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150407
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 上の写真は、大仏様の脇侍仏です。さすがに本体が大仏様ですので、右脇侍仏である虚空蔵菩薩も巨大です。ちなみに左脇侍仏は如意輪観音です。どちらも座像ながら7mを超えます。

 それぞれ虚空蔵菩薩と如意輪観音と言ってはいるものの、見た目はそっくりでしかも左右対称、お互いに鏡像のようです。
 創建当時の脇侍仏は、現在に残る江戸時代に作られたものより、さらに大きく9mの座像だったとか。
 また鎌倉再建時の脇侍仏は、快慶と定覚による寄木造りだったとか。いろいろと想像が広がります。

 私の好みとしては、この両脇侍仏は、様式的で面白みに欠けるようにも思いますが、でも脇侍仏が大仏様より個性的で目立ってしまうのも、なんだか違うような気もするし、でも、快慶の手の入った脇侍仏は見てみたい気がします。

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 中段の写真は、大仏様の横顔のアップです。大仏様の居られる場所だけ大仏殿の天井が高くなっているのですが、大仏様の向こう側が壁になっています。つまりこの壁の下の方に、脇侍仏や四天王像のある場所の天井が、張られています。

 今回は、使える写真が少ないので、下の写真はもう大仏殿の北西側に安置されている広目天像です。
 これも実はブレ写真なのですが、小さくすればブレが目立たないなどと甘いことを考えて、載せました。やっぱりちょっとだめですね。

 創建時や鎌倉再建の時の脇侍仏が、江戸再建の時のものと比べるとかなり大きかったと書きましたが、四天王像も現在の像がおよそ4.5mに比べ、鎌倉再建時に作られた像は、13mに及ぶ巨像だったと言われています。
 現在の大仏殿には到底収まりきらないサイズです。

 またその制作者には、ビッグネームが名を連ねています。東の持国天を運慶、南の増長天を康慶、北の多聞天を定覚、西の広目天を快慶が担当し、それぞれが自分のチームを率いて寄せ来造りの巨像を造り競いました。
 南大門の金剛力士像と同じですね。

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