺の蔵王堂の屋根が見えています。 下の写真は、中段の写真をさらに引いて撮ったものです。これ位引くと天人之桜もすべての姿を現しますし、手前の丘陵の回遊路の脇に咲いている赤い花も入ってきて、花が蔵王堂まで一直線に連なっているようにも見えます。 作庭時にそんなことも考慮して木々を配置したのでしょうか。 この斜面を巻いている道は、その先はそのまま下り、護摩堂の左手側へ出ます。 池泉回遊式庭園とは言え、やはりメインは池の北側で、南側の斜面を巻く道は、途中に設けられた東屋からの展望を見せるためのものだと思います。まともに、下のお庭の一部が見えるのは東屋付近だけです。 東屋付近からも、眼下に天人之桜は見えるのですが池の他の部分はほとんど見えません。そう考えると、この天人之桜と蔵王堂の一直線に見える位置関係は、意識して据えられたものだと思います。 |
|
150409 吉野山の竹林院「群芳園」の池については、ネットで調べて見ましたがあまり詳しい説明は無いようです。 すでに引用させていただいた説明にあるとおり、群芳園は、室町時代の様式である二重集団二重護岸を遺しつつ、桃山時代の蓬莱石組を中心とした池泉回遊式庭園です。 このお庭は池の北岸の中央に植えられた「天人之桜」によって東西二分されているように見えます。東側は二重集団二重護岸が見られ、さらに石段とそれに沿った流れを模した石組なども見られます。説明にあった滝は、判りませんでした。 ですから、東側は室町時代の作庭ではないかと思います。 では天人之桜から西側は、お庭の入り口から見ると奥の方ですね。こちら側の南岸(対岸)の中央には出島が造られ、中央が少し高くなっていて、多重石塔が置かれています。 この出島の両側に島が一つづつあって、出島の東側の島には、背の低い這うように広がる木が島を覆うように茂っています。 一方西側の島には、一本ひょろりと細い木がすっくと立っています。 島の名前は、どこにも書いてありませんが、何となく想像出来ますね。東側の低い木々を被った島が亀島で、すっくと立った木が植わっている方が鶴島でしょう。 一番上の写真は、右に見えている島が、多分鶴島で、非常に対岸に紛れて判りづらいのですが、池の対岸ちょっと手前で、画面の中央よりやや左にあるのが亀島ではないかと思います。 真ん中の多重石塔が置かれている出島は、蓬莱山に見立てられているのでしょうね。中段の写真は、池の西側からの鶴島ですが、拡大して見れば、亀島もちゃんと写っています。 下の写真も、池の西岸からの鶴島ですが、バックに天人之桜が見えています。背景から前傾が浮き上がって見えるような写真は、撮れないものですね。難しいものだとつくづく思います。 |


