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150407 東大寺の起源は、若草山山麓に創建された金鐘寺であると東大寺の記録である「東大寺要録」は伝えています。 先にご紹介した法華堂(三月堂)は、金鍾寺の遺構と言われていますが、東大寺境内の東側には、二月堂を中心として、法華堂、四月堂、開山堂、さらには手向山八幡宮などが並んでいます。このあたりは、かっての金鍾寺の境内だった場所です。 上の写真は、法華堂の西側からの写真です。中心に見える高台に建つ建物が二月堂です。二月堂の建物の前面は舞台造りになっていて、春に行われるお水取りの際は、舞台上に大松明が並びます。 2月3月の寒い時期の行事ですから、私が実際に目にすることはありませんが、テレビニュースなどで放映されているのを見ると盛大なものだと感心させられます。 二月堂の前に立っているクリスマスツリーみたいな大きな木は、良弁杉で、東大寺の初代別当である良弁上人にまつわる伝説のある杉の木ですが、現在の物は三代目だそうです。 写真の右端に少し見えている建物は、法華堂です。 このあと、二月堂の舞台からの写真を何回か後に載せる予定ですが、それを見ていただくと開山堂や四月堂の建物の配置がよく分ると思います。建物の説明もその時まとめていたしますので、本日はスルー。 中段の写真は、開山堂の門から覗き込んで撮った写真です。奥に屋根が見えているのが開山堂ですが、入口の所に二月堂の俗にお水取りと言われる修二会の時に使われる大松明の燃えがらが飾ってありました。 開山堂自体は、普段は公開されていません。毎年12月16日の良弁忌に法要後、安置されている良弁上人座像とともに内部も公開されます。 下の写真は、閼伽井屋です。この中にお水取りの時に水をくみ上げる若狭井戸があります。この建物は二月堂の南参道の石段を下った北側に建っています。 |
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2015年11月29日
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