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100429 浄瑠璃寺は京都府木津川市加茂町にあります。 行政区としては奈良県ではなくて京都府です。 もっとも交通の便は余りよく無くて、観光客が行こうと思えばJR奈良駅からの臨時バスか、タクシーがたよりです。 お寺の宗旨は真言律宗で、奈良の西大寺の末寺です。 正式には小田原山浄瑠璃寺と称します。 起源については、木津川市のホームページが分かり易いので引用させていただきます。 ・・・市域の東南部、奈良県との県境付近には、古くから小田原と呼ばれ、平安時代の後期には多くの修行僧が集まり、丘陵地の谷や峯に庵を営み仏教信仰にいそしんでいました。 小田原は大きく東西に二分され、東は随願寺(廃寺)を中心に子院や庵が集まり、西では浄瑠璃寺が中心で、西小田原ともいいます。寺の縁起には、奈良時代に聖武天皇が僧行基に命じて建立させたのがはじまりと伝えているのですが、浄瑠璃寺の記録「浄瑠璃寺流記事」(重要文化財)の記すところは、永承二年(1047)に、当麻出身の僧義明が薬師如来を安置して開基したことを伝えています。浄瑠璃寺の名は、東方浄瑠璃浄土の主、薬師瑠璃光如来に因んだものです。その後、平安時代末期になって九体阿弥陀仏を安置する阿弥陀堂を建立し、庭園を整備して今日の姿になりました。・・・ 一番上の写真は、本堂の裏側です。 何で此の裏側の写真が最初に来るかと言えば、本堂の拝観は本堂に向かって右側、つまり北側に建っている庫裏に受付があって、本堂の北側から建物背後の濡れ縁を通り、建物の南側(建物の向かって左側)から入堂するようになっています。 最初は本堂の裏側を通ることになります。 中段の写真は本堂の南側にあった石仏や石塔です。お墓かどうかはよく分りません。 この地域はウィキペディア(Wikipedia)ですが ・・・当尾(とうの)の里と呼ばれ、付近には当尾石仏群と呼ばれる、鎌倉時代にさかのぼる石仏、石塔などが点在している。・・・ ということで、石仏は多い地域らしいです。 下段は、本堂の右側(北側)からの境内の眺めですが、名勝の庭園は画面の右の外側になります。
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2010年05月16日
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